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第7話 二刀流のベルセルク

 涼女は後ろ手でホルスターから大型のナイフを抜き取ると、転がっているサイクロプスの腹を、顔色一つ変えることなく内臓ごと掻っ(さば)いた。

 モンスターの血肉と内臓がどろりと零れ落ちて、腐った脂の臭いが鼻を突く。

 腐敗した脂のような臭いがフロアに漂うが涼女は慣れているのか、気にすることなく胃袋、小腸、大腸、食道、口の順で切り開いていく。


「わ――私も参加していいか?」


 隣でまじまじと見ていたキャナディが平然とした顔で言った。


「参加するって……これにですか?」


 思わず怪訝そうに眉を寄せる涼女。

 液状化した肉をナイフでかき混ぜる、目にも鼻にも優しくない肉体労働を買って出てきたら誰だってそんな顔をしたくなる。


「ア……アレ、探してるんだろ? あれ……なんだっけ……、そうだ、遺留品」

「そうですけど……、きついですよ?」

「き、きついのはお互い様だろ……。それにほら、私だって調査員だしな……」

「……本音を聞いてもよろしいですか?」

「ほ、本当だぞ……!」

「…………」

「……さ、さっきのミスをな、ユリにはその……。だ、黙っててくれないか……?」

「…………」


 涼女は黙ってもう一本のナイフを手渡した。

 理由がどうあれ、人手は多い方がいい。時間をかけようとかけまいと、貰える給料は同じなのだから。


「うへぇ……ふふ……」


 呻き声にも似た声を上げながらキャナディは肉をかいていく。声とは裏腹に妙に楽しげだ。


「臭い、気にならないんですか?」

「ん? あ、ああ……。精霊魔法のおかげで楽だぞ……」

「精霊?」

「……ユリから聞いてないのか……?」


 報連相は社会人の基本じゃないか、なんてキャナディはぼやく。


「か、風の精霊のおかげで、臭いはある程度飛ばせてるんだ……。あ、ほ、本当はスズメにも使いたいんだぞ? け、けどな……、金属とは、相性が悪いから……その、な……」

「別に気にしませんよ」


 どんどん声が先細っていくキャナディを涼女は気遣う。

 知らない異能力なんて当てにしてもしょうがない。むしろ今は新しい話の種ができたことに感謝しよう。血とも肉ともわからないそれを黙って延々かき続けるよりはずっといい。


「キャナディさんから見て、主任はどうですか?」

「そうだな……」


 さして時間のかかるような質問でもないのだが、キャナディはナイフでかき混ぜながら器用に首を傾げる。


「いい奴……かもな」

「曖昧ですね」

「スズメに報連相してない時点でほら、アレだろ……?」

「私の顔色窺って評価しないでください」


 キャナディは「ごめん」と、いつもどおりに謝ってから、


「それでも、たぶん、いい奴だぞ」


 と答えた。


「人を見る目がないから、ちっとも参考にならないけどな……」

「そもそも人を見てませんしね」

「スズメから見たら、どうなんだ……?」

「いい人ですよ」


 涼女は偽りの笑顔を浮かべて答えた。

 ただの雑談でこの空気の悪い部屋を更に悪くする必要もあるまい。

 結局、洗いざらい探したがアクセサリーの類が出てくることはなかった。念のためオークも捌いてみたが結果は変わらない。完全に徒労だ。

 嫌がらせだと分かっていたからダメージも少ないが、だからこそストレスが溜まる。現場仕事は嫌いではないが、だからといって汚れ仕事をしたいわけじゃない。

 守るべきところは守ってほしいと、涼女は脳内で愚痴を零した。


「はぁ……」


 悪臭だらけのフロアを出て、溜息にも似た深呼吸を一つ吐いた。

 キャナディの精霊魔法のおかげで悪臭のほとんどはフロアに留まっている。全身に染みついた臭いまではどうしようもないが、それでも深呼吸を許せる程度には抑えられている。普段感じることのない風が流れていることから、これも含めてキャナディのおかげだろう。


