第4話 AI疑惑で、少し伸びた
二回目の配信は、一回目より少しだけ緊張する。
初回は勢いがあった。事故で顔も出たし、何も分からないまま始まって、そのまま終わった。変に考える暇がなかったとも言える。
でも二回目は違う。
前回の記録が残っている。コメントも残っている。同時視聴も十人前後いた。ゼロじゃなかった。そこが逆に少しだけ重い。誰も来ないかもしれない場所ではなく、前に来た人がまた来るかもしれない場所になってしまったからだ。
ノートPCを開きながら、前回のアーカイブ画面をもう一度見た。
視聴数。コメント。開始時刻と終了時刻。数字として見ると本当に小さい。大げさに言うようなものじゃない。でも、だからこそ妙に現実感がある。たまたま押して終わったボタンじゃなくて、ちゃんと人がいた痕跡に見える。
「二回目の方が緊張するって、どういうことだよ」
自分で言って、少し笑う。
顔出しをどうするかも少し迷った。
前回は事故だ。声だけのつもりで始めたのに、会議アプリみたいな感覚で設定をいじって、そのままカメラまでオンにしていた。あれは完全に予定外だった。
今日こそ声だけに戻すか、とも思う。
でも、前回のコメント欄を見返すと、別に嫌がられた感じでもなかった。むしろ「そのままでもよくない?」くらいの空気だった。男の顔出しが珍しい世界なんだろうなとは思うが、だからといって大騒ぎにもなっていない。
「……まあ、隠すほどでもないか」
そう言ってから、自分の判断の雑さに少し苦笑した。
慣れてきたわけでもないのに、急に適当だ。
いや、適当というより、たぶん面倒なのだ。設定をあれこれ触って、また余計なところでミスするくらいなら、そのまま始めた方がまだ気が楽な気がした。
タイトルを入れる。前回よりさらにひねりがない。二回目の雑談、そんな感じの薄い文面だ。
深呼吸する。
開始ボタンを見る。
一回目と同じ場所にある。見た目は同じなのに、少しだけ押しづらい。
「よし」
押した。
配信が始まる。
画面が切り替わって、コメント欄が出る。前回より早かった。もう数人いる。開始直後なのに視聴者数が前より上にある。
それだけで、ほんの少しだけ胸が軽くなった。
「こんばんは。二回目です」
【きた】
【二回目だ】
【また来た】
【今日は最初から映ってる】
「そこは言わなくていいだろ」
言いながら、前回よりずっと話しやすいことに気づく。
誰もいないかもしれない場所に向かって喋るのと、すでに文字が返ってきている場所で喋るのでは全然違う。たった数人でも、向こうに誰かいるだけで部屋の空気が変わる。
【今日は事故じゃない?】
「今日は、たぶん大丈夫です。たぶん」
【たぶんで草】
【まだ信用ならない】
【その感じで二回目なのいいな】
「信用がないな……」
でも嫌な感じはしなかった。
むしろ、一回目の続きをちゃんとやれている感じがある。常連と言うには早いが、前回の続きを共有している人が少しだけいる。その事実が妙にうれしい。
視聴者数がまた一つ増えた。
そのあと、コメント欄に一つ流れた言葉で空気が変わった。
【なんかAIっぽい】
「は?」
思わず素で返した。
【分かる】
【ちょっと合成っぽい】
【顔が若いのに喋り落ち着きすぎ】
【声と顔と雰囲気が噛み合ってない】
「待ってくれ。今けっこう失礼なこと言われてないか?」
【褒めてる】
【褒めてはないかも】
【でもなんか分かる】
【人間っぽくないって意味じゃなくて、不思議って意味】
「いや、フォローの言葉としてはだいぶ弱いな」
コメントが流れる。
【話し方が静かすぎる】
【若いのにテンションが落ち着きすぎ】
【見た目だけ切り抜いたみたい】
【喋ると急に年季出る】
「最後のやつ、まあまあ傷つくぞ」
言いながら、自分でも少し分かる気がした。
見た目は二十歳だ。そこはもうどう見ても二十歳だと思う。けれど中身は昨日まで三十五歳会社員だった俺のままなので、反応や言い回しまで綺麗に若返るわけではない。ズレがある。そのズレが、たぶん変に見えるのだろう。
「そんなにAIっぽいか?」
【ぽい】
【なんか不思議】
【質問には答えるのにテンションが一定】
【表情の割に返しが疲れてる】
「疲れてるは、まあ否定しにくいな……」
【認めるんだ】
【そこ素直なんだ】
【その受け流し方がじわじわ面白い】
そのコメントで、少しだけ肩の力が抜けた。
ああ、ここで否定しきらなくてもいいのかと思う。
AIっぽいと言われたら、人間ですとムキになって否定した方がいいのかと思っていた。でも別に、そこを真面目に戦わなくても会話にはなるらしい。
「でも、合成はひどくないか?」
【そこはちょっとごめん】
【顔が綺麗すぎるのが悪い】
【褒めになってきた】
【喋りがくたびれてるから余計にズレる】
