表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

冒険者ギルドの時代は終わりです

作者: Ono
掲載日:2026/04/20

 交易都市では近頃ずっと怒鳴り声が絶えなかった。その原因の半分は景気で、もう半分は冒険者ギルドだった。

「まーただよ。洗濯のまとめ依頼、ぜーんぶギルドに持ってかれた」

 洗濯桶を抱えた少女が広場の井戸端で頬をふくらませた。まだ十を少し過ぎたくらいだが、腕は細くとも握力だけは強く、濡れ布を絞るたびに年季の入った洗濯女みたいな音を立てる。


「ご近所さん、前はうちに持ってきてたのに。最近はおっさんどもにとられちゃう」

 おっさんども、というのは冒険者ギルドに所属する男たちのことだ。魔物退治や遺跡調査ばかりでなく、荷運び、掃除、洗濯、薪割り、子守り、畑仕事、何でもやる。何でもやるから、何でも屋と競合する。街の小さな仕事は軒並み奪われた。

「やつら、安くて手軽だもんなあ」

「でも雑だぜ。先週なんざ、うちの店の裏口直すって蝶番ごと外しやがった」

「それでも頼むやつはいる。すぐ次が見つかるからな」

 広場のベンチで煙草をくゆらせていた男たちが笑う。諦めと軽蔑と、少しの羨望が混じっていた。


 冒険者ギルドは必要だ。そう言う者は多い。盗賊退治に遠方への荷運び、国事でない手紙の速達、危険地帯での採取、騎士団も衛兵隊も手が回らぬ隙間を埋める者たちとして、冒険者は良く機能していた。

 だが同じ数だけ、いや最近ではそれ以上に、不要だと言う者が増えていた。

「必要か不要かで言えば、必要な時代はあったのよね」

 史学ギルド所属の遺跡調査員エレナが、ブーツの泥を拭きながら言った。

 彼女は地質調査を専門とし、補助魔法と鑑定スキルを持っている。古層の崩れ方を見れば埋没年代を推定し、石材の組成から古代の輸送経路まで読める。それでも護衛が必要な調査の際はこうして冒険者ギルドに依頼を出さねばならない。


「必要、“だった”」

 向かいの席でギルド相談員のヨナが繰り返す。疲弊しきった顔だった。

「少なくとも、誰も地図を持っていなかった頃はね。今は違う。危険地帯には王宮魔導院の観測網があるし、大きな遺跡には学術機関が入る。なのにいつまでも『冒険者こそ現場に強い』で押し通して、調査区画に勝手に入って壁画を削るし罠を踏むし石棺をこじ開けるし。度胸の一言で片づくと思ってる。うんざりよ」

 ヨナは反論しなかった。彼は冒険者ギルドの依頼受諾係でありながら、王宮から派遣された密偵でもあった。

 表向きは依頼票の整理係。裏では、明らかに冒険者に任せるべきでない高難度案件、信用と守秘が要求される貴族からの依頼を、騎士団や魔導院へ流している。

 王国はとっくに分かっているのだ。冒険者ギルドが万能ではないことを。分かっていても潰せない。


「隊長も今朝、留置所の空きがねえって怒鳴ってたわ」

 エレナの言葉にヨナは乾いた笑いを漏らした。

 留置所が満員なのは冒険者のせいだけではない。それでもかなりの割合を冒険者が占めている。喧嘩に無許可営業、依頼金の持ち逃げ、酔って器物損壊、依頼人への恐喝、何よりギルドを通さない直接受注。

 経済的には、そのほうが合理的だ。依頼人も受諾者もギルドの取り分を疎む。直接頼めば手数料は要らず、遅延もない。“親切な冒険者さん”が今日も盲目のおばあちゃんの家で雑な仕事をし、舌を出しながら割高な代金を受け取っていた。


