硝子の欠片に、映るものは。
僕は、君を奪ったあいつを、絶対に許さないから――
「逃がさない……」
悲劇の後、舞台の真ん中。
一人になった僕は、顔を上げ静かに、しかし熱の隠った声で呟く。
そう、あいつを、やすやすと逃がすわけにはいかないのだ。
「待ってて。僕が君の為に――」
――あいつを、殺してきてあげる。
そうして立ち去る僕を、そこに残るもう一人の僕は、泣きそうな顔で見ていた。
そして現在、僕は探していた人物と対峙していた。
男を見つけたのは、とある荒れた山の奥。周りには何もない。そのため人の気配も、自分達のものを除けば皆無だ。
うっそうと茂る木々の、葉擦れの音くらいしかしない空間。
助けは、呼べない。僕も、相手も。
でも僕は、引き下がるつもりなんて無い。
「お前だけは赦さない……」
『へぇ?追いかけて来たんだな。でも俺はお前に殺されるつもりなんてないぜ』
「お前は死ぬべきなんだ……お前が僕たちから奪ったものは、かえってこないんだから‼」
急に感情を爆発させた僕に、少しだけ目を見開いた男は、しかし真面目に取り合ってくれる様子は無い。
『仕方ねぇって、割り切れよ。人間なんて、脆いもんだろ?死に急がなくったって、お前もすぐに壊れるぜ?』
すべて分かっていると言わんばかりに笑みながら、僕を見下ろして言う男に、僕はもう我慢できなかった。
「黙れ……!」
僕は手にしたナイフを振りかざして、男に飛び掛かった。
自分と男の体の大きさを見れば、自分が圧倒的に不利なことは分かる。でも……
『はっ……必死だな』
一撃だけでもいい。あいつに血を流させて、少しでも痛みを与えることが出来たら。
僕のナイフを軽い動きでことごとく避ける男は、僕を冷めた目で見ていた。それがまた僕の感情を刺激した。
「ふざけるな!」
僕は小さい体を活かして男の足元に滑り込むと、全体重を掛けて足を掬った。
『っ!?』
男は、相手がたかが逆上した子供一人だと思って油断していたのか、後ろに少しバランスを崩した。
僕はそのチャンスを逃さずにさらに正面から男に詰め寄り、完全にバランスを失った男を地面に仰向けに倒すと、その体に馬乗りになって、ナイフを喉元に突き付けて叫んだ。
「半分を失ったらっ、僕はどうやって生きていけばいいんだっ!」
こいつが、僕の半分を、何よりも大切な存在を、奪わなければ――!
『俺を殺すのか?』
そう言われて……頷けないことに気付いて、僕は愕然とした。
「僕、は……」
そこで理解した、僕の本当の気持ちを。
僕が置き去りにしたもう一人の僕が、泣きそうな顔をしていた理由も。
「僕は……お前に、殺されたい――」
零れ落ちたのは、紛うことなき僕の心。
『は?』
僕の言葉に、男は面食らったような声をあげた。
『何言ってんだ?お前、俺を殺す気満々だったじゃねぇかよ』
そうだ……でもそれは、強がってただけで……。自分をごまかしていただけで……。
「僕を、殺して……」
お前が殺した、もう一人のように。僕は、あの子の所にいきたい。
泣きそうだったもう一人の僕は、僕の本心に気付いていたんだろう。だから、強がっている僕を見て、あんな顔をしていたんだ。
男に突き付けたナイフを引いて、男の上から退く。
そして上体を起こす男の傍らに座り込んで、僕はナイフを男の手に握らせた。
「僕は…………僕らは……二人で一人だったんだ。だから――」
“ぼくも殺して……?”
ここはとても静かだ。
僕は目を閉じた。
僕が最後に見たのは、憐みの表情を浮かべた、憎い憎い一人の男の顔――
いかがだったでしょうか?
結末を確定しなかったのは、わざとです。
皆様のご想像にお任せする形です、はい。
単発ものなので、続かないと思いますー。
読んでいただいて、ありがとうございましたo(_ _)o ペコリ