「くたびれてるって表現、気に入って使ってるだろ」
笑いながら返す。
コメント欄も流れる。
不思議なもので、いじられているのに空気は悪くない。悪意がないのが大きいのだと思う。単に「なんか変だな」「でもちょっと気になるな」と思われている。そのくらいの軽さだった。
視聴者数は前回より少し多いまま落ち着いていた。
前よりコメントも早い。ひっきりなしではないが、止まりきらない程度に続く。その感じがちょうどよかった。
【何歳だっけ】
「二十歳です」
【声が二十歳じゃない】
【落ち着きすぎなんだよな】
【若いのに若く見えないっていうか】
「見た目は若いだろ」
【見た目だけなら】
【そこなんだよ】
【中身がたぶん三十五】
「妙に具体的だな」
自分で言って、少しだけ止まる。
三十五。
ずいぶん嫌なところを刺された気がした。もちろん向こうはただ適当に言っているだけだろうし、まさか当てているはずもない。ないのだが、偶然にしては変な数字だ。
【なんで三十五で止まったの】
【今の間あやしい】
【あるだろ】
【社会人感はある】
「いや、ないない」
笑って流す。
流しながらも、自分の口ぶりや間の取り方が、そんなに年上っぽく見えるのかと少し考える。見た目と中身の差を埋める方法は、たぶんない。なら、開き直るしかないのかもしれない。
コメント欄はそのまま次の話題へ移った。
【仕事は?】
「してないです」
【学生?】
「それも違うです」
【違うです】
【急に崩れた】
【今のちょっと好き】
「言い直すほどでもないかと思って……」
【そういうとこだよ】
【なんか記憶に残る】
【会話が自然にズレる】
【AIっていうか、変に完成してない感じがいい】
「完成してないのは、まあそうだろうな」
このあたりから、だんだん自分でも分かってきた。
たぶん今の配信の面白さは、俺がうまく喋れていることじゃない。むしろ逆だ。若い顔で映っているのに、返しが妙に古い。初配信二回目のくせにテンションが変に一定で、ちょっとだけ疲れていて、でもムキにもならない。そのズレが、コメントしやすいのかもしれない。
意識して作ったものではないので、分かると少し複雑だった。
【趣味は?】
「趣味……まあ、動画は見ます。ゲームも前はやってました」
【前は】
【言い方がおっさん】
【若いのに昔話が多い】
「昔話が多いのは、たぶん良くないな」
【でも嫌いじゃない】
【なんか落ち着く】
【うるさくないから聞きやすい】
【作ってない感じある】
その言い方は少し残った。
作ってない感じ。
たしかに、何も作れてはいない。配信者っぽいテンションも、面白い企画も、気の利いた話題もない。あるのは、画面の前に座ってコメントを読む俺だけだ。
それでも見てもらえているなら、今はそれで十分なのかもしれなかった。
時間を見る。前回より長い。前回より自然に話せている。しかも体感では、前回より早い。
気づけば、一時間近く経っていた。
「……そろそろ終わります」
【おつ】
【今日もよかった】
【AI疑惑は晴れてない】
【でもまた来る】
【なんか気になるんだよな】
「疑惑を残したまま終わるのか」
【そこがいい】
【また次回】
【次も配信して】
「まあ、たぶんやります」
前回より自然にその言葉が出た。
終了ボタンを押す。
画面が静かになる。
部屋も、また静かになる。
でも一回目のあととは少し違っていた。今日はコメントの流れも、いじられ方も、笑い方も、少しだけ配信っぽかった気がする。
アプリで記録を確認する。
前回より、少しだけ人が増えていた。
「ほんとに、ちょっとだけだな」
でも、それで十分だった。
SNSも少しだけ見る。大きく広がっているわけではない。切り抜きが回るほどでもない。けれど、いくつか短い感想が残っていた。
【なんかAIっぽい男】
【合成みたいなのに返しが地味でおもろい】
【静かなのに記憶に残る】
【あの男ちょっと気になる】
「……何なんだよ、それ」
苦笑する。
褒められているのかは分からない。でも、完全に流されてもいないらしい。
机にもたれながら、配信画面をもう一度見る。
まだ何かを掴んだわけじゃない。バズったわけでもない。ファンがついたとまでは言えない。そこまで都合よくはない。
ただ、前回より確実に外へ出た感じはある。
画面の向こうで、少しだけ引っかかっている。
それだけでも、今の俺には十分大きかった。
「……まあ、悪くないか」
部屋は相変わらず静かだった。
でも前みたいな、ただ静かなだけの部屋ではない。
次もまたやれば、あのコメント欄に誰か来るかもしれない。
そう思えるくらいには、自分の配信に小さな手応えが残っていた。
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