「冒険者ギルドには自浄がいるわ。仲介料を可視化して違反者を締めて、ちゃんと再分配するような」

「そんな器用な真似ができるなら、もうやってるさ」

 ヨナはそう返し、机の端に積まれた依頼票を睨んだ。

「彼らは身元も技能も経歴もばらばらだ。読み書きできない者も多い。どこの誰とも知れない流れ者が、明日には英雄の先祖かもしれないし、ただの詐欺師かもしれない。……面倒なんだ。粗末に扱って後で他国の王族の隠し子でしたなんてことになれば大勢の首が飛ぶ」


 その時、ギルドの扉が開いてどやどやと泥だらけの冒険者たちが入ってきた。

 先頭にいたのは長身痩躯の青年だ。槍を背負い、腰には粗末な短剣。魔法触媒の革紐を手首に巻いているが、いかにも寄せ集め。器用貧乏を擬人化したような男だった。

「依頼、終わったよ。南門外の猪退治」

「ランス、報告書は?」

「読めないし書けない」

 ヨナはため息をついて、代わりに聞き取り票を作成する。ランスはまさに絵に描いたような冒険者だった。

 字が読めないから専門職の資格試験を受けられない。独学だから槍も魔法も一流に届かない。半端で、しかし半端なりに便利だから冒険者をやる。誰にも雇われず、誰にも守られず、仕事がなければ飢える。


 ヨナが書記している傍らランスは掲示板を眺めた。読めないから絵印で判断する。剣の印は護衛。荷車の印は運搬。家の印は雑用。骸骨の印は危険依頼。最近は家の印ばかりが増えている。

 怪物退治の夢は痩せ、生活代行の現実が肥えていた。


「ランス、またあの婆さんのところ行ってるだろ」

 衛兵隊長のセオが、いつの間にか背後に立っていた。鎧の留め具を鳴らしながら現れた彼もまた目の下に疲労の隈を濃く落としている。いつも怒っているように見えるのは、大抵本当に怒っているからだ。

「薪割りと買い物してやってるんだよ」

「ギルドを通してないな」

「だってばあちゃん、依頼出せねえもん」

「それを受けたら違法なんだ。詐欺野郎どもと一緒になるな」

 そう言われてもランスは答えに窮した。彼には理屈より今日の飯のほうが大事なのだ。悪いことはしていない。ばあちゃんが安く済むならいいではないか。


 そしてセオはヨナに向き直った。

「王都から布告の草案が届いた。冒険者ギルドの解散準備について」

 一瞬の沈黙のあと、酒臭いざわめきが広がる。

「まだ草案だろう」

「だが本気だ。各地の中小ギルドを閉鎖し、所属者は定職斡旋。戦闘系は傭兵団か衛兵補助へ、雑用系は民間組合へ流す。王国直轄の登録制度に一本化するつもりらしい」

「馬鹿げてる。そんなもん……」

「ああ。穴だらけだな」

 セオ隊長は苦虫を嚙み潰した。彼こそ冒険者増加による治安悪化に最も苦しめられている男だった。同時に、衛兵隊長だからこそ知っている。冒険者がいなくなれば衛兵隊は崩壊する。

 魔物退治も街道警備も荷運びも、行方不明者捜索も老人の世話も、すべてを自分たちが引き受けることなどできない。


 冒険者ギルドは必要だ。だがこのままでは保たない。冒険者ギルドは不要だ。だが消せばもっとひどいことになる。

「終わりだな」

 誰かがギルドの隅で呟く。何が終わるのかは誰にも分からなかった。

「ようやく、だろ」

 別の誰かが吐き捨てた。本当に待ち望んでいたのか誰も分からなかった。


 表通りから悲鳴があがる。セオは舌打ちする間も惜しんで真っ先に駆けた。エレナだけが後に続く。

 広場で洗濯屋の少女が尻餅をついている。ひったくり男を冒険者が取り押さえたようだ。

「またお前か!」

「セオの旦那ァ、誤解ですって」

「逃げられん。こっちには手配書がある」

 男は黙った。どうせ留置所には空きがないと知っている顔だった。

 近くの遺跡を根城にする盗賊団の一員だ。頭は有能で、そして最悪なことに街の冒険者ギルドの上層と癒着している。彼らが街で“仕事”をするとギルドに依頼が入り、冒険者がその後始末をするのだ。自分で火をつけ、火消しで稼ぐ。