「ありがとうございます」

「気にするな、これくらいなら私でも役立てるからな……」

「これくらいって、謙遜が過ぎますよ。十分過ぎる活躍です」


 出口へ向かって歩きながら涼女は言う。


「サイクロプスを倒してる時点で大体の失敗なんて帳消しです。むしろこれで鼻を明かせると思えばお釣りが来ますよ」

「…………」

「どうしました?」

「いや、あの程度のことで褒められてもな……」

「あの程度って……」


 呆れた顔で見つめる涼女。

 本人にその気がないとはいえ、謙遜も過ぎればただの嫌味だ。


「サイクロプスを一人で倒そうと思ったらスナイパーライフルが必要なんですよ? わかりますか? それを弓だけで倒すなんて、人間にはとても真似できませんよ」

「んー……」


 困り顔でキャナディは「た、たぶん涼女も誤解してると思うんだが……」と続ける。


「エルフは長命ってだけで、別に戦闘に特化してるわけじゃないんだよ……。というか、戦闘に関しては、間違いなく人間の方が上だ……」

「そんなわけないでしょう」

「その辺もユリが説明してないのか……、そんなにあの資料が駄目だったかなぁ……」


 ぶつぶつと不満げに小声で呟いて、それから涼女の方を軽く向いて、言った。


「自分で言うのもなんだけどな、私はエルフの中でも強い方だぞ――と言ってもまあ、集落の中でだから、高が知れてるけどな……」


 胸を張ってもよさそうなことを、猫背のままで言うキャナディ。この姿で言われては、実力を魅せられた後でも信用しにくい。


「集落って言っても、弓作りが盛んだったからな、大名との取引が盛んだったんだ――武士と言えば弓だからな。それで新しい弓となれば試し射ちを求められるんだけど、ただ射るだけじゃつまらない。どうせやるんら勝負しよう――ってことになるんだが、これがまた強いんだ。何十倍も長生きしてるエルフがまったく歯が立たない――」

「待ってください」


 涼女は歩みを止めて、待ったをかけた。

 殲滅したモンスターがいつ湧いてもおかしくない頃合いなのだが、目の前の問題に比べれば些細なことだった。


「うん? あ、せ――説明が下手だったか?」

「それ以前です。なんですか、大名って」

「うん? 大名は大名だぞ? 歴史の授業で習ってるって、ユリも言ってたし……まあ、自称かもしれないけど」

「じゃなくて」


 そんなことは知っている。

 なんなら海道一の弓取りが、かの戦国大名の異名だということも知っている。

 だからこそ言いたくなる。


「武士を人間の基準にしないでください!」


 心からの叫びだった。

 道理でやたらと人間を持ち上げていると思ったが、サムライが基準では納得がいく。確かに当時の人間ならサイクロプスを倒すことだってできそうだ。

 それこそこの程度のダンジョンなんて、ちょうどいい腕試しの場にしかならないだろう。当時を知らないけれど、それくらいやってそうだ。

 けれど。


「現代人はそこまで強くありません!」

「そ、そうなのか……!?」


 キャナディは面食らった反応をした。


「大名の家系だって当時と同じ実力発揮できる人なんていませんよ! 銃器がメジャーになって何年経ったと思ってるんですか!」


 これまでの溜まりに溜まったストレスを発散するように大声を出す涼女。

 声はダンジョン全域に響き渡り、当然、モンスターの耳にも届いた。

 ぞろぞろと、雁首揃えてやってくる雑魚モンスターの群れ。

 薄ら笑いを浮かべ、悠然と両手でナイフを構える涼女。


「すみません、キャナディさん。私も失敗しちゃいました」


 抑揚の無い口調で言う涼女に、キャナディは、


「あー……うん。そうだな……」


 と言うしかなかった。

 もっとも、その声が聞こえる前に涼女は群れの中へ特攻をかけていたが。

 大鉈のようなナイフを一振りする度に群れは崩れ、悲鳴の代わりに首が宙を舞う。

 どこをどう斬れば気持ちよく振り抜けるか、涼女は熟知していた。

 草を刈る感覚で片っ端から首を刈っていく。

 首を刈って。

 首を刎ねて。

 首が跳ねて。

 後ろがどうなっているかを気にする様子もない。

 出口に到着した時にはすっかり返り血に(まみ)れていた。

 その血も、一歩外へ出れば『ダンジョンのルール』に従って跡形もなく消えてしまうが。

 残るのは染みついた悪臭だけだ。

 

