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男女比1:10の世界で配信はじめました  作者: らいじんぐ


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第7話 知らない誰かが、見ていた

 手作り飯の配信が終わったあとも、机の上には少しだけ余韻が残っていた。


 皿は片づけた。味噌汁の椀も洗った。キッチンも元に戻した。部屋の見た目はもう普段通りなのに、さっきまでコメントが流れていた感じだけが、なぜか薄く残っている。


 配信の記録を開く。


 前より少し数字がいい。


 少しだけだ。本当に少しだけ。大きく増えたわけでもないし、急に何かが変わった感じでもない。ただ、自分の中では分かる。弁当回の流れを拾って、自分で飯を作る方に寄せた。それが思ったよりちゃんと回った。


「まあ……悪くなかったな」


 口に出すと、ちょっとだけ気分が落ち着いた。


 生活の話なら喋れる。作業があると間が持つ。若い顔で妙に渋い飯を食っているのも、コメント欄ではむしろ引っかかりになっていた。そこまで分かっただけでも十分だった。


 スマホを見る。


 通知がいくつか来ている。配信サイトの反応、いつもの支援アプリ、どうでもいい広告。そこにひとつだけ、見慣れない名前が混ざっていた。


 最初は、ただの営業か何かだと思った。


 あるいは変な勧誘か。配信を数回やったくらいで、そんなものまで来るのかは知らないが、この世界に来てから「知らない相手からの連絡」は一応少し警戒する癖がついている。支援も案内も、ちゃんとしたものほど文面が丁寧だ。だから余計に、最初は疑う。


 送信者名を見直す。


 朝比奈結衣。


「……誰だ」


 名前に覚えはない。


 ただ、まったくの知らない名前というわけでもなかった。どこかで見たような気がする。最近だ。かなり最近。配信サイトのおすすめか、コメント欄か、どこかで見た名前だと思う。


 とりあえず開く。


 文面はこうだった。



 はじめまして、朝比奈結衣です。

 配信、何回か見ました。

 弁当の回と、今日の手作りごはんの回が特に面白かったです。


 生活感あるのに変に重くなくて、雑談コラボしたら相性よさそうだなと思って連絡しました。


 もし負担じゃなければ、一度軽くお話ししませんか。

 いきなり本番じゃなくても大丈夫です。


 お返事は急がなくて大丈夫です。



 読み終わって、少しだけ姿勢を正した。


 弁当回と、今日の手作り飯の回に触れている。


 そこがまず引っかかった。


 適当に送っているなら、そこまで具体には書かないだろう。少なくとも、俺がもし雑に営業メッセージを送る側なら、そんな細かいところまで拾わない。配信見ました、面白かったです、よかったらご一緒に、で済ませる。


 でもこれは違った。


 生活感があるのに変に重くないとか、雑談コラボしたら相性が良さそうだとか、言い方がかなり具体的だ。褒め方もうまい。うますぎて逆に少し怪しいとも思う。


「いや、だからそれが怪しいんだよな」


 独り言が漏れる。


 誰かが俺の配信を見ていた。


 それ自体は変なことじゃない。配信なんだから見られるためにやっている。コメントももらっているし、同接だって少しは出ている。


 でも、知らないところからこうやって名前つきで返ってくると、急に現実味が出る。


 配信の中で見られているのと、配信の外から声をかけられるのでは、受ける感じがまるで違った。


 メッセージを読み直す。


 コラボの誘い、と言っていい内容だった。ただし、いきなり本番ではなく、一度軽く話しませんかという温度になっている。そのへんも少しまともだ。最初から日時を切って押し込んでくる感じではない。


 とはいえ、それだけで信用するほど素直でもない。


 俺はノートPCを開いて、朝比奈結衣の名前を検索した。


 配信サイトでアカウントが出る。登録者数を見て、少し止まった。


「二十万……?」


 思わず声に出た。


 ちょっと待て。二十万。

 それは俺の感覚では、かなり上だ。


 正確にどの程度すごいのかはまだよく分からない。配信界隈の常識も、今の俺にはそこまでない。ただ、少なくとも数回配信しただけの自分に比べれば、かなりちゃんとした相手に見えた。


 再生数もある。アーカイブも残っている。雑談、軽い企画、コラボ。配信履歴はちゃんと生きていて、見るからに活動者だ。適当に作られた空アカウントではない。


「……本物っぽいな」


 いや、まだ早いか。


 本物っぽいことと、まともな相手かどうかは別だ。そこを雑に一緒にするとろくなことにならない。会社員だった頃にも、肩書きは立派なのに中身が怪しい話はいくらでもあった。


