10.練習試合
初回のあたし達一年生チームの攻撃。
ツーアウト二塁で四番のあたしまで打順が回ってきたけど、あえなく三振に終わっていた。
【至高のバント職人】という、本人にとっては有り難くない称号を返上するため、全球フルスイングを試みたのだけど、まるでバットに当たらなかった。
先輩ピッチャーの球は正直大した事がないので、「いける!」と思っていたのだけど、全然だった。
次は追い込まれたら、コンパクトなスイングを心がけようと思う。
根っからの負けず嫌い、薊もうるさいし……。
それに今回は打者としてより、投手としてのアピールが肝心だ。
先輩達に「コイツは投手として使える」と思わせないと!
いよいよあたしがピッチャーとしてマウンドに立った。
やはり少しせり上がったこの場所はいい!
この緊張感がたまらない!
さて、あたしの特長から本来目指すべきピッチングスタイルは、【打たせて取る】というものだと思う。
球が速くないので、ストレートでは勝負できない。
変化球は多彩だけど、どの球種も変化量がしれているので、決め球としては使えない。
つまり狙って三振が取れないので、相手にあえて振らせて凡打させるしかない。
……のだけど、それはあたしがなりたい投手ではない。
幸いコントロールには自信があるので、相手の狙いさえ外せれば三振を取れる……はず。
取りあえず打者が一巡するまでは理想を追いかけてみようと思う。
……キャッチャーの薊には内緒で……。
一回、二回の先輩チームの攻撃は三者凡退で切り抜けられた。
……三振は一つもなかったけど、まぁ結果オーライかな……。
0対0で迎えた三回、先頭打者九番の人の特大ホームランで一年生チームが先制点をあげた。
打った瞬間それと分かる、とんでもない一撃だった。
先輩ピッチャー以下、あたしも含め呆然となっていた。
何よりあたしの理想のスイングが、そこにあった。
その【恐怖の九番打者】、【恐るべきビギナーズラック】金子莉緒は悠然とベースを一周し、ベンチに帰ってきた。
『どうでした? 私の打棒は?』
嬉しそうな笑顔であたしの横に座った莉緒は、スケッチブックを見せてきた。
「まあまあ、かな」
ちょっと悔しいあたしは、本心とは別のコメントをしていた。
今度からあたしも素振りは【釘バット】使おうかな……。
ツーアウト二塁でまたしてもあたしの打順になった。
「追い込まれたらコンパクトに」と決めていたのだけど、あんなホームランを見せられてしまったら、そんな気は失せてしまっていた。
バットを振り回した挙げ句、三振で終わっていた。
……薊に怒られたのは言うまでも無い。
三回の先輩達の攻撃。
下位打線だと侮っていた訳ではないのに、先頭打者にツーベースを打たれた。
そのランナーをバントで送られ、一死三塁のピンチ。
九番先輩を左打席に迎えていた。
キャッチャーの薊がマウンドにやってくる。
「ねぇ、まだ三振を狙うつもり?」
薊の声音からは静かな怒りを感じた。
「えっあたし三振なんて……」
「狙ってるでしょ! だって球が全部上ずってるじゃない!」
「狙ってない」と言う途中で、割って入られていた。
やっぱり薊……というよりキャッチャーには気付かれるのか。
あたしの能力で三振を狙うなら、高目を振らすしかなかった。
インハイかアウトハイの二隅のギリギリを、唯一の長所であるコントロールで狙っていたのだけど……、甘く入ったら長打されるコースでもあった。
一回、二回は打たれても、たまたま野手の守備範囲に打球が飛んでいた。
だがこの回は七番先輩に痛打されている。
「ごめん……、ちゃんと低目を狙うから……」
「うん、それならいい。……ただ一点は覚悟してね……」
あたしの持ち球にドロップという、打者の手元で落ちる球がある。
ただ例によってあまり落ちず、バットには当てられる。
だがバットの芯は外せるので、遅い打球になる。
ゴロアウトを取るにはうってつけなのだけど、今回はランナーが三塁にいる。
三塁ランナーはゴロを打った瞬間、ホームに向かうだろう。
速い打球ならホームでアウトも狙えるのだけど、遅いとそれは際どくなる。
薊の言ったのは「アウト優先」だということだ。
三回、まだ同点ならまだまだ勝ち目があるし、勝負にこだわる彼女らしい。
でもあたしは【ピッチャーとしてのアピール】がしたので一点も失いたくない。
このピンチ、何とか無失点で抑える方法はないだろうか……。
薊が戻った後、少し間をとってあたしが投げたのはドロップ。
しかしそれはホームベースでワンバウンドした為、九番先輩はバットを振ろうともしなかった。
薊は「力まず!」と言いながら、ボールを返してくる。
実際薊が捕れなければ、ワイルドピッチで三塁ランナーが返ってくるところだった。
でも今のは【ワザと】である。
ここまでの投球でドロップは投げてこなかったので、打者に「こういう球もありますよ」と見せておきたかった。
ワンバウンドも「薊なら捕れるはず」という、根拠のない信頼感あっての事である。
そもそもショートが定位置の人だし。
二球目は高目の見せ球に使い、本命は次の球。
あたしの狙いは『内野フライでのアウト』。
低目にドロップと思わせ、実際にはストレートを投げ、ドロップを打ちにいったバットの上に球を当てさせ、ポップフライにしたい。
もしくは強い打球のゴロを打たせたい。
そう脳内シミュレートし、投げた三球目。
あたしのストレートは、インサイドギリギリの……高くもなく低くもない中途半端なコースに向かっていた。
完全にコントロールミスである。
しかし九番先輩はそのボールに手を出してきた。
打球は、ライト方向のファールゾーンに飛んでいく。
正式に入部した後に知った事だけど、この先輩実は本来上位を打っていたのだが、故障明けの為この打順だったそうだ。
どおりで窮屈なフォームで打った割には飛距離が出ているはずだ。
この打球、捕れば打者はアウトだけど、タッチアップでランナーがホームに返ってきてしまうから、捕るべきではない。
もちろん、ソフトボールを少しでもかじった事がある人なら分かる事だけど。
…………あっ、あぁーーー!?
この試合、ライトの守備についているのは【史上最高のド素人】金子莉緒さんじゃないッスか!?
あたしがそれに気付いた頃には、そのお方はしっかり補給体制に入っていらしてました。
マッ、マズいーーーーー!!!!!!




