第一章
今まで見たことないような、男子だらけでむせかえったアリーナの中で一番に人ごみを抜け出してステージへと駆け上がった。ステージに置いてある無駄に大きいホワイトボードにはまだ誰の名前も書かれていない。
どうやらあたしが一番乗りのようだ。
文芸部に入ることは前々から決めていたことであったから一番に書くことへの恥ずかしさなどはなくて、逆に優越感らしき感情のほうが勝っていたかもしれない。
“文芸部”と書かれたネームカードの下にあたしが一番乗りだっとばかりに女にしては濃く大きな字で「羽田」と書いた。
そのままスタスタとステージを降りて文芸部希望者へと与えられた椅子に座る。
「ふうっ……」
やはりこういう行動というのは無駄に目立ってしまうもので、妙に恥ずかしがって友達とキャアキャアやる女の子や無駄にうるさい男の子何人かがこっちをむいて「あいつ早っ」とか「はねちゃんはやーい」などといっているのが聞こえる。そんな無駄話をするくらいなら自分らも早く書きに行けと叫びたくなる。やらないけど。
あたしが皮切りになったのかは知らないが、その後次々に、女子校のほうには存在しなかった野球部やら男子校のほうには存在しなかった体操部などにやらその他のいろいろな部活の名前が書かれたネームプレートの下に名前が書かれていく。
ちなみに、文芸部希望は今のところあたしのみ。
女子校時代は活動的だったけれど、男の子なんかは誰も入りたがらないのは当たり前といえばやはりそうなのかもしれない。
最後らしき男の子がステージにだるそうに上がった。ああいう妙にだるそうにしている奴ほど意外に勉強もスポーツもできるような何でもできる奴だったりする。どこぞやの少女漫画のヒロインの恋人的な……って違うか…………まあ所詮帰宅部とか選ぶんだろ……
ん?
…………帰宅部のネームプレートをさっさと通り過ぎ……運動部になんか目もくれず……文化部か……
一番端で足が止まった。
上に書かれた誰かの苗字と同じような濃さで、同じように無駄に大きく、水性マジックをきゅっきゅと言わせながら「飛岡」と書いた。
後ろをキッと振り返る。アリーナを見まわして誰かを探している。
スッと目が合った。アリーナの一番後ろの一番端というサイテーな位置にいてもあたしを見ているということがよくわかった。
スタスタと……
こちらに……
「お前が羽田か?」
いつの間にか音が消えていたアリーナに飛岡の鋭く透きとおった声が響く。
そしてそれは、あたし自身へと向けられていた。
「はい」
いい答え方というのも見つからず、ただ“はい”と答えることしかできなかった。
「よろしく」
右手を差し出された。
これにはさすがにみんな驚きを隠せないようでいままで静かにしていた生徒たちの中からもどよめきが漏れてきた。
まあいい。そんなものは関係ない。
「こちらこそ」
あたしからも右手を出すと彼のほうからギュッと握られた。
なんとなく感じるものがあった
そう――
同じ――
「文芸部希望者二人!喜びに浸るのもいいですが続きは合併式が終わってからにしましょう!」
「「あっ……」」
気付けばアリーナにいる教師や生徒ら全員がこちらを見てなにやらニヤついていた。
完全に勘違いされている。
いやっ違うから!ね!違うから……
「まぁ……いいや」
「なにがだ?」
「なんでもないっ」
その後のハゲ校長の大してありがたくもない自称ありがたい話は、彼も聞く気がハナからないようで腕組みをして目をつぶっている。
あたしも寝ちゃえ……
なんか疲れたし……
いいよねこれくら……っていかんいかん!あっちが寝ているのにあたしが説明を聞かないでどうする。
プログラムを見るとあと三十分もここにいなければならないらしい。あとは大して必要ではなさそうな内容だったから別に寝てもいいだろうが、新しく生まれ変わった学校での新学年の頭からヘマをするなんてあたしにはできない……
ファイトだあたし!
