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さくらんぼライフ  作者: あやの
11/22

11.帰宅途中にて

「捕っちゃダメーーー!!」


 とあたしが大声で叫んだものの時既に遅く、莉緒はグローブにボールを収めていた。

 彼女は訳が分からないと言わんばかりに、あたしの事を見つめている。

 三塁ランナーは捕球したのを確認すると、ホームに猛然と向かっていた。


「バ、バックホーム!!」


 あたしの後ろから大きな声がした。

 キャッチャーの薊だ。


 その声を聞いた莉緒はその場で振りかぶり、ほぼノーステップでホーム方向にボールを投げてきた。

 とんでもない剛速球があたしの頭上を通過する。

 ボールは薊のいる方に向かっているが、かなり高い。


「くっ…………」


 薊は必死に手を伸ばし、ジャンピングキャッチを試みていた。

 ボールはグローブに収まったが、ボールの勢いを殺しきれず肩を持って行かれ、グローブが薊の手から吹っ飛んでいた。


 その間にランナーが返り、同点とされてしまった。

 キャッチャーの薊は肩を押さえてうずくまり、立ち上がれない。


「薊、大丈夫!?」


「だ、だいじょう……つぅっ……」


 明らかに大丈夫そうではない薊の周りに、先輩達も集まってきた。


「思いっきり肩ごと持っていかれてたからな……。練習試合は中止だ! おい、一年の誰でもいい、保健室に連れて行ってやれ!!」


 キャプテンが声を上げ、二人の一年生の肩を借りて薊は保健室に向かっていった。

 本来はあたしが行くべきなんだろうけど、先程の莉緒のプレーがショックでそこまで気が回っていなかった。


 本物の【レーザービーム】を見たから?

 いや、違う。


 ほとんどステップ無しであの送球……。

 こんなの見せられたら、大抵の野球経験者は……。


「ねぇ、キミ凄い肩してるね。野球経験無しなんだっけ? 一度ピッチャーやってみない?」


 今度は莉緒の周りに集まった先輩の一人が、そう彼女に話しかけていた。


「そうだな。特に希望するポジションが無いのなら、明日から本格的にピッチャーの練習をしてみよう」


 キャプテンもそれに同調し、今日の部活は終了となった。



 部室で着替えを終えた後、あたしと莉緒は無言で帰路についていた。

 彼女が喋れないからという意味でない。


 その証拠に、あたしは着替えの時から何度か話しかけている。

 しかし莉緒からの返答がなく、目が虚ろだった。


 もしかしたら薊を負傷させたのを気に病んでいるのかもしれないと思い、慰めたりもしたのだけど全く効果がない。

 その薊は保健室で診てもらった後、そのまま病院に行ってしまった。

 夜に電話でもしようかな。


 ……はぁ、それにしてもヘコむなぁ。

 【才能の違い】をまざまざと見せつけられた。

 ホームランを打つパワーと、ノーステップで外野からホームへ一直線に投げられる肩の力、それにこの子、足も速かったっけ……。


 全てあたしが喉から手が出る程欲しいものだった。

 羨ましくて、何より悔しい……。

 そう考えていると、目に熱いモノがこみ上げてきた。


 ――マズい、マズい――


 こんなところで悔し涙を流すわけにいかない。

 莉緒に余計な心配をかけてしまう。

 あたしが涙を堪え、彼女に気づかれてないか隣を見ると、莉緒の方が泣いていた。


 ――なんでやねん!?――


 ……思わず脳内でツッコんでしまった。

 泣きたいのはこっちなのに、莉緒は何故泣いているんだろう?


「莉緒? 何で泣いてるの?」


 莉緒はあたしの方を見た後、鞄からスケッチブックを取り出し、綺麗な字でこう書いていた。


『私、さくらんぼの夢つぶしちゃいました……』


 ……何故この子はあたしの夢まで知っているのだろう。

 マンションの事といい、あたしに詳し過ぎやしないかな。

 確かにわざわざ無名校に来て、こんな結果になるとは思っていなかったけども。


「大げさ、だよ。まだピッチャーやれないって決まったわけじゃないし……」


 と言いつつ、もう無理だろうなと内心思っている。


『私さえいなければ、上手くいっていたかもしれないのに……』


 ……それは正直ちょこっとだけ思ってた。

 人間だもの、多少の嫉妬は仕方ないよね……。


 しかし莉緒ってば、この事で思い詰めていたのか。

 実力だけが物を言う世界、こんなのはごく当たり前の事なのに。


 ……純粋でいい子だな、莉緒って……。


 そんな彼女をいつまでもヘコませているのは忍びない。

 何かこの雰囲気を打破できる、都合のいいものはないだろうか。


 周囲を見渡すと、100メートル先に神社が見える。

 有名ではなく、無名もいいところだけど、他に何もないしこれを利用しよう。


「ねぇ、莉緒。あの神社でお参りしよう!」


 あたしは神社を指さし、殊更明るめの声で莉緒に話しかけた。


『……神社、ですか……?』


「そう、あの神社はね……地元の人には有名な【願い事を常識的な範囲で叶えてくれる】かもしれない神社なの!」


 欠片も有名ではないので説明もあやふやだ。


『……【かもしれない】時点でダメなのでは……?』


 ヘコんでいる時の莉緒って常識的だな。

 もうちょっとノってきてくれたらやりやすいのに……。


「まぁダメ元で試してみようよ!」


『……はぁ、さくらんぼがそう言うなら……』


 あたしと莉緒は石段を登り、拝殿の前までやってきた。

 勢い任せできたのはいいけど、何をお願いしよう……。

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