 あーあ、とエレナが小さく吐いた。

「必要か不要かなんて、もうそんなすっきりした話じゃない。ただただ厄介だわ」

 空は重く曇り、遠く遺跡群の上には不気味な青白い光が揺れていた。終焉の気配だった。


 ***


 翌朝、エレナは遺跡調査許可証をつけた護衛三名とヨナを連れて、街外れの古代遺跡へ向かった。護衛のうち一人はランス、あとはギルドに紹介された斧使いと火球使いだ。

 ヨナは本来同行しない立場だったが、昨夜の騒ぎを受けて監察も兼ねることになった。

 遺跡周辺では盗賊団の動きを警戒した衛兵隊が小規模に展開している。


「あなたたち、ここから先は踏み石に乗らないで。それに壁面の緑線は魔力伝導路よ。古い罠の可能性があるわ」

「分かった分かった、先生。危険に関しちゃ俺らのほうが慣れてんだから」

 エレナのこめかみに青筋が浮かぶ。ランスだけは黙って足元に用心をしていた。彼は知識がない代わりに空気に敏い。本当の危険は肌で理解できる。


 遺跡は地下へ螺旋状に降りる構造だった。地層が剥き出しの壁に古い文字と線刻が走る。最下層に近づくほど空気は冷え、湿った魔力が肌へ纏わりついた。

「止まって!」

 床板が浮いている。圧力感知だとエレナは告げようとした。だが遅かった。

 火球使いが聞かずに一歩踏み出した瞬間、白く発光する紋様が広がる。空気が裏返る音。空間が捻じれた。

「転移陣――ッ!」

 視界が裂ける。青白い光柱が遺跡の天井を貫いて空へ伸びた。地表にいたヨナと衛兵たちもそれを見た。街からも見えた。まるで神の塔が建てられたような光だった。

 そしてその塔の芯から、ひとりの女が落ちてきた。


 遺跡の中央祭壇に尻から着地したその女は、紺色のシャツにくたびれたパンツ、片手に見慣れぬ平たい板を握りしめていた。目を白黒させながら尻の痛みに呻く。

「いった……! うそ、椅子折れた!? 昨日カレー二杯食べたからって」

 その場にいた全員が固まったが、ランスは妙に冷静だった。

「すげー、異世界転移だ」

「勇者召喚の魔方陣か?」

 斧使いが尋ねれば、「術式が古すぎるわ」と祭壇の紋様を見てエレナが呟く。


 女は立ち上がり、埃を払った。三十前後だろうか。混乱していい状況なのに、彼女もまた落ち着き払っている。状況把握が染みついている目だ。

「日本語ね、よかった。翻訳とかもこういう魔方陣に含まれてるのかしら」

 彼女はそう言い、周囲の魔力振動と刻印を興味深げに眺める。

「宿屋ってあります? お金ないけど」

 修羅場に慣れている者ほど、この飄々とした女に何も言えなかった。ランスだけが呑気に尋ねる。

「お姉さん、名前は?」

「里場と申します」

「リバさんは、異世界の勇者?」

「いえ。ただのフリーランスです」

「そうなんだ。俺もランスって言うんだ」


 誰もさっぱり意味が分からなかったが、里場さんは「アナログな便利屋サービスを束ねてネット上で管理する派遣組合として主に高齢者向けの何でも屋をしています」と唱えた。

 電球交換から買い物代行、家具移動、病院付き添い、草むしり、安否確認、スマホ設定、遺品整理の紹介まで、生活の隙間を埋める仕事を無数の個人ワーカーとマッチングさせる。

