悪役姫のようですが、既に色々詰んでます。
王宮の庭園で私クレア=ロゼットは木から落ちて激しく頭を打ち付けた衝撃で前世の記憶を唐突に思い出しました。
なぜ、木登りをしていたのかは深く突っ込まないで頂きたい。そこに木があったから登った。それだけだ。例えば、木に登って自分で降りられなくなった可愛い子猫ちゃんを助けようとか、或いは巣から落ちた雛鳥を巣に戻そうとかそういう格好いい立派な理由からではないことは確かだ。むしろ、驚くほどしょうもない理由である。穴があったら入りたい。
「姫様、ご無事ですか!」
私付きの侍女マリア(35)=行き遅れが慌てて駆け寄ってきた。顔に面倒くさいことになったとあからさまに書いている。その姿はまるで孔雀のよう、しかし、男をねらう目付きはハイエナのようである。がっつきっぷりが却って男を遠ざけてしまうことをいい加減に彼女は自覚した方がいいだろう。自分はまだ行けると称して日夜夜会という名の婚活ぱーちーに励んでいることを私は知っている。おっと、別に木から落ちたことを根に持っているというわけではない。彼女が止めてくれていたら、自分は痛い目にあわなくて済んだなどとは思ってないよ?
そういえば、さっきから身体が重いな。私は自分の掌をゆっくり見て、ぐーぱー開いた。ボンレスハムのように肉付きの良い指は脂ギッシュだ。そのまま顔に手をやると吹き出物に触れて肌はざらざらしている。
「マリア、鏡を持ってきてちょうだい」
マリアが無言で指を鳴らすと控えていた側近がさっと姿見を持ってきた。旧型クレアはナルシストだったからクレア付きの従者にとって鏡は必須アイテムだ。例えるなら、白雪姫の継母の魔法の鏡。あれと一緒だ。
鏡に映る自分の姿を確認して、身体がふるふると震えた。
「おっふ」
何ということだ。これは酷すぎる。鏡に映っているのはゴマフアザラシのように凸凹のない体型、てかてかしたブロンドの少ない髪が文字どおり頭に乗っている。断じて鬘ではないが、まるで鬘に見えてしまうから不思議。低い豚のような鼻は木から落ちた衝撃でへこんだわけではない。大きめのニキビだらけの顔にせりだした立派な顎、小さなつぶらな青い瞳の人物を私はよく知っていた。
かつて、前世の私がはまっていたゲーム「ロイヤル・パーティー」の全ルートにおける悪役姫、それが私ことクレア=ロゼットなのである。攻略対象様の妹姫であり、幼馴染みであり、主人であり、婚約者である。どのルートでも引っ張りだこで、ヒロインへの空回りだらけの嫌がらせに余念がなく忙しい。労働基準法に違反するくらいの酷使ぶり。「デブレア、ワロス(笑)」の愛称で親しまれて来た作中きっての痛いキャラ、それが私だ。私なのだ。泣きたい。
私は死んだ魚のような目で口許をひきつらせた。ひらひらふりふりのピンクのごてごてしたドレスが更に滑稽さを際立たせていた。あぁ、うん。キャラデザスタッフの悪意しか感じられないね。
「姫様、頭を打った衝撃で少々おかしくなったのでは?」
マリアよ。貴方の主人は元々おかしかっただろう。普通の姫は突然天使になるとかほざいて、ひゃっはーとハイテンションで木登りしないし、登る前に自分の体重は考えるはずだ。自重に耐えきれずに枝が折れて落下するのは登る前からわかりきっていたことだ。クレアは自分を絶世の美少女だと信じていたけど、あらためて客観的に見ると良い部分だけを美化して見ていたのだとわかった。
私は頭を打った衝撃でまともになったのだ。現実を見て、今絶望している。神よ、なぜ私を選んだのか。私が何をしたというのか。ちょこっと友人の彼氏に手を出して、会社のお金を横領しただけじゃないか。え?自業自得?
ゲームのクレアの最後はどのルートも一緒だ。婚約破棄されて、隣国の2回り以上離れた変態趣味の王兄の妻になるのだ。似た体型、性格の相手なのである意味お似合いだった。中でもお互い様なのにお互いの容姿を貶し合うのは滑稽だったのは他人事だったからだろう。
「マリア、私はこれから痩せますわ。それとお父様に直談判します。取り次ぎの準備を」
今なら間に合う。正直ヒロインや攻略対象にかまっている場合なんかじゃない。ストーリー補正?そんなの知ったことじゃない。私は聖人君主じゃないから、人の恋愛を盛り上げるために自分の人生をチップがわりに差し出す精神は生憎と持ち合わせていない。自己犠牲?何それ、美味しいの?それよりも、今から頑張って人並みの幸せを手に入れられるよう補正せねば。
隣国の王子との縁談をまず断る。あちらに送りつける予定だった旧型クレア監修の美化100パーセントの肖像画は破り捨てよう。兄につきまとうのはやめ、幼馴染みとは縁を切ろう。従者の雇用は慎重に行い、学園には通わない。代わりに家庭教師をつけてもらおう。それから持てる権力を駆使して王家に逆らえない程度の家柄から婚約者をあてがってもらおう。よし、フラグはこれでほぼ折れるはずだ。
「クレア姫様、やはり頭を?」
ああ、うるさいな。マリアよ、私の頭がおかしいのは元からだっただろうよ。私は前世で果たし得なかった平凡な人生を今生で全うするのだ。フツメンと愛がないながらも普通の家庭を築くのだ。そのために変態じじいとの結婚は全力で回避させてもらいます。フラグ?立てさせないよ。
「お父様の元まで走りますわ」
「あぁ、良かった。いつもの姫様ですわ」
その後、私はマタドールもびっくりの勢いでどしん、どしんと走り出した。10メートル地点で息切れして足がもつれて転んだけれど、笑わないでほしい。
ありがとうございました(*^ー^)ノ♪