隣がすやすやと気持ちよさそうに寝ているのを横目でにらみながらその後の行動を必死にメモに走り書きして約十五分。その後の教師のいらない雑談をうつらうつらとしながら聞いて約十分。あたしが必死の努力をしている間にこいつは二十五分ぶっとおしで寝ていやがった。その妙に様になている寝顔にパンチのひとつくらい入れてやりたいものだ。
やっと長ったらしい入学式もとい合併式が終わり、終わりの挨拶とともに隣の能天気馬鹿野郎も馬鹿野郎らしく欠伸をしながら起きた。
この馬鹿はさっさと捨てて承諾書をもらいに行かねば。承諾印を押してもらったら与えられた部室で活動内容などを部活ごとに決めて顧問の教師を早い部活勝ちで決めなければならず、割と大忙しなのだ。
「次なにするんだ?」
「知るか!自分でプログラム見ればいいだろっ!」
「なに怒ってるんだよ」
「うるさい!黙れ!この能天気馬鹿野郎!」
「ああ……僕が君は真面目に説明を聞いているのに寝ていたから怒っているのか」
「わかってるなら寝るなぁ!」
「まあいいじゃないか。君が聞いていてくれたんだから」
「マジで殴るぞ」
このやりとりをしながら既に承諾書をもらうところまで来ていた。
「文芸部です」
「あら?聞いてなかったのかしら。文芸部は人数が不足しているから部活動として活動できないって校長先生がおっしゃっていたでしょう」
「はい?」
そんなこと言ってたか?そんなはずは……
「君も人のこと言えないな」
確かに直後少しだけうつらうつらと……
あの時か……
「図星か?」
「うるさーいっ!!あたしだって「はねちゃんうるさいんだけど!!」……真紀ゴメンっ!もぅぅぅぅ……で、じゃああたしたちはどうすれば……」
「他の部活に入れてもらえって仰っていたじゃない」
「「はあぁっ!?」」
「先生に向かってそんな口たたかない!だから早く他の部活のところに入れてくださいってしてきなさい。もうどんどん承諾印押してもらってる部活出てきているから早く行かないと自動的に帰宅部になっちゃうわよ」
「同好会とかは……」
「この学校女子校時代の校舎をそのまま使っているから男女共学になるとただでさえ教室が足りなくて同好会になんか教室は渡せないから同好会は今年から禁止にしてるのよ。ちゃんと生徒手帳見直しなさいよ。ほら時間ないから次の部活!」
なあぁっ!……
「飛岡……どうする?……」
「わからない。だがいまわかるのはもう他の部活に空きはないってことだけだ」
あたしとしては……二人だけでもいいから文芸部として活動がしたい……
よしっ!
「なあ飛岡よ。お前は文芸部として、あたしなんかと二人っきりでもいいから活動がしたいか?」
「いきなりなに言い出すんだか……当たり前だろ。僕はその気であそこに名を書いたんだ。……なにか策でも思いついたのか?」
「いい策かどうかは微妙だがやらないで後悔するより当たって砕け散ってから後悔しろって言うだろっ!」
「それ後悔する前にすでに死んでるぞ」
「いいから早くっ」
飛岡の右手を握ってハゲ校長のところまで走り出した。
「校長に直訴でもするつもりか!?」
「大当たりっ!」
目の前に校長が見えてきた。
「次の部活は…ん?文芸部はさっき活動ができないといったばかりのはずだが」
「同好会としての活動を許可してくださいっ!」
「同好会は禁止と校則にある。それは許可できない」
「だったら新しく文芸部を作ります!」
「それも許可できん。帰宅部の生徒は一人もいないし兼部は禁止だ。新しく作るための人数が足りないだろう」
「お願いしますっ!」
やりたくなかったけど頭を下げる。いままでこんなの全部見る側だったから初めての行動への緊張感がヤバい。
あの人たちはみんなこういう気持ちで頭を下げていたの……
「なぜそこまでして文芸部にこだわる必要があるんだ。他にも楽しそうな部活はたくさんあるじゃないか」
「文芸部じゃないとダメなんです!」
必死に頭を下げた。まだアリーナに残っている生徒からの視線がとてつもなく痛いが今はそんなことを気にしている暇はない。
文芸部じゃないと……あたしはダメなんだ。
飛岡を見ると、苦い顔をして下唇を噛んでいる。こいつも悔しいという気持ちくらいは持ってくれるのか……。
できれば一緒に頭を下げていただきたいっ!あたしと同じように文芸部で一緒に活動したいと願うのならば……!
