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男女比1:10の世界で配信はじめました  作者: らいじんぐ


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第21話 じゃあ、始めるか

 部屋に戻ってきても、まだ少し映画館の中にいる感じがした。


 靴を脱いで、鍵を置いて、いつもの机の前まで来る。そこまでやっても、気持ちだけがまだ向こうに残っている。暗い館内。大きい画面。音の圧。隣に朝比奈さんがいたことまで含めて、全部がまだ体のどこかに残っていた。


「……寝られる気しないな」


 小さく言って、自分でちょっと笑う。


 感想はある。かなりある。あるんだけど、今すぐ全部を言葉にできる感じでもない。そもそも試写だから、好き勝手に喋っていいわけでもない。ネタバレは避けないといけないし、何でもかんでも言えばいいものでもない。


 でも、このまま黙って寝るのも無理だった。


 机の上には、途中まで組んだプラモがある。マイクもある。ライトもある。今日の外の空気を部屋の中へ持って帰ってきたみたいで、それを見たら余計に配信画面を開きたくなった。


「……少しだけ、話すか」


 誰に言うでもなく呟いて、椅子に座る。


 配信ソフトを立ち上げる。タイトルは迷った末に、かなりそのままにした。


『ネタバレなしで映画の話をしたい』


 送信してから、息を吐く。


 たぶん今日は、隠しても意味がない。熱が残っているのが自分でも分かるし、コメント欄もたぶんその前提で入ってくる。


 配信をつける。


【いた】

【きた】

【感想回だ】

【待ってた】


「こんばんは。あんまり遅くならない程度に、少しだけ話します」


【少しだけで済むのか】

【早口待機】

【ネタバレ気をつけてな】

【顔がもう楽しかったやつ】


「ネタバレはしないです。そこはちゃんと気をつけます。ただ、良かったという話はします」


 最初はそのつもりだった。


 線を引いて、言える範囲で話す。作品の中身じゃなくて、見たあとの感じとか、映画館で浴びた時の感覚とか、そのへんを中心に。そう思っていたのに、少し話し始めた時点で、自分でも分かるくらい声が前に出た。


「いや、でも本当に良かったんですよ。内容どうこうを言わなくても、まず映画館で見る意味がちゃんとあるやつで」


【もう早い】

【始まったな】

【テンション高い】

【今までで一番楽しそう】


「そんなにですか」


【かなり】

【今日はだいぶ違う】

【顔に出てる】

【こういう湊人が見たかった】


 そのコメントで、少しだけ止まる。


 こういう湊人が見たかった。


 言われると思っていなかったわけじゃない。でも、真正面から来るとやっぱり少し照れる。生活の話をしている時も、寝坊して部屋着で出てきた時も、企画でひどいルールを出している時も、あれはあれで俺だった。


 でも今日は、それとも少し違う顔をしているんだろうなと思った。


「いや、まあ……今日は普通に楽しかったですね」


【普通にではない】

【だいぶ】

【かなり満足した顔】

【語彙がもう雑】


「語彙は雑になりますよ。良かった時って、だいたい最初そんなもんじゃないですか」


 そこから少しずつ、感想配信らしい形になっていった。


 内容そのものには踏み込まない。そこはちゃんと守る。でも、守ったままでも熱は隠しきれない。映画館で浴びた音のこと、画面の圧のこと、好きな作品をちゃんと外で受け取ってきた感じのこと。そういうところを言葉にしようとすると、どうしても早くなる。


「ネタバレ抜きでも言えるんですけど、映画館ってやっぱり違うんですよね。部屋で見るのとも、配信で一緒に見るのとも違って、逃げ場なく来る感じがあるというか」


【分かる】

【浴びるやつだ】

【言いたいことは分かる】

【今日は説明が追いついてないのが逆にいい】


「追いついてないですね。たぶん今日ずっとそうです」


【でもそれがいい】

【熱のまま喋ってる感ある】

【今の湊人かなり好き】


 コメント欄の流れは、妙にやわらかかった。


 いつもの雑談とも違う。企画回の前のめりとも違う。みんな映画の中身を聞きたがっているというより、俺がどれだけ良かったかを喋るのを見ている感じがある。その見られ方は少し不思議で、でも嫌じゃなかった。


「一人で見てたら、たぶんもうちょっと黙って終わってたかもしれないです」


【朝比奈と行ったんだもんな】

【そこも大きそう】

【同じ空間で見た相手いると違うよな】

【余韻の置き場あるし】


「そうですね。そこはかなりありました」


 素直に言えた。


 部屋の中でコメント欄と共有するのとも違う。隣にいて、同じ場面を同じタイミングで受けて、終わったあとに少しずつ言葉にする感じ。あれはあれで、かなりよかった。


 同時視聴も好きだ。プラモ配信もよかった。試写に行くまでの流れも、今となっては全部ちゃんとつながっている。でも今日は、その全部を持ったまま部屋に戻ってきて、また配信をつけている。


