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無題シリーズ

無題7

作者: 中原恵一

 ある偏屈な男が、壁に家を作って住み始めた。


 街の近くにある大きな地割れだ。

 何キロも続いている大地溝で、深さは何百メートルあるかしれない。

 そんな崖伝いに、いつ落ちるとも分からない家を建てた。


 友が言う。

「そんな、地球の重力に逆らう真似をしてどうするんだい」

 男は答える。

「知らんよ」


 その家は、崖にへばりついていることを除けば普通だった。

 家は直方体を二つくっつけたような二階立てだ。

 割としっかりしていて、ベランダもあるし暖炉もある。

 水は雨水を(かめ)にためて使っているが、食料ばかりは備蓄もあるにしろ買っているらしい。

 

 二階には窓もある。

 四角い、ガラスの天窓だ。

 この家にはこの窓しか光をとる場所がない。


 警官が言う。

「建築基準法に違反してないか」

 男は応じる。

「かもな」


 男は帽子をかぶっていて、表情が窺えない。

 いつも不機嫌そうで、一人たまにふらっと街へやってきたかと思うと、すぐ崖にある自宅へとかえっていく。


 老婆が言う。

「あんなとこに一人に住んで怖くないのかい?」

 男が呟く。

「怖いさ」


 男はあくまで頑固に、その家に住み続けた。

 雨の日も風の日も、自分で作った小さな家に無理に住み続けた。

 ある日、嵐が来た。

 男の家は落ちてきた岩に押し潰されそうになった。

 幸い家の一部が壊れただけですんだが、村人たちは彼を迷惑に思った。

 一応、死んだら困るのだ。


 誰かが言う。

「やめろよ、こんなところに住むの」



 この日、男は何も言わなかった。



 次の日、男が目覚めると、遠くで何かが砕ける音を聞いた。

 何やらすごく大きな音がする。

 

 そして気がつくと、男は家の壁に寝ていたのだった。

 本来床のある位置が壁になり、崖側に張り付いた壁が床になり、天窓は普通の窓になっていた。

 男は何気なく、窓から外を覗き込んだ。


 そこには――


 街の家が、バラバラと砕け散って飛んでいくのが見えた。

 ついでに人も下へ下へと向かって飛ばされていく、いや、落ちていくのが見えた。

 人々の暮らしが流されていく。

 とめどない重力が全てを打ち壊した。


 そして、崖に住んでいた男だけが助かった。


 男はこの時だけ笑った。


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