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男女比1:10の世界で配信はじめました  作者: らいじんぐ


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第11話 はじめての案件

 机の上に、箱がひとつ置いてあった。


 前の話みたいに、玄関から運び込んだ段ボールの山ではない。もう開けてある。中身も出してある。黒いUSBマイク。見た目はそこそこちゃんとしている。ちゃんとしているんだけど、それが逆に落ち着かない。


 箱の横には、送られてきたメールを印刷した紙と、自分で雑に書いたメモが置いてある。


 案件。


 そう書くと、まだちょっと身構える。


 大きい話ではない。登録者何十万の配信者が受けるような、いかにも企業案件、という空気でもない。初心者向けのUSBマイクを、実際に使って感想を話してもらえませんか。そういう、かなり小さめの紹介依頼だった。


 それでも、ただの感想とは違う。


 向こうから届いた品物を、自分の配信で扱う。ちゃんと金も発生する。額はまだ小さい。小さいけど、ゼロではない。


「……売るって言い方すると、急に嫌だな」


 椅子に座ったまま呟いて、目の前のマイクを見た。


 売る。


 たぶん、それが一番分かりやすい言い方なんだろう。でも、自分の中ではまだしっくり来ない。別に通販番組をやりたいわけじゃないし、営業が得意な人生でもなかった。


 ただ、受けた理由はある。


 この前ちょうど機材で詰まっていた。配信で視聴者に泣きついて、コメント欄に助けられて、結果として配信も伸びた。あの流れのあとに来た話としては、遠すぎなかった。


 それに、マイクならまだ分かる。


 詳しいことは分からなくても、前より声が聞きやすいとか、設定で変に詰まらないとか、そのくらいなら自分の言葉で言えるかもしれない。少なくとも、まるで興味のないものを急に持たされるよりはましだった。


 数日、配信の外で少しだけ触ってみた。


 つないだ。認識した。


 前みたいに設定で一時間溶ける感じではない。そこは助かった。音の違いは、正直、プロみたいには分からない。でも、前より聞きやすくなっている気はする。たぶん。少なくとも、自分で聞き返した時の「なんか遠いな」は減った。


 その“たぶん”が嫌だった。


 案件なのに、たぶんでいいのか。


 でも、分からないのに分かった顔をする方が、もっと嫌だった。


 メモを見直す。


 設定が分かりやすかった。

 机に置きやすい。

 前より声が近い気がする。

 細かい比較は分からない。

 初心者向けならありかも。


 我ながら、営業向きの箇条書きではない。


 けど、今の俺に書けるのはこのくらいだった。


「まあ……嘘っぽいよりは、ましか」


 そう言って、配信ソフトを立ち上げる。


 タイトルは最後まで少し迷った。


 案件です、を最初に出した方がいいのか。もっと柔らかくした方がいいのか。変に隠すのは嫌だったので、結局かなりそのままにした。


『今日は案件でUSBマイクを使ってみる』


 送信した瞬間、少しだけ背筋が伸びた。


 始まる。


 いつもの雑談配信と同じ時間のはずなのに、始まる前の感じが違った。喋るだけなら、多少ぐだっても何とかなる。でも今日は、机の上に“話す理由が決まっている物”がある。


 配信開始のボタンを押した。


【お、始まった】

【今日案件か】

【タイトルで分かるやつだ】

【ちょっと緊張してない?】


「こんばんは」


 言ってから、自分でも少し固いと思った。


【声硬いな】

【面接か?】

【初案件ならそりゃそう】

【見守るか】


「いや、ちょっと……はい。今日は案件です」


 それだけ言うのに、妙な間が空いた。


 コメント欄が少し流れる。


【言えた】

【えらい】

【そこ拍手いる?】

【やっぱちょっと普段と空気違うな】


「変わりますね。俺も今、ちょっと変な感じしてます」


 正直に言うと、少し笑われた。


 その笑われ方がありがたかった。完全に茶化されているわけじゃない。たぶん、みんなも様子を見ている。俺がどんな感じになるのか、どこまで固くなるのか、そのへんを含めて。


