第三章
「僕だ」
「僕って誰!?まさかボクボク詐欺の時代到来!?あたしゃそんなのには騙されないぞ!」
「飛岡だ。今日知り合ったのにもう忘れたのか?」
嘘。ホントは気付いてました……
「ああ飛岡か。どうした?」
「どうもしないけど」
「じゃあ電話すんなよ」
「用がなきゃ電話しちゃいけないのか?」
「また随分とベタなこというな……じゃなくってお金がもったいないだろうが」
「それくらいいいじゃないか。友だちと話すことにわざわざ価値を求めるものなのか?」
「そういう言い方するかぁ?っていうか、用件を言え用件をっ!」
「だから用件なんてないんだってば。いや、ないわけじゃあないけど……言うならば前置きかな?」
「……あたしなんかされんのか…………」
「してほしいの?出会ってすぐなのに素晴らしい欲だね。では僕が「待て待て待てええぇぇぇっっっ!!!!」
「するわけがないだろう。でも……この叫びは本来の君から出されたものととってもいいのかい?」
「……はあ?」
「だって君の声……すごく
淋しげで……「ピッ」
半ば強引に電話を切ってしまった。そうでもしないといままで頑張って止めていた涙があふれ出てしまいそうだった……
ダメだ……ここで泣いては……
まだ、戦いは始まったばかりなんだ……
ここで悲しんでちゃ……
「あいつのせいだ……飛岡せいだ……!」
抑えられない涙と共に叫ぶ……。
翌朝、結局ずっと泣いて腫れぼったくなった目をこすりながら登校した。
教室に入ると誰も来ていなかった。どうやら早く来すぎてしまったようだ。
読書をしようとカバンの中をのぞくと驚いたことにいつもは絶対に持ち歩いているはずの本が入っていなかった。始業まであと三十分はある。
そうだ 倉庫裏に 行こう
倉庫裏にひょいと顔を出すと飛岡が読書を……って、あれはあたしの愛読書じゃないか!
「おい飛岡てめえ、それあたしの本だろっ!」
「うん。勝手に拝借したよ」
こいつっ笑顔で言いやがった。タチわりい奴だよ……。
「まあいいや、読むんなら最後まで読みきれよ。じゃないと殴るぞ」
「こういう暴力女がいるから最近の日本に草食系男子なるものが増加傾向にあるんだろうね」
あいつが言葉を言い終わらぬうちにすくっと立ち上がる。こいつはどうやらあたしにどうしても殴られたいらしい。……よしっその願い叶えてやるよ。
右手をぎゅうっと握る。ちなみに握力は女子でもそこそこあるほうだからやられた側は相当痛いだろうな。
左の手のひらで拳をパンパンと叩きながら口角をニヤッと上げる。
ようやくあたしの変貌に気づいたらしい。男とは思えないほどの逃げ腰になっている。
「死いいいいいねえええぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!」
「来るなああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
グラウンドに革靴のまま飛び出した飛岡は夢中で逃げる。そして、あたしも夢中で追いかける。
「待あちいいやあがああれえええぇぇぇぇっ!!!」
いわゆる全速力追いかけっこである。あいつもあたしも足の速さはあまり変わらないから離れもしないし近づきもしない。
ああくそっ。速度を頑張ってあげる。
だんだん近づいてきた……と思ったら、あたしが近づいてきたのが見えた飛岡もあわてて速度をあげた。
『『速くしてんじゃねえええぇぇぇぇっ!!!!!』』
二人の心が同時に叫んだ。
だんだんただの忍耐勝負と化してきた。
こっちはもう限界だというのにあっちの足はいっこうに止まらない。
そろそろばててきたなあと思ったところに放送がかかった。
「そこの追いかけっこしている一年生2人!もう始業時間はとっくに過ぎていますよっ!ほら、見ている生徒も早く教室に戻りなさい!!」
放送が終わると同時に2人共失速し、そのまま地面に仰向けに寝転がった。
「……はぁはぁ…………っおまっえ、あし……速いんだな」
