1.自己紹介はかくも難しき
県立矢生井高等学校に進学したあたし、星野桜桃は入学式後のホームルームで、自己紹介の出番をため息交じりで待っていた。
自己紹介の時はいつも憂鬱になる。
というのも、あたしはあたしの名前が気に入っていないからだ。
桜桃って……、この名を付けた両親を恨みたくなる。
まあ実際は恨んでいないけどね。
むしろかなり親に恵まれたと思っている。
「高校に入ったら一人暮らしがしたい」と言ったら、二つ返事でOKが出た。
こんな物わかりの良い親はそうそういないだろう。
生活費も無駄遣いさえしなければ、アルバイトなんてしなくていいぐらいくれる。
とはいうものの、アルバイトをしなければいけないのなら、こんな無名校ではなく「ぜひウチに!」と誘ってきたソフトボールの強豪校に進学している。
――中学ナンバーワン・セカンド――
あたしの中学時代の称号である。
あたしはこの間違った称号を覆す為にこの高校へ来たのだ。
あたしが本当にやりたかったポジションは――
「金子……莉緒さん?」
「ん?」
ふと我に返ると、周りの雰囲気がおかしい。
どうもある生徒の自己紹介のところで止まっているみたいだ。
小学校の時もそうだったけど、クラスに一人はいるよね。
みんなの前で緊張して、喋れなくなる人。
こんなのどうせ誰も覚えてやしないんだから、無難な事言っとけばいいのに……。
そのナンタラカンタラさんらしき人は、椅子に座ったまま、助けを求めるかのように周囲を見回していた。
……いや違う……。
そうだ、思い出した。
この人、教室に入ってきてからずっとこうだ。
あたしの席は彼女から三人挟んだ最後方の席だから、よく見えていた。
彼女は最初から誰かを探すようにキョロキョロしていた。
中学時代の友達でも探しているのかな。
どうでもいいけど早く終わらせて欲しい……。
あたしの願いが通じたのか、黒髪ロングの彼女はようやく自分の席から立ち上がった。
だが、予想に反して彼女は口を開く事無く、先生のところへ近づいていく。
「な、何? どうしたの……?」
突然歩み寄られ、ビックリした様子の先生。
スラッとした美脚の彼女は、ビビる先生の脇を通り過ぎ、黒板にチョークで何やら書き始めた。
『私は金子莉緒です。病気で声が出ません』
あたし達が呆気に取られていると、黒板に書き終えた彼女がこちらに振り返ってきた。
――垢抜けた、すんごい美少女がそこにいた――
「うわっ、スゲェ美人っ」
これは男子軍団の感想である。その気持ちはよく分かる。
「脚も超キレ~……」
これは女子の意見である。下半身にちょっとしたコンプレックスのあるあたしも同意見だ。
「髪なんてめっちゃ黒いし!」
いいだろう、そこは。他にも黒い人はいくらでもいるぞ!
「ちょ、ちょっと待って……。私もそこそこイケてると思うんだけど、何でそういうリアクションが無かったの?」
何故か対抗意識を燃やした担任教師が一人ボヤいていた。ここはスルーしとこう。
褒めちぎられて、照れたように下を向いていた彼女が顔を上げると、あたしと目が合った。
一瞬だけ目を見開いた彼女は直後、優しく微笑んできた。
「うお~~~、か、可愛い~~~!!」
クラスの全男子生徒の感想である。まあ分かる。
「絶対守ってあげたい!!」
あたしを除いたほとんどの女生徒の意見である。分からなくもない。
「ねっねっ、どうやったらそんなに黒くなれるの!?」
分からん……。そこのやたら髪の色にこだわる女子よ。取りあえず脱色をやめればいいんじゃないかな。
「悔しい……、学生時代の反省から、教師になったら無駄にチヤホヤされようと頑張ったのに……」
無駄にって何じゃい? それにしても教師の高校デビューとは斬新……なのかな。
か??さん(あたしは人の名前を覚えるのが得意ではない)の後は、淡々と自己紹介が消化され、やっとあたしの出番になった。
何一つ当たり障りのないコメントでいこうと決めていたあたしが、椅子から立ち上がると少し周りがザワめいた。
何だかんだで一応あたしは中学時代、全国区のプレイヤーである。
ソフトボールをしてきた人にとっては一種の有名人だろう。
少し優越感に浸りながら、一言話そうと口を開いたその瞬間、クラスメイトが一斉に、
「「「「「「「「「「あの子、おっぱいめっちゃデケェ~!!」」」」」」」」」」
……赤面したあたしが、一言も話さず席に座り込んだのは言うまでもない。