 机の上のマイクを持ち上げる。


「今回は、このUSBマイクを使ってみる感じです。初心者向け、らしいです。俺も初心者寄りなので、そのへん込みで話します」


【初心者寄り(かなり初心者)】

【機材弱者代表】

【むしろ適任かもしれん】

【玄人レビューじゃないのは助かる】


「弱者って言い方、もうちょっとないんですか」


【ないです】

【でもその視点はいる】

【詳しい人の説明たまに置いていかれるし】


 そこは、本当にそうだった。


 だから今日は、無理に詳しいふりをしないことだけは決めていた。


 箱の中身を見せて、接続の流れを軽く話す。変に難しい単語は使わない。使えないとも言う。


「まず、これ、つなぐだけで一応すぐ使えました。そこはかなり助かりました。前に機材いじった時、俺、設定だけでだいぶ嫌な顔してたんで」


【してた】

【すぐ泣きついてきた】

【前回の配信面白かった】

【接続簡単なのは普通に大事】


「普通に大事ですね。機材に強い人だと気にならないのかもしれないですけど、俺はここ面倒だと、それだけでちょっと嫌になります」


 言いながら、自分で少し安心した。


 これは、言える。自分の言葉で。


 どこかで“案件っぽい喋り方”をしなきゃいけないのかと思っていたけど、たぶんそうでもない。少なくとも、このくらいなら無理をしていない。


「音に関しては……まあ、詳しい比較は俺にはまだ分からないです。ただ、前よりは近い感じがします。聞き返した時に、前のより薄くないというか」


【分かるような分からんような】

【でも言いたいことは分かる】

【実際今日聞きやすい】

【前より声近いのはある】


「本当ですか?」


【本当】

【少なくとも悪くはない】

【前よりちゃんとしてる】


 そこで少しだけ肩の力が抜けた。


 褒めすぎたくない。けど、良いところがあるなら言いたい。その加減がまだ分からない。今もたぶん、かなりぎこちない。


 でも、コメント欄が“変に盛ってないか”を先に見てくれている感じはあった。


 マイクの位置を少し動かして、机の上でどのくらい邪魔かも話す。


「大きすぎないのは、普通に助かります。俺の机、広くないんで。こういうの、性能もですけど、結局どこに置くんだって話になるじゃないですか」


【生活感あるレビュー】

【それはそう】

【机狭い勢には大事】

【配信者部屋って言うほど広くないからな】


「あと、これ、設定が難しすぎないのはかなりいいです。そこは大きいです。逆に、もっと細かく調整したい人には物足りないのかもしれないですけど、そのへんは俺が言える範囲じゃないので」


【案件なのに思ったより正直だな】

【逆に信用できる】

【分からんとこ分からんって言うの助かる】

【初心者目線の案件って感じで見やすい】


 そのコメントを見て、少しだけ間が空いた。


 信用できる。


 そう言われると、変な気分だった。


 別に、信用されたいと思ってやっていないわけじゃない。でも案件配信って、もっと上手い人が、もっときれいにやるものだと思っていた。俺みたいに途中で言いよどんで、これは分かる、これはまだ分からない、といちいち分けるのは、むしろ向いていない側だと思っていた。


 なのに、見ている方はそこを悪く取っていないらしい。


「いや、でも、案件で“分かんないです”ばっかり言うのもどうなんだろうとは思ってますよ」


【そこはちゃんと分かってて草】

【でも全部分かる顔されるよりいい】

【嘘くさくないから見やすい】

【初案件ならこのくらいの方がいい】


「そうですかね……」


 言いながら、もう一回マイクに向かって喋る。


 たぶん今日は、売るというより、渡しているんだと思った。


 これがどう見えたか。どう聞こえたか。自分にはどこまで分かったか。その材料を、見ている人に一個ずつ渡している。買ってくださいと押すより、その方がまだ自分には近い。


 朝比奈さんなら、もっと上手くやるんだろうなと思う。相手に安心させながら、空気も重くしないで、自然に興味を持たせるんだろう。


 俺にはまだ無理だ。


 でも、無理なりに、変な嘘は混ぜずに済んでいる気はした。


 配信の後半は、だいぶいつもの空気に寄っていった。


 視聴者が「前のマイクよりどうか」を聞いてきて、俺がうまく答えきれずに詰まり、コメント欄が補足する。机の広さの話から、配信環境にどこまで金をかけるかの雑談になる。完全な広告の回にはならなかった。かといって、案件が空気を壊した感じもなかった。


 むしろ、みんなで少し慎重に触っていた。


 いつもの雑談より少しだけ背筋が伸びていて、でも張りつめるほどではない。その中途半端な感じが、今日は妙にちょうどよかった。


 配信を切ったあと、机の上のマイクを見た。


 さっきまで配信で使っていたせいか、届いた時より存在感がある。ただの黒い機材のはずなのに、少しだけ見え方が違う。


 今日、俺はこれについて喋った。


 ただ喋っただけじゃない。紹介した。そこに金がついていた。


 まだ小さい。これ一回で生活が変わるような額でもないし、急に配信者として一段上がったみたいなことでもない。でも、ゼロではなかった。


 それが、妙に重かった。


「……ほんとに金になるんだな」


 ひとりで言ってから、少し黙る。


 今までも頭では分かっていた。配信で稼いでいる人がいることも、案件を受ける人がいることも、知識としては知っていた。


 でも今日のは、知識じゃなかった。


 自分の机の上に物があって、自分の口でそれを説明して、その時間に金が発生する。その流れが、初めてちゃんと自分の生活の中に入ってきた。


 配信で稼ぐ、という言葉が、急に現実になる。


 怖さも少しあった。


 言い方ひとつで変わるかもしれない。良くも悪くも見られるかもしれない。自分が何をどこまで言うかで、受け取られ方も違う。


 ただ喋るだけの頃とは、たぶん少し違う場所に来ている。


 それでも、不思議と嫌ではなかった。


 上手かったとは思わない。たぶん、だいぶぎこちなかった。もっと慣れている人が見たら、危なっかしくも見えるだろう。


 けど、無理に盛りすぎずには済んだ。


 分からないことを、全部分かった顔で押し切らずには済んだ。


「……ただ喋るだけじゃ、もうないのかもしれない」


 口に出すと、部屋の中で思ったより普通に響いた。


 机の上には、マイクがある。


 ただ話すだけだった俺の部屋に、また一つ、喋る理由のある物が増えていた。

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