「……君、羽田と言ったかな?ちょっと来なさい」
「……え?」
傍に控えていた二人の教師に両腕を引っ張られた。
「ちょっ……なにっいやっ!」
「いいから来いっ!」
そのまま引っ張られかけた
両側にいた教師から「うっ」と呻き声が聞こえたのに気がついた時には飛岡の腕の中にいた。
「こいつに勝手に触っていいって僕がいつ許したと思っているんだい先生殿。
たとえ教師だろうと僕が許さないよ」
「なっ……」
「そっちの君は飛岡といったか。生徒が教師にこんな真似していいと思っているのか?初日から停学相応のことをするなんてなかなか度胸があるじゃないか。それとも息子だから許されるとでも思っているのかい?」
「あいつは文芸部創設とは何の関係もない」
なんだ息子って……つーか誰の?なんで今関係あんの!?
「っていうか……お前はいつまであたしを抱いてりゃ気が済むんだよっ!抱かれっぱなしになってたあたしもあたしだけどさっ!」
「羽田の父の名は確か光一といったかな?」
「なっ……父の名をなぜ……ってああ、緊急連絡先に書いてあるじゃん。で、それがどうしました?」
嘘だ。そんなの嘘ってわかってる。
……このハゲはうすうす気付いていたんだ、あたしが
元男子校の校長である
羽田光一の娘であることを
「飛岡。この女は君にとっていいガールフレンドになりそうだよ。文芸部もとい文芸同好会存続は校長直々に認めてやる。飛岡の教師への暴行は正当防衛としてなかったことにしよう。そのかわりこれからせいぜい二人で頑張りたまえ。出会うべくしてであった二人と言うべきかなはっはっは」
「「なっ……」」
その後半ば強引にアリーナから締め出され、二人だけの寂しい同好会には教室やましてや特別教室なんていうのも与えてもらえず、その時々で空いている教室を使って活動をするというなんともむなしい部活動になってしまった。
あっそうだ。
「飛岡ありがとな」
「何がだ?ほとんど頑張ったのは君じゃないか。僕はほとんど何もやらないで突っ立っていたも同然だ。説明も聞かずに寝てたしな」
「いや、そうじゃなくって……あっまあ確かにそうなんだけどまあでもあたしも説明のところは寝ちゃって聞いていなかったし、そこじゃなくて……ああ、あれだ、その……せっ先生二人に羽交い絞めにされたっだろ?あんとき……そっその、あり……がと、な」
返事がなくてあいつの顔を見たらなぜか微笑んでいた。
「おまっ…な、なに笑ってんだよ!こっこここっちがお礼してんのに!つーか気持ち悪いぞその顔やめろ!」
「僕は君と出会うべくしてだったのかもしれないな」
「はあ?」
「なんでもない。早く行かないと置いていくぞ」
「えっ待って!」
ふと右の窓を見上げると空は真っ暗で今にも雨が降るんじゃないかってほど暗い。
「飛岡どうしよう!あたし傘持ってきてねえや!駅まで距離結構あるのにまた濡れ鼠かよ……」
「僕もない……さあどうしよう……」
「一緒に濡れ鼠になるか」
「そうだな」
空をもう一度見上げると太陽が見え隠れしていた。