 いわば異世界のギルドマスターである。やるべきことはやる。だが、責任を負いすぎない。そんなバランス感覚を持っていた。里場さんは世界を救うのではなく、目の前の綻びをうまく繕うことを知っていた。


 エレナはひとまず、里場さんを街に連れて帰っていいものか見てもらうためにセオ隊長とヨナを呼んできた。あっという間に場に馴染みながら他でもない里場さんが状況を整理する。

「なるほど。冒険者ってつまりギグワーカーですね」

「……ぎぐ?」

 隊長が眉をひそめ、ヨナは新たな頭痛の種になりそうな存在の出現に泣きそうだった。

「仕事ごとに受注。技能は雑多で品質も個人差あり。便利だけど責任の所在が曖昧。手数料を嫌った直取引の問題。保険も保障もなく、評価も不統一。人気職は案件を独占し、情報を持つ者が価格を操作する。退職後の不安。まさにギグワークの問題です」

 古代の禁呪よりも難解でエレナは頭から煙が出そうになったが、自分たちの抱えている不快さを言語化された感覚だけは、そこにいる全員が共有した。


「あー、つまりあんたみたいな異世界人から見ても、やっぱり冒険者ギルドはいらないってことか」

 セオが言う。王国の布告通り解散して、冒険者を定職に就かせるか、と。しかし里場さんはさらっと言った。

「ギルドを潰しては駄目です」

「なぜ言い切れる」

「ウーバーがなくなったら登録配達員の収入は? 出前をやってない店の収入は? 利用者の選択肢は? 急に全部切ったら経済的打撃が甚大です。必要だからそこにあるんです。問題の起きない組織なんてありません。問題があるから潰せなんて極論です」

「よく分からんが、じゃあ、あんたが解決してくれるのか。異世界の勇者様?」

 セオの声には棘があったが、里場さんは臆さない。

「私はこの世界のことをよく知りません。やるのはあなたたち自身です」

 救ってくれる外の英雄。そういうものを誰もが少し期待していたのかもしれない。里場さんはそこに乗らなかった。解決策を授けるでもなく、善悪を裁くでもなく、枠組みを指差した。その指先は、未来を示しているようだった。


 壊すのは簡単なこと。しかし壊した後の受け皿がないなら、それは改革ではなくて投げ捨てだ。里場さんは続けた。

「問題は冒険者ギルドの存在じゃありません。仕事を束ねる以外の機能まで抱え込み、どれも中途半端なことです。信用管理、技能評価、福祉、引退支援、違反監査、情報公開、適正価格の算定。ごちゃまぜで、しかもできてない」

「そんなのはどの機関だってそうだ」

 ヨナが呻くように言うと、里場さんも頷く。

「はい。だから分けられるものは分けましょう」


 会話を断ち切るように遺跡の奥で金属音が響いた。暗がりから盗賊たちが現れる。先頭に痩せた狐のような顔をした男。盗賊頭カインである。

「こりゃ掘り出し物だねえ、異界人とは。面白い玩具を拾ったもんだ」

「てめえ……!」

「怒るなよ隊長サン。最近はギルドも王宮もきな臭いんでな。儲けの種は早めに押さえとくに限るだろ?」

 里場さんは怯えるでもなく盗賊頭をまじまじと見つめた。

「この人、たぶん有能ですね」

「ああ。困ったことにな」

 セオが吐き捨て、カインは目を細める。彼は自分に利益をもたらす者に敏感だ。


「お嬢さん、うちにこねぇか。王国より気楽だし、ギルドより稼げるぜ」

「やめときます。結局合法のほうが稼げるものです」

「ならちっと痛い目を見てから考え直してくれよ」

 先にランスが踏み込んだ。槍先がカインの外套を裂く。火球使いが遅れて魔法を放ち、斧使いが吼えて突っ込む。狭い通路で乱戦になった。

 蠢き始めた壁の紋様を見てエレナが悲鳴をあげる。

「ここで魔法を使わないで! 共鳴しちゃう!」

 もちろん遅かった。火球が古代の導線に触れ、遺跡が震える。天井から砂塵が降り、石柱が軋む。

「全員退けぇ!」

 セオ隊長が怒鳴る。逃げる中で里場さんはランスに腕を引かれた。転びそうになりながら、なお周囲を観察する。盗賊頭もまた部下を叱り飛ばして撤退させている。全員が自分本位で、だからこそ迅速だった。


