口実
「あのさ、おもしろい夢をみたんだ。」
そう言ってペンを止める君。いきなりすぎてちょっと戸惑う私。
教室には二人だけ。
私たちは特別な関係ではない、けれど特別な想いは抱いている。受験勉強もいよいよ大詰めの頃だということを口実にして君を誘った。
季節は初冬、放課後の時間にもなると寒くて暖房をガンガンにつけてる。本当はやっちゃいけないんだけどね。
「へー、聞きたいな。」
「卒業式が終わったあとに学校のなかををぷらぷら歩いてたらたまたまお前がいてさ、あの5階のテラスに。だから声かけたんだよ俺。そんでいつもみたいに話したんだけどさ、なんかいつもと違ったんだよね。落ち着きがないっていうかなんていうか。」
なんか妙にリアリティのある夢ね、と思った。
5階のテラスは私のお気に入りの場所、だけれどそこに君と行ったこともなければ他人に言ったこともない。
どうしてだろう。
「落ち着きがないって、私が?」
「そう。だから、大丈夫?って聞いたんだ。そしたらすんごくびっくりしたみたいで、そのまま黙っちゃってさ。なんか悪いことしちゃったかなって不安になった。そう思ってたらお前、いきなりさ...。」
「えっ、なに?」
「いや、お前に告られた。」
一瞬にしてこの教室が膨張したような気がした。
虹彩はとっくに自分の仕事を忘れてちゃっていて、そのせいでさっきまでどこに隠れていたんだろうってくらい太陽が眩しくて、君の顔も、二人くっつけた机も、どんどん光の行進に消されていっちゃって。
私の瞳はいつでも君しか見ていないはずなのに。
「どうしたのそんな顔して、俺が夢で見た顔とそっくり。」
「あっ、ううん、なんでもないよ。確かにおもしろい夢だね。」
「うん、朝起きてすごく憂鬱な気持ちになったよ。」
「そうだよね、いくら夢とはいえ迷惑だよね。」
「いやいや、そういう意味じゃないよ、そういう意味じゃ...。」
「えっ、じゃあどういうこと?」
「夢だって気付いたから憂鬱になったんだ、醒めない夢ならよかったのに。」
甲高い金属の音が鼓膜を叩く。うるさいなあ。
怠いと訴える片腕を寒い空気の中に出してありがた迷惑なベルを止めた。こうしていつまでも布団にくるまってはいられない、高校生の朝は余裕がないの。
ああ、夢だったのね。
君の言う通り、醒めない夢ならよかった。
でも、私はとても幸せな夢を見た!!
季節は初冬。なんだかいつもよりちょっぴり寒い気もするけどそんなの全然へっちゃら。今日の私は無敵な気がするのよ。学校で君を見つけたら笑顔で言うんだ。
「あのね、おもしろい夢をみたの!」