「お疲れさまでした」


 憑き物でも落ちたようなサッパリとした顔で涼女は言って、ジャケットを脱いだ。

 相当な運動量だったのだろう、ワイシャツの下が完全に透けている。

 とはいえ、キャナディも今更そんな指摘をする気もないようで、


「――お、お疲れさまでした」


 と、一拍遅れで挨拶をするに留めた。

 あんな姿を見せられては言いたいことも言えない――とでも言いたげな、そんな目をしていた。


 月は高く昇り、まだまだ冷たい風が吹く。

 少しでも悪臭が流れるように風を浴びながら車へ戻り、涼女は二本のデオドラントスプレーとスマートフォンを取り出した。臭いが消えるわけではないが、それでも無いよりはマシだ。


「家に帰ったら今着てるものはすぐに洗濯してくださいね。絶対に怒られますから」


 そう言ってキャナディへスプレーを手渡しつつ、スマホを操作して上司へ電話をかける。

 3コールの後、電話が繋がった。


「お疲れ様です、玄倉です」

『お疲れ様。二人とも無事?』


 向こうはスピーカーモードなのか、若干くぐもって聞こえた。

 それにしたって開口一番無事を確認してくるとは珍しい。新人――サムライを強度の基準にしてるエルフだが――を中難度ダンジョンに飛ばしたことを気にしてるのだろうか。


「全員無傷です。サイクロプスもキャナディさんが倒しました」

『…………そう。なるほど』


 やや間があったのは聞き取れなかったわけではないだろう。

 驚いて頓狂な声を出すところを聞ければ溜飲も下がっただろうけれど、今の反応でも十分か。


『ところで、なにか変わったことはあった?』

「変わったこと……ですか?」

『普段と違うこと、些細な異変、奇妙な気配――なんでもいいわ。気になることがあれば教えて頂戴』

「そういえば、鳩待峠って名乗る女性がいましたよ」

『鳩待峠』

「変わり者向けのダンジョンを探してるとかなんとか」

『その人の特徴は?』

「いかにも都会の遊んでる若者って感じですね。大量の魔道具をこれ見よがしに見せてくれましたけど、それ以外は特に変わったところはありません」

『……なるほど。他に変わった様子は?』

「それくらいですけど、なにかあったんですか?」

『なにもありませんよ』


 と、電話の向こうは答え、


『ああ、なにもなくはありません』


 と続けた。


『一度スピーカーにしてもらえますか。アメ子にも聞いて欲しいので』

「わかりました」


 言って、キャナディを手招きしながら通話モードを変更した。


「ユリか? どうした」

『まずはサイクロプス討伐おめでとう』

「べ、別に大したことじゃないぞ。それこそ昔は百体……は言い過ぎかな、けど、それくらい倒してるからな」

『………………』

「………………」


 さらりと出てきた新情報に全員が固まった。

 当時の人間はこれより強いと言うんだから、自信が無くなるのも仕方ないのかもしれない。


『まあいいわ。その手柄話はまた今度聞くとして、明日は「大ミミズの巣穴」に向かってほしいの』

「あ、明日なのか……!?」

『私も急だとは思うんだけれど……決まったことは捻じ曲げられないわ。もう少し力があれば違ったんだろうけど、社長令嬢なんて肩書はまったく無力ね』

「別に急ぎで調査する案件ではないですよね?」

『そうね、本来急ぎじゃない案件よ。なんなら別動隊が落ち着くのを待ちたいところだけど、そうも行かないのよ。のっぴきならない事情――とでも言うのかしら』

「……曖昧ですね」

『おかげで私も会社に泊まり込みよ。こんな気持ち、林間学校以来だわ』

「…………」

『というわけで涼女さん。今日は私の部屋に泊まって、明日現場に直行してください』

「……わかりました」

『アメ子のこと、よろしくお願いします』


 言って、通話は切れた。


「……だそうですよ」

「わ、私は構わないんだが……」


 キャナディは困惑した顔で尋ねた。


「お客様用の布団なんて無いぞ?」

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