 みなが地上へ出ると、遺跡を貫いていた光の塔がすうっと消えた。

 息を整えながら里場さんは辺りを見回した。苛立つ衛兵隊長、疲れた相談員、憤る調査員、行き場のない青年。そして悪びれない冒険者たちとすでに影もない盗賊たち。街には仕事を奪われた少女や違反者に依存するおばあちゃんがいるらしい。

 セオはこの女を宿と留置所どちらに連れて行けばいいか分からなかった。ヨナは「元の世界に帰りたい」という依頼をどこに持って行くか悩ませた。里場さんは呑気に言った。

「この世界は時代の変わり目にいるんですね。冒険者ギルドの時代は、確かに終わったんです。でもそれは今までとは違うだけ。本質としては続いていくものです」


 終わるべきものと、終わらせてはいけないもの。その境界線を浮かび上がらせる指先が、ようやく彼らの前に現れたのだ。


 ***


 里場さんは剣を取るでも演説するでもなく、冒険者ギルドの片隅に置かれた椅子に腰かけて便利屋の仕事を始めた。看板も店もない。

「それこそギルドの仕事と重複し、衝突するのでは?」

 ヨナが言うと、里場さんは受け取ったギルドの帳面をめくりながら首を振る。

「うちがやるのは依頼の受注じゃありません。主に冒険者ギルドの監査、処罰、そしてもちろん支援。つまるところ、冒険者ギルド存続のための補助です」

「そんな回りくどいことをするなら、ギルドを直接変えたほうがいいと思うんだけど」

「変革には大きな痛みが伴います。必要なのは“ちょっとした調整”です」


 里場さんはまずこれまで相談員がやっていた仕事をマニュアル化した。

 魔物討伐、危険地帯護衛、未踏査区域の探索――高リスク案件。

 買い物代行、運搬、修繕補助、洗濯取り次ぎ、見守り――生活支援案件。

 遺跡調査補助、鉱脈確認、薬草鑑定補助――専門補助案件。

 敵対貴族への口撃、暗殺、亡命幇助、密書配達――ギルドで扱えない案件。

 これらを“公式に”選り分け、冒険者ギルド外の専門職との接続口となる。

 エレナは史学ギルドと連携して地質調査の監修、さらに希望する冒険者への教育を引き受けた。遺跡関連の護衛には事前講習が義務化される。

 壁画に触らない、石棺を勝手に開けない、鑑定指示に従う。守れない者は現場から外され、違反事例を里場さんが記録してギルドに都度提供する。ギルドは実務として罰則を与える。


 洗濯屋の少女には共同洗濯の集配場が任せられた。

「なんであたし? 計算、できないよ」

「あなたは近所の事情を一番知ってます。計算はこちらでやります」

「馬鹿にしてる?」

「称賛が八割です」

「……?」

 おばあちゃんにはギルド利用料金の紙札と訪問者の確認印が渡された。専用の、触って分かる刻印札。誰がどの用件をいくらで受けたのか、違反の直取引だと知れるように。その作成もまた冒険者ギルドに依頼された。


 ランスは最初、外から見ているだけだった。

「あなたにも仕事があります」

「俺、字が読めないんだよ」

「そんな人はざらにいます。読み書きを必要としない仕事もたくさんあります。スラムを回って、ギルドの依頼を受諾できない隠居者を連れてきてください。彼らにできる少額で細かい仕事を回します。器用貧乏を活かしましょう」