 そこまで来て初めて、少し分かった気がした。


 最初は、誰かと話したいだけだった。


 弁当の話をして、自炊の話をして、機材で詰まって、案件で緊張して、一人で飲んで、変な耐久企画を立てて、趣味の話で早口になって、プラモを作って、試写に呼ばれて、外へ出た。


 並べるとかなり雑多だ。


 でも、その全部が今はこの配信の中に入る。


「最初、こんなに何でも乗る場所になると思ってなかったんですよね」


【何でも乗ってるな今】

【弁当から試写まで来た男】

【幅がおかしい】

【でも全部湊人だな】


「そうなんですよ。変に分かれてないんですよね。生活の話もするし、企画もやるし、こういう趣味の話もするし」


【全部混ざってる】

【それがいい】

【生活感だけでもないし企画だけでもない】

【今ちょうどいい場所にいる感じ】


 ちょうどいい。


 その言葉は、少し前の掲示板でも見た気がする。気づけば見てしまうとか、最近ちょうどいいとか、今いちばん追いやすいとか。外からはそんなふうに見えているらしかった。


 自分では、そんなに器用にやっているつもりはない。ただ、その時その時でやりたいことや気になることを配信に乗せていたら、結果としてここまで来ただけだ。


 でも、今日その部屋で感想を喋っていると、それでよかったのかもしれないと思えた。


 配信を続けるうちに、部屋も少しずつ変わった。最初は知らない部屋だった。若い体も、この世界の制度も、支援で回る生活も、どこか借り物みたいだった。


 なのに今は違う。


 マイクがある。ライトがある。机の位置も、棚の物も、自分で増やした。生活用品があって、配信機材があって、途中まで組んだプラモがあって、推しの痕跡もある。


 その全部が、配信を切ったあともここに残る。


「……なんか、ちゃんと自分の部屋ですね」


【今さらか】

【かなり前からそうだろ】

【でも今日それ言うの分かる】

【知らない部屋だったのにな】


 その最後のコメントを見て、少しだけ息が止まる。


 たぶん同じことを考えていたからだ。


「そうなんですよ。最初、全然そうじゃなかったんで」


 そこで一度だけ、配信画面から目を外して部屋を見た。


 機材。生活用品。棚の上の物。プラモの箱。途中まで組んだ推し。配信のあとにいつも残る静けさまで含めて、もうここは見慣れた場所だった。


 部屋の中で始まった配信が、今では外へもつながる。外で受けた熱が、またこの部屋に戻ってくる。その往復を何回かしているうちに、気づけばここがちゃんと自分の場所になっていた。


 それが、今日は妙にはっきりした。


「たぶん、続けてきたからなんでしょうね」


【それはある】

【ちゃんと積んできた感じする】

【弁当からここまで来たの地味にすごい】

【地味にじゃないかも】


「いや、地味でいいです。地味でここまで来た感じはあるので」


 言うと、コメント欄が少し流れた。


 派手に一気に何かが変わったわけじゃない。大きなバズがあったわけでもない。たぶん、ずっと地味だった。その代わり、少しずつ増えた。人も、物も、配信の形も、部屋の中の痕跡も。


 その積み重ねが、今日みたいな日にまとめて返ってくる。


 それなら悪くない。


「今日はこれくらいで終わります。ネタバレしないようにって思ってたんですけど、たぶん思ったより熱だけは出てました」


【出てた】

【かなり】

【でもそこが良かった】

【いい最終回みたいな顔するな】


「最終回ではないですけど」


 そう言いながら、少しだけ笑う。


 でも、区切りみたいな感じはあった。終わりじゃなくて、ここまで来たな、という確認に近い。


「付き合ってくれて、ありがとうございました」


【よかった】

【今日はかなり好き】

【これからも見たい】

【また次も頼む】


「はい。たぶん、また普通にやります」


 その言い方が、自分でもしっくり来た。


 特別な宣言じゃない。大きな目標でもない。ただ、また普通にやる。飯の話かもしれないし、機材の話かもしれないし、推しの話かもしれない。何を乗せても、たぶんもうこの部屋とこの配信は受け止めてくれる。


 配信を切る。


 静かになった部屋を、もう一度見回す。


 知らない部屋だったはずなのに、今はちゃんと自分の居場所だと思えた。機材も、生活用品も、推しの痕跡も、全部ここにある。借り物だったものの中に、気づけば自分で選んで増やしたものが、こんなに混ざっている。


 この先も、たぶん続けていける。


 うまくいかない日もあるだろうし、面倒なこともまだある。でも、それ込みでここならやっていける気がした。


 だから俺は、少しだけ笑った。


 机の前に座り直す。


 もう特別なことは何もいらなかった。


「じゃあ、始めるか」


 それは新しく始める言葉というより、これからも続けていくための言葉だった。

たくさんの評価、ブックマーク本当にありがとうございます。


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