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人生・からあげ

作者: 何畳八畳

第一章 「海芝浦」


目の前に広がる海は、駅ホームから眺める景色。非日常を思わせる、その景色。

行き交う船、少し先に揺れるブイ。カモメが無邪気な馬のように飛んでいる。

ホームに男がひとり。

たい焼きを頬ばる、その男はじっとして動かなかった。曇り空の下の鉛色の海を、餡子を口のまわりに付けて、仁王立ちで見つめている。かなり腹が張っていた。


この駅は「海芝浦」。

とある工場の専用駅と言ってもよいが、駅の隣に小さな公園があり、時折、遠足気分のOLや小学生を見かける場所である。


ホームに入って来た電車が止まり、ドアが開くと、シートに腰を下ろす中年男がつぶやいた。

「プリンは、まだか・・・」

男は禿げ頭にリーバイスのGジャンを纏った、丸菱商事をセクハラでクビになった塚平勇作、48歳だった。丸いメガネが良く似合う。

しばしの停車時間。塚平はホームに、たい焼きを握り、仁王立ちした男が見えた。

不思議なる因縁によって、変な男2人が「海芝浦駅」で遭遇する事になる。

たい焼きの男は、大きく伸びをすると大きな屁をこいた。辺りが黄色くなるような一発だった。カモメがダッチロールする、凄まじい轟音。

「うわぁ!くさっ。危ない!」

塚平は反射的に叫んでしまった。

「なぬっ?危ない!」

たい焼き男は振り返り様に、たい焼きをかじった。その瞬間、また屁を噴射して、その勢いで電車の中に飛び込んでいったのである。

そして二人は、正面から衝突し駅弁スタイルで膠着状態だ。


異変を感じた車掌が、二号車の中に見たものは、即モザイクものであった。

ひとりはシートに腰掛け泡を吹き、もうひとりは正面からダッコちゃんのように抱きつきムンクの叫びみたいな顔をしている。

車掌は、目をつむりながら前を通り過ぎると、足速に定位置に戻った。

「15時3分発の鶴見行きです。あと3分程で発車いたします。なるべく二号車にはご乗車なさらない様お願いいたします。」


幸い、工場に特化された駅の為、乗降客は少なかった。

定年間近の壮年が、萎びた皮カバンを肩から提げながら、一号車から二号車へと車内歩行して来たが、二人のオブジェを発見すると、目をつむり合掌したまま三号車へと消えて行ったのだ。

何か唱えているようだった。


ホームで海を眺め、大きな屁を噴射した男は、首都圏で六店舗の唐揚げ屋を営む社長、伊藤万三郎45歳だった。

彼は唐揚げを食べる人は皆、平和な顔をしていると思い、大学を卒業後20年間、全国を歩き「唐揚げ修行」に様々な店舗で努力して来た。

「唐揚げ人生」という、のぼり旗を店頭に立てて、新宿、中野、江東、墨田、荒川、北区で営業。

店の名前は「からあげ人生」。黄色い外観に赤い文字で書かれた店名。店は間口二軒ほどであったが、熱々を食べてもらいたいとの思いを込めて、四、五人は周囲に立てるテーブルが隅に置いてある。

赤羽店では、酔っぱらいが「オレの人生を揚げるんじゃねぇー」と飛び込んで来たりした。その時対応したアルバイトの坂山寛太君のコメントが、ふるっていた。

「yo,人生アゲアゲ」

この言葉は、夕方のニュースでも取り上げられ、流行語大賞にノミネートされ、バイトの彼は仮店長に昇格した。


「鶴見〜鶴見〜、鶴見駅に到着です。お忘れ物にお気をつけ下さい。」

塚平と伊藤を載せた(あえて、載せたと記したい)電車は、鶴見駅に着いた。

車掌は、列車無線で鶴見駅に応援を求めており、あの二号車の二人を速やかにホームのベンチに移動させたのである。

引田天功のマジックを見ているかのような鮮やかさに、他の乗客から拍手が起こった。


第二章 「合体」


電車の青いシートから、ホームのベンチに移動させられた二人の合体オブジェは、駆けつけた駅員により分離され、駅員のホーム控え室に運ばれた。

「大丈夫ですか?起きて下さい。」

JRの腕章が目に眩しい。

配属間も無い亀山正晴は、こみ上げるものを堪えながら、二人をビンタしていた。

その時、伊藤万三郎が目を覚ました。

「あ?うん?痛い・・・」

亀山は安堵の表情を浮かべると、塚平の頬をビンタし始めたのだった。

「お客さん、お客さん、起きて下さい!」

塚平は目を見開くと、大きな声で言った。

「ヤダス!」

「ヤダスって、あなた起きたじゃない!」

控え室にいる全員が爆笑の渦に巻き込まれ、

万三郎も笑った弾みで、腹に力が入り大きな屁を噴射してしまった。

「ブボン!」

全員笑顔から苦悶の表情に急変。

「戸を開けろ!窓を開けるんだ!」

窓は全開になり、右から左へ黄色い空気は流れた。流れたそれは、ホームに停車中の電車の中を漂い、半ば満員だった列車の中はパニック状態に。

非常停車ボタンが老婆によって押され、騒ぎに拍車がかかった。

伊藤万三郎は朦朧としながら、ホームへ目を向けると、胸ポケットからスマートフォンを取り出し、Twitterに投稿した。

「窓から老婆が見える・・なう」

フォロワー女子高生のユウコから、リツイートが入った。

「万ちゃん、またオナラしたみたいww RT @manchan 窓から老婆が見える・・なう」


そのツイートは拡散され、オナラで検索したオナラ好きも笑いながら拡散して行った。

こんな無意味なツイートが、拡散されていいのか?そう思った週刊ツイート・ダイナマイト編集長の掛川人史は、再来週の企画に「無意味なツイート5」を決めた。

三ヶ月後、この雑誌は廃刊となってしまう。


第三章 「終着駅にて」


夕焼け空に雲が幾重にも、たなびく様子は、

見る人を童心に帰すのか。

伊藤万三郎は、ひとりたそがれていた。

「おなか空いたなぁ・・・駅弁でも買うか」

これから、上野発の夜行列車に乗り、久しぶりの温泉旅。

ホームで小さな女の子が、母親に手を握られて、えっちらおっちら歩いている。

赤いズボンに黄色いブラウス。左手には小さな旗を持っている。

「可愛いなぁ。うちの店みたいだ。癒やされマンボだなぁ」

母親の後ろから、父親であろう男がGジャンの襟を立てて歩いて来る。

「ん?んっ・・・」

それは、紛れもなく塚平勇作だった。

「お、俺たちが出会うとロクな事にならない。ヤバいヤバいよ本当に」

万三郎は、そっとキオスクの陰に身を隠したのだった。

キオスクの中では、キオスクレディが掃除をしていた。意外と埃は溜まっているもの。

横の扉を開けると、雑巾をパタパタと振って小さな埃を落とした。

万三郎の目の前で振られた雑巾の埃は、彼の鼻に入り大きなクシャミを誘ったのだった。


人生は、からあげのように美味しい。

そう思って生きていきたい。


(完)






どうも、すみません。

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