「そっちこそ……はぁはぁ……女なのになかなか速かった……よ」
上体を上げて周りを見回すと、さっきまでがやがやと騒がしかった野次馬どもが誰一人残っていない。残っているのは、前髪をかきあげながら起き上がる飛岡と口を開けたまま硬直する自分のみ。ちなみに、腕時計が示す現在時刻は一時間目の始まりを告げている。
「飛岡ぁ、一時間目……遅刻確定だ……」
「進級して初の授業に遅刻するって……僕ら本当のバカだね」
「バカはお前だ!あたしを勝手に入れるなっ!」
その後、急いで教室に戻った2人は教師にもクラスメイトにも何も言われずに授業を受けた。
……のだが、授業後すぐにあたしのみに呼び出しがかかった。しかも、校長直々に。
またあいつは何かを企んでいるのだろうか。合併式のあの行動や言動からして、あたしや飛岡を敵視しているのはなんとなくだがわかった。敵、というかなんというか……結局あいつはなにがしたいんだか。
とりあえず、顔を出さないわけにもいくまい。敵だかなんだか知らんが、相手は大人であり、先生でもあるのだ。無駄な反抗をしてもこっちが痛い目を見るだけだろう。そうとわかっているのなら嫌々でも行ってやるのが賢明ってものだ。
友達に怒られる慰められるしながら教室を出る直前に、ちらっと飛岡の顔を見た。
彼の眉間には複数のしわがよっていて、下唇を今にも血が飛び出てしまいそうなくらいに強くすぎるほどの力で噛んでいた。
正直、恐ろしかった。怖いなどという言葉なんかでは到底表すことができないだろう。
飛岡は怒っているのだ、傍から見ると恐ろしいくらいに。
飛岡もだいたい勘付いているのかもしれない、あたしたちが校長を含めこの学校の教師全員に目をつけられていることに。……この推測はできればあたっていてほしくないが、もしかすると自分自身を責めているんじゃあないだろうか。この事の元は飛岡がふざけてあたしの本を盗んだことだから。……そういえば、あいつどうやって盗ったんだ……!?
「……ひっ飛岡っ!」
ワンテンポ遅れて身体をビクッとさせた彼は、ゆっくりとこちらを向いた。さっきまでの恐ろしさはすでに消えているが、そのかわりにひどく憂鬱そうだ。
うつむきながらこちらへとやってきた。
飛岡が近づいてくるのに気づいた友人はみな一歩だけ後ずさった。みんな元女子校の生徒だったから、男子との接し方を忘れてしまっているみたいだ。あたしは小さいころから気づけば近くに男子がいたので、たった1年のブランクで怖がるなんて事はない。
「……呼んだ?」
「あっうん……えっと」
呼んだはいいものの、何て言えばいいのか、どういう言葉をかければ彼の憂鬱さが消えるのかがわからない。ただ、あの恐ろしく物悲しい顔をした飛岡は見ていられなかった。気づいたら口が勝手に動いて、腹から息が出ていた。
「……だいじょうぶ……だから」
「……ああ」
目が虚ろだ。
「じゃ……じゃあね」
軽く手を振って、歩き出した……が、2歩くらいのところで腕をつかまれた。
「僕も……行く」
振り返ると、さっきまでとは全然違う、目に力の宿った彼がいた。
「……ありがとう」
また2人で歩き出した。歩き続けている間も彼の手はあたしの腕から離れない。さすがに恥ずかしくなってきたので振りほどこうと思ったが、彼の手の力のほうが圧倒的に強くて振りほどくことができなかった。……まあ……このままでも悪くはない……か。
「飛岡」
「なに?」
「あたしは怖くなんかないし、むしろドンと来いって思ってるから……気にしなくていいぞ。それと……あたしは朝のあれはた……楽しかっ…たから、さ。……あんたのせいじゃあない」
あたしの腕を握る手がゆっくりと解かれていく。
驚いて見上げると、彼は出会った当時のような微笑をたたえていた。
「ありがとう、行ってらっしゃい。 晴海」
ドアの前で大きく深呼吸をしてからゆっくりと開いた。
ん?ちょっと待て、あいつ今あたしのこと呼び捨てにしなかったか!?
「やっと来たね。羽田さん」
やっぱりこいつの顔は好きになれないなあってつくづく思うよ。