「それ褒めてる?」

「称賛が八割です」

「よく分かんねえけど、やるよ」


 ヨナは密偵として、王宮への報告書に久しぶりに希望のある文面を書いた。冒険者ギルドを潰すのではなく、補助機関を介して機能分離し、信頼性の層を作る。

 王国が恐れていたのは巨大化したギルドが自治権を持ち、反乱の芽となることだ。ならば権能を分散し、評価と監査を王国寄りの外郭で持てばいい。冒険者ギルドは緩やかに王国と、そして多職種と手を取った。

 留置所が少しずつ空くのを見てセオ隊長は息を吐いた。違反の直取引は完全にはなくならない。しかし安くても危険だと分かるようになれば減る。罰則が明確になればさらに減る。さらに違反を締めるだけでなく、正規登録に戻る道を作ればよい。里場さんはそこを重視した。

「人は正しさだけでは動きません。徳より得です」


 冒険者向けの保険屋ができた。怪我をした時の治療費補助、長期療養時の小口支援、死亡時の埋葬費。専用銀行ができた。日雇い収入を小分けで積み立て、道具更新や療養費、将来の転職資金に回せるようになる。

 登録証返還の際にはそれまでの実績を加味して退職金と三年間の仮住まいが与えられる制度が作られた。それらを実際に動かすのは相変わらず冒険者ギルドだ。

 困っている人が、解決できる人に頼む。その仕組み自体は変わらない。

「どこから資金が出た?」

 セオが驚くと、里場さんは平然と言った。

「ギルドマスターに手数料の使い道を変えるよう進言しました。国からしてもスラムの維持費と比べたら安いものです」

 実際その説明に王宮は黙って予算案を通した。


 やがて辺境伯領から視察がきた。かの地では代々辺境伯がギルドマスターを兼ねており、登録証代わりに“騎士”の叙勲を与えるとか。冒険者ギルドとうまくやっている好例だ。

 ただしそれが通じるのは領内だけ。領境を越えればまた冒険者はならず者となる。

「越境しても通用する規格が必要なのです」

 辺境伯は里場さんと手を組んだ。そうして社交界にも届き始めた。口約束と酒場の評判に依存していた冒険者の信用は、少しずつ文書と制度へ変わっていった。


 もちろん抵抗はあった。最たるものは盗賊頭カインだ。

「商売あがったりだぜ」

 彼は倉庫の梁に腰かけ、里場さんを見下ろして笑った。

「街で騒いでギルドに尻拭いさせる流れが美しかったのによ」

「効率的ではあります」

「だろ?」

 カインはどこぞで高水準の教育を受けたかのごとく有能だった。情報を握り、人を動かし、価格を操作し、恐怖と需要を循環させる。違法市場の才覚がある者は、合法市場でも才覚を示すことが多い。


