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さくらんぼライフ  作者: あやの
10/22

10.練習試合

 初回のあたし達一年生チームの攻撃。

 ツーアウト二塁で四番のあたしまで打順が回ってきたけど、あえなく三振に終わっていた。


 【至高のバント職人】という、本人にとっては有り難くない称号を返上するため、全球フルスイングを試みたのだけど、まるでバットに当たらなかった。

 先輩ピッチャーの球は正直大した事がないので、「いける!」と思っていたのだけど、全然だった。


 次は追い込まれたら、コンパクトなスイングを心がけようと思う。

 根っからの負けず嫌い、薊もうるさいし……。


 それに今回は打者としてより、投手としてのアピールが肝心だ。

 先輩達に「コイツは投手として使える」と思わせないと!



 いよいよあたしがピッチャーとしてマウンドに立った。

 やはり少しせり上がったこの場所はいい!

 この緊張感がたまらない!


 さて、あたしの特長から本来目指すべきピッチングスタイルは、【打たせて取る】というものだと思う。

 球が速くないので、ストレートでは勝負できない。

 変化球は多彩だけど、どの球種も変化量がしれているので、決め球としては使えない。


 つまり狙って三振が取れないので、相手にあえて振らせて凡打させるしかない。

 ……のだけど、それはあたしがなりたい投手ではない。


 幸いコントロールには自信があるので、相手の狙いさえ外せれば三振を取れる……はず。

 取りあえず打者が一巡するまでは理想を追いかけてみようと思う。


 ……キャッチャーの薊には内緒で……。


 一回、二回の先輩チームの攻撃は三者凡退で切り抜けられた。

 ……三振は一つもなかったけど、まぁ結果オーライかな……。


 0対0で迎えた三回、先頭打者九番の人の特大ホームランで一年生チームが先制点をあげた。

 打った瞬間それと分かる、とんでもない一撃だった。

 先輩ピッチャー以下、あたしも含め呆然となっていた。


 何よりあたしの理想のスイングが、そこにあった。

 その【恐怖の九番打者】、【恐るべきビギナーズラック】金子莉緒は悠然とベースを一周し、ベンチに帰ってきた。


『どうでした? 私の打棒は?』


 嬉しそうな笑顔であたしの横に座った莉緒は、スケッチブックを見せてきた。


「まあまあ、かな」


 ちょっと悔しいあたしは、本心とは別のコメントをしていた。

 今度からあたしも素振りは【釘バット】使おうかな……。


 ツーアウト二塁でまたしてもあたしの打順になった。

 「追い込まれたらコンパクトに」と決めていたのだけど、あんなホームランを見せられてしまったら、そんな気は失せてしまっていた。

 バットを振り回した挙げ句、三振で終わっていた。


 ……薊に怒られたのは言うまでも無い。


 三回の先輩達の攻撃。

 下位打線だと侮っていた訳ではないのに、先頭打者にツーベースを打たれた。


 そのランナーをバントで送られ、一死三塁のピンチ。

 九番先輩を左打席に迎えていた。


 キャッチャーの薊がマウンドにやってくる。


「ねぇ、まだ三振を狙うつもり?」


 薊の声音からは静かな怒りを感じた。


「えっあたし三振なんて……」


「狙ってるでしょ! だって球が全部上ずってるじゃない!」


 「狙ってない」と言う途中で、割って入られていた。

 やっぱり薊……というよりキャッチャーには気付かれるのか。


 あたしの能力で三振を狙うなら、高目を振らすしかなかった。

 インハイかアウトハイの二隅のギリギリを、唯一の長所であるコントロールで狙っていたのだけど……、甘く入ったら長打されるコースでもあった。


 一回、二回は打たれても、たまたま野手の守備範囲に打球が飛んでいた。

 だがこの回は七番先輩に痛打されている。


「ごめん……、ちゃんと低目を狙うから……」


「うん、それならいい。……ただ一点は覚悟してね……」


 あたしの持ち球にドロップという、打者の手元で落ちる球がある。

 ただ例によってあまり落ちず、バットには当てられる。


 だがバットの芯は外せるので、遅い打球になる。

 ゴロアウトを取るにはうってつけなのだけど、今回はランナーが三塁にいる。


 三塁ランナーはゴロを打った瞬間、ホームに向かうだろう。

 速い打球ならホームでアウトも狙えるのだけど、遅いとそれは際どくなる。


 薊の言ったのは「アウト優先」だということだ。

 三回、まだ同点ならまだまだ勝ち目があるし、勝負にこだわる彼女らしい。


 でもあたしは【ピッチャーとしてのアピール】がしたので一点も失いたくない。

 このピンチ、何とか無失点で抑える方法はないだろうか……。



 薊が戻った後、少し間をとってあたしが投げたのはドロップ。

 しかしそれはホームベースでワンバウンドした為、九番先輩はバットを振ろうともしなかった。


 薊は「力まず!」と言いながら、ボールを返してくる。

 実際薊が捕れなければ、ワイルドピッチで三塁ランナーが返ってくるところだった。


 でも今のは【ワザと】である。


 ここまでの投球でドロップは投げてこなかったので、打者に「こういう球もありますよ」と見せておきたかった。

 ワンバウンドも「薊なら捕れるはず」という、根拠のない信頼感あっての事である。

 そもそもショートが定位置の人だし。


 二球目は高目の見せ球に使い、本命は次の球。

 あたしの狙いは『内野フライでのアウト』。


 低目にドロップと思わせ、実際にはストレートを投げ、ドロップを打ちにいったバットの上に球を当てさせ、ポップフライにしたい。

 もしくは強い打球のゴロを打たせたい。


 そう脳内シミュレートし、投げた三球目。

 あたしのストレートは、インサイドギリギリの……高くもなく低くもない中途半端なコースに向かっていた。

 完全にコントロールミスである。


 しかし九番先輩はそのボールに手を出してきた。

 打球は、ライト方向のファールゾーンに飛んでいく。


 正式に入部した後に知った事だけど、この先輩実は本来上位を打っていたのだが、故障明けの為この打順だったそうだ。

 どおりで窮屈なフォームで打った割には飛距離が出ているはずだ。


 この打球、捕れば打者はアウトだけど、タッチアップでランナーがホームに返ってきてしまうから、捕るべきではない。

 もちろん、ソフトボールを少しでもかじった事がある人なら分かる事だけど。


 …………あっ、あぁーーー!?


 この試合、ライトの守備についているのは【史上最高のド素人】金子莉緒さんじゃないッスか!?

 あたしがそれに気付いた頃には、そのお方はしっかり補給体制に入っていらしてました。


 マッ、マズいーーーーー!!!!!!

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