 配信アーカイブをひとつ開く。


 雑談枠だった。明るい。テンポが速い。コメントを拾うのがうまい。うるさいわけではないが、間を怖がらない人だとすぐに分かった。画面の向こうでちゃんと慣れている。


 なるほどな、と思う。


 こういう人なら、俺みたいな新人にも軽く声をかけるのかもしれない。いや、かけるのかもしれないというより、かけても不自然ではない、くらいか。


 もう少し見る。


 別のアーカイブも開く。コラボ回だった。相手の話を拾うのがうまい。押しが強いのに、置いていかない。テンポは速いが、急かしている感じではない。


「やりやすそうではあるな……」


 言ってから、自分で少し止まる。


 もうやる前提みたいな感想が出ている。


 いや、まだ決めてない。まだ決めてないが、少なくともDMの相手としての印象は悪くない。むしろ、かなりまともそうな部類に見えた。


 プロフィールや概要欄も見る。外での企画やイベントにもたまに出ているらしい。男性が同行者を必要とする企画やイベント時の手続きについて、軽く触れている文章があった。


「へえ……」


 そこまで読んで、少しだけ警戒が別の形に変わる。


 この人は、男が少ない世界での距離感にまったく無頓着なわけではないらしい。少なくとも、そのへんを雑に踏み越えるタイプではなさそうだ。


 配信を何本か流し見してから、もう一度DMを開いた。


 弁当回と手作り飯回が面白かった、と書いてある。


 あの回を見ていたのかと思う。


 しかも、たぶんちゃんと見ていた。


 ただのテンプレなら、わざわざそこを挙げない。言われてみれば、あの二回は自分でも少し感触が違った。弁当の話でコメントが回って、自炊でさらに回しやすくなった。生活感のある話なら、少しやれるかもしれないと思い始めた、その流れの回だった。


 そこを見て、声をかけてきた。


 その事実が、妙にじわじわ来た。


「知らないとこで見てた人、いたんだな……」


 コメント欄の人たちは知っている。名前は知らないが、配信中にいる人たちだ。


 でもそれだけじゃなかった。


 コメントをしない人もいる。アーカイブだけ見る人もいる。見た上で、こうして配信の外から連絡してくる人までいる。


 知らない誰かが、ちゃんと俺を見ていた。


 その感覚は、少し不思議だった。


 嬉しい、という一言で片づけるには少し変だ。怖いというほどでもない。もっと鈍い実感だった。投げたものが、ようやく少し離れた場所から返ってきたような感じ。


 スマホが鳴る。


 配信サイトの通知だった。常連らしい名前が、次の配信まだですか、みたいな軽いコメントを残している。


 それを見て、また少し考える。


 待っている人がいる。


 外から声をかけてくる相手もいる。


 そこまで大げさな規模じゃない。数だってまだ小さい。けれど、ゼロではない。何もない部屋で一人で喋っていた頃から見れば、十分変化している。


「……少し伸ばしてみるのも、ありか」


 口に出す。


 いきなり大きくするつもりはない。調子に乗るほどでもない。そもそも、まだ自分の配信が何なのかも完全には分かっていない。


 ただ、来たものを全部閉じる理由もなかった。


 朝比奈結衣がまともそうだというのも大きい。少なくとも露骨な詐欺や変な勧誘ではなさそうだ。ちゃんと見て、考えて、声をかけてきた感じがする。


 だったら、一回話してみるくらいならいいかもしれない。


 DMの返信欄を開く。


 指が止まる。


 何と返すべきか、一瞬だけ迷った。こういう時の文面がいちばん難しい。軽すぎても変だし、かしこまりすぎると距離が出る。


 少し考えて、結局かなり無難な文面に落ち着いた。



 ご連絡ありがとうございます。

 配信見ていただいていたとのことで、少し驚きました。


 もし本当に自分でよければ、よろしくお願いします。



 打って、読み返す。


 もっと気の利いた言い方もあった気がする。あった気はするが、今の俺に出せるのはこのくらいだ。


「まあ、いいか」


 送信する。


 送った瞬間、少しだけ胸の奥が落ち着かなくなった。


 返事をしただけだ。まだコラボが決まったわけでもない。何かが大きく動いたわけでもない。


 なのに、部屋の静けさが少し違っていた。


 前は、何もない静けさだった。

 今は、何か返ってくるかもしれない静けさだ。


 ノートPCを閉じて、ベッドに腰を下ろす。


 知らない誰かが見ていた。

 その誰かは、俺の配信に価値があるかもしれないと考えた。


 そこまで思うと、少しだけ変な気分になる。数日前まで、ただ誰かと話したくて始めたのに、その先に別の人間がいる。俺の知らないところで、俺を見て、考えて、話しかけてくる。


「配信って、そういうもんなのか」


 まだよく分からない。


 でも分からないままでも、少し進めることはできるのかもしれなかった。


 スマホを見下ろす。通知欄には、次の配信を待っているみたいな短い反応がまだ残っている。


 常連は、次を待っている。

 知らない相手は、外から声をかけてくる。


 だったら、少しだけ広げてみるのも悪くない。


 そう思ったところで、返信が一つ返ってきた。



 ありがとうございます。

 じゃあ、まずは気楽に少し話しましょう。


 構えなくて大丈夫です。



「構えるなって言われると、ちょっと構えるんだよな」


 苦笑して、スマホを置く。


 それでも嫌な気はしなかった。


 次の配信は、一人じゃないかもしれない。

 そう思うだけで、部屋の空気は少しだけ変わって見えた。

たくさんの評価、ブックマーク本当にありがとうございます。


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