「お頭、表に出ましょう」

「喧嘩の売り文句か?」

「あなたなら情報商でも斡旋屋でもやれるでしょう。衛兵と追いかけっこをする時間も稼ぐほうに当てたらもっと効率的です」

「んなうまい話があるかよ。俺らは所詮、冒険者ギルドにも入れねえ盗賊だ」

「うちが雇います。そしてうちからギルドに斡旋します。砦を正式にギルド支部とします。たまに盗賊としての仕事もあると思います」

 たとえば貴族が境界線を書き換えたくなれば、盗賊に暴れてほしい時機もあるものだ。

「合法的犯罪ってところですね」

「ははっ、面白ぇ。負けた気はするが、儲かる匂いがするぜ」

 盗賊の砦の入口には信じがたい看板が掲げられた。

 ――盗賊ギルド《冒険者ギルド支部・危険対策局》

 セオ隊長は本気で頭を抱えたが、実際のところ、盗賊被害自体は激減した。頭が正規手段で稼ぎ始めたからである。


 街の光景は変わらない。ただ、崩壊しかけていた骨と筋肉が繋ぎ合わされ、誰にも見えないところで今までよりもずいぶんと円滑に動いていた。

 おばあちゃんはもう違反者にぼったくられない。洗濯屋の少女は近所のまとめ窓口として前より稼ぐようになり、計算を肌で覚えた。

 留置所に冒険者が入ることは減り、それでもたまにやはり酔っ払いがぶち込まれた。遺跡調査の破壊事故がなくなり、発見物の保存率と冒険者たちの魔法精度が向上した。

 元冒険者がスラムで腐る代わりに、保険屋や倉庫番、講習助手や監査補助に職を得た。時に衰えきらない筋肉を活かして鍛冶屋で雑用する者がおり、体系化されていない魔法を学院と共同で研究する者がおり、商人ギルドに属して鑑定スキルを活かす者がいた。


 里場さんは名乗らなかったが、各地の冒険者ギルドは自然と看板に名を足した。『リバティバランス』。怪我や老いで引退した冒険者は、その新しい名前でギルドの運営に寄与し始めた。

 領境を越え、貴賤を越え、職種を越え、誰もが互いの自由を調整する仕事をした。

 布告は静かに撤回され、文面が変更される。

“旧来型冒険者ギルドの整理統合、および補助監督機関との一体運用を推進する。”


 つまり、冒険者ギルドの時代は終わったのだ。粗放で野放しで、善意と無頼と偶然に依存した時代だった。

 けれど本当は、自由の形が変わっただけである。名前が少し増え、窓口が少し分かれ、責任の線が引き直された。

 冒険者ギルドは依然として世界に必要だった。


 ***


 冒険者たちの雑多な知識提供を、魔導院と史学ギルドでまとめあげ、例の古代遺跡の転移術式が再現可能となった。安全率は七割五分。異世界転移の歴史としては破格の数値だ。

 里場さんは名残惜しそうな素振りもなく「電気代がちゃんと落ちてればいいんですけど」と謎の呪文を呟いた。責任を負いすぎると、ろくなことにならない。彼女の現代人らしい割り切りの良さは、この世界の人にはいまひとつ測りかねる。

 セオ衛兵隊長は里場さんを“異世界で騎士団長でもやっているのだろう”と思っていたし、相談員ヨナは“異世界の密偵の長に違いない”と思っていた。エレナは“きっと大学教授ね”と思い、盗賊頭カインは“名の知れた放浪の王女”だと思っていた。実際、里場さんはただのフリーランスであり、そのまとめ役である。

 送還の光が祭壇に満ちると、里場さんは寝室のドアでも開けるようにそこへ入っていった。

「お疲れ様でした。じゃ、私も仕事が溜まってますので」

 その言葉を最後に光の塔は完全に閉ざされたのだった。――おそらく永遠に。


「……ねえ隊長、ランスがいない気がするんだけど」

「は? あ、あんの、馬鹿! リバについてったのか!?」

「故意なのか事故なのか……」

 それは誰にも分からなかった。

 ただ遥か異世界――日本のあるマンションの一室で、ひっくり返ったまま放置されていた椅子を里場さんがよいしょと直した時、彼女の後ろに見慣れた槍持ちが突っ立っていたことだけは確かである。


「あれ、ランスさん」

「なんか俺もきちゃった」

「帰れます?」

「帰り方、分かんねえや」

「そうですか」

 里場さんは少し考えて、笑った。

「最近は住所を持たずに意外と堅実に暮らせてる人が結構いますよ。そういう時代ですから」

 ランスは窓の外を見やり、空と同じ高さにある建物の群れと眼下を走る鉄の箱を前に、新しい冒険の始まりを嗅ぎ取った。


 どこの世界でも隙間の仕事はなくならない。隙間があるかぎりそれを埋める者がいる。そして需要と供給を繋ぐ者が必要とされる。

 次に始まるのもまた別の“ちょっとした調整”の物語だろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