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第6話 疑惑の社長令嬢

 キャナディたちがサイクロプスと対峙するよりも少し前。

 キャレットグループ本社ビルの中ほどにある、小さな部署へ百瀬川はやってきた。

 部署と言っても元々は用具室だった場所を整理しただけの手狭な場所だ。そこに大柄な男がやってくれば、それだけで無視できない圧迫感がある。


 だが部署の主――ユリは、ちらっと脇目でその姿を確認すると、意に介する様子もなくそのままパソコンに目を戻し、


「部長ともなると、仕事よりも暇を潰すのに