第5話 ネットスーパーの弁当は、妙にうまくない
雑談だけだと、少し足りない。
二回、三回と配信してみて分かったのはそこだった。
何も決めずに始めても会話にはなる。実際、それでここまでは来た。コメントが来て、返して、また少し話す。その流れ自体は嫌いじゃないし、画面の向こうに人がいる感じもちゃんとある。
でも、ずっとそれだけだと少し持たない。
コメントが止まった時に、こちらも一瞬止まる。沈黙が悪いわけではない。むしろ慣れてくると、その間すら妙に居心地が悪くないこともある。けれど、何か一つでも話の芯があった方が、向こうも入りやすいし、こっちも楽だ。
そこまで考えて、何の話なら一番やりやすいだろうと少し悩んだ。
ゲームの話をするほど、今すぐ何か熱く語れるわけでもない。ニュースを語るのも違う。趣味の話は、まだ少し広げ方が分からない。
じゃあ何だ。
そこで思いついたのが、飯だった。
「まあ、一番毎日やってることではあるか」
口に出すと、だいぶ地味だ。
でも地味でいい気もした。今の配信に必要なのは、たぶん派手さじゃない。もう少し、話しかけやすい何かだ。
ちょうどその日の昼前、ネットスーパーで頼んでいた弁当が届いた。
袋から取り出して机に置く。透明な蓋越しに見える中身は、ちゃんとしていた。ちゃんとしている、という表現がいちばん合う。偏りなく詰まっていて、いろどりも一応ある。肉も野菜も入っているし、値段の割に雑でもない。
でも、何だろう。
見た瞬間に気分が上がる感じでもなかった。
不味そうではない。実際、たぶん普通に食える。問題はそこじゃない。便利で、整っていて、失敗がない。そのかわり、ちょっとだけ寂しい。
「ちゃんとしてるんだけどな……」
パックを指でつつく。
この世界に来てから、食事はずっとそんな感じだった。外へ出なくても生活は回る。通販もあるし、冷蔵庫にも最低限のものは入っている。だから困らない。困らないけれど、自分で選んでいるのか、ただ無難なものが届いているだけなのか、少し分からなくなる時がある。
今日の配信はこれでいくか、と思った。
机に弁当を置いたまま、ノートPCを開く。配信アプリを立ち上げる。マイクを確認する。タイトルは何もひねらず、「弁当食いながら雑談」みたいな、考えた跡がほとんど見えないものにした。
「まあ、今日はこれで」
開始ボタンを押す。
画面が切り替わる。コメント欄が出る。最初の数秒は静かだが、前みたいにゼロから始まる感覚ではもうない。ぽつぽつと人が入ってくる。
「こんばんは。今日は弁当食いながらです」
【きた】
【弁当回】
【急に生活感ある】
【いや元からあるか】
「元からあるのか」
【ある】
【かなりある】
【むしろそこが売りだろ】
「売りってほどのものでもないだろ」
言いながら、蓋を開ける。
中身を見たコメント欄の反応は早かった。
【ちゃんとしてるのに寂しい弁当だな】
【分かる】
【整ってるけどテンション上がらんやつ】
【若いのに選ぶ弁当が落ち着きすぎ】
「若いのにって言われてもな……」
今の見た目ならそう見えるのかと思う。
でも言われてみれば、二十歳の男がテンションの上がる弁当として選ぶ感じではないのかもしれない。もっとこう、揚げ物がどんと乗っているとか、味が濃いとか、肉が分かりやすいとか、そういう方向を想像するのが普通なのか。
「いや、別に不味そうではないんですよ。ちゃんとしてるし。たぶん普通にうまいです。ただ、妙にうれしくない」
【分かる】
【すごい正確】
【便利寄りの弁当ってそうなる】
【ただ食べるための弁当】
「たぶんそれです」
箸を入れる。味は予想通りだった。普通に食える。普通に食えるし、たぶん文句を言うようなものでもない。でも、食いながら誰かに勧める熱も出ない。
「不味くはないんですよ」
【でもうまそうでもない】
【見た目が事務的】
【弁当の評価としてひどい】
「ひどいのは分かる。でも本当にそんな感じなんだよな……」
米を一口食べる。おかずも一口食べる。やっぱり普通だ。
コメント欄の流れを見ていて気づく。飯の話は、思ったより入りやすいらしい。普段の雑談より、みんなの反応が少し早い。たぶん誰でも食うし、誰でも自分の中に基準があるからだ。
【外で買わないの?】
「今はあんまり出てないですね」
【配送頼み?】
「かなりそうです」
【まあそうなるか】
【男が出歩くの、やっぱちょっと危ないしな】
「楽は楽です。部屋の前まで届くし」
実際、そこはかなり大きい。部屋から出なくても生活は回る。仕事帰りにスーパーへ寄って、重い袋を持って帰って、適当に飯を作る、みたいな手順がごっそり消えている。それだけでだいぶ違う。
「ただ、選ぶ幅が少し似てくる感じはありますね。なんか、無難なものばっかり残るというか」
【それはある】
【配送だと冒険しなくなるか】
【一人分の飯ってそうなりがち】
【失敗しない方選ぶよな】
「そうなんですよ。失敗しない方を選ぶと、だいたいこうなる」
そこで少し笑う。
会話になっていた。
しかも無理に盛り上げようとしている感じがない。弁当を前にして、思ったことを言っているだけなのに、コメントが返ってくる。その返しにまた言葉が出る。たったそれだけのことだが、今までの雑談だけより少し流れがいい。
「食費もそこまで重くないですし、生きる分には本当に困らないんですよね」
【生きる分には】
【その言い方好き】
【生活感がガチ】
【ちゃんと暮らしてる男すぎる】
「ちゃんと暮らしてるって褒め言葉か?」
【大人の褒め言葉】
【少なくとも配信向き】
【若い顔で言うのがズレてるんだよな】
「またそこに戻るのか」
けれど、その指摘も前みたいに刺さりすぎなくなっていた。たぶんもう、コメント欄の中で自分の立ち位置が少し見えてきたからだ。若い見た目で、喋ると少し古い。生活感が妙にある。そこを面白がられている。
箸を置いて、お茶を飲む。
「でも、飯の話はしやすいな……」
【お、気づいた】
【今さらで草】
【今日はちょっと回しやすそうだった】
【みんな飯は食うからな】
「そうか。全員食うもんな」
当たり前のことなのに、言われると妙に納得した。
ゲームはやらない人もいる。アニメを見ない人もいる。趣味はそれぞれだ。でも飯はだいたい全員食う。だから反応もしやすいのかもしれない。
それに、こっちも話しやすかった。
会社員時代のコンビニ飯の話もできる。適当な自炊の話もできる。今の生活で、配送頼みだとどうしてもこういう弁当が増える、みたいなことも言える。特別な知識はいらない。ただ、生活していれば話になる。
それが少し面白かった。
【自炊しないの?】
「しなくはないです」
【しなくはない】
【その言い方、今はしてないやつだな】
【できるなら作れ】
「急に厳しいな」
【でも今日の弁当見たら言いたくなる】
【分かる】
【その感じなら自分で作った方が気分上がりそう】
そのコメントで、机の上の弁当を見る。
言われてみればそうかもしれない。
不味くはない。ちゃんとしている。けれど、ちゃんとしすぎていて、今の自分には少しだけよそよそしい。
「まあ……明日は何か作ってもいいかもな」
【お】
【次回決まった】
【卵あるだろ】
【味噌汁でも作れ】
「なんで冷蔵庫の中まで把握してるんだよ」
【前にそんな感じのこと言ってただろ】
【生活感配信なめるな】
【視聴者は見てる】
「ちょっと嫌だな、その言い方」
でも嫌な感じではなく、ただ少しおかしかった。
配信はそのまま、弁当の残りを食いながらゆるく続いた。特別な事件は起きない。派手な話題もない。ただ、食費のこととか、一人分の飯の難しさとか、配送だと選択肢が似るとか、そういう地味な話が思ったよりちゃんと会話になった。
それだけで十分だった。
「じゃあ、今日はこのへんで」
【おつ】
【次、自炊ある?】
【卵回待ち】
【弁当よりそっち見たい】
【普通にまた来る】
「卵回って何だよ……」
笑いながら配信を切る。
画面が静かになる。
机の上には食い終わった弁当の容器だけが残った。
蓋を閉じて、少しだけそれを見る。
やっぱり、悪くはない。悪くはないけれど、これで気分が上がるかと言われると違う。便利で、整っていて、ちゃんとしている。そのくせ妙に心に残らない。
「……まあ、次は自分で作るか」
冷蔵庫を開ける。
卵がある。飲み物もある。ネギも少しだけある。すごい料理をする必要はない。何か一つ作れば、それで十分な気がした。
ベッドに座ってスマホを見る。配信の記録は今日も小さい。でもコメントの流れは悪くなかった。自分でも思ったより喋れた。
生活の話なら、意外といける。
その感触が少し残った。
画面を閉じる。
明日の飯を考えるなんて、前の生活ではだいたい面倒でしかなかった。
でも今日は、その面倒くささが少しだけ先の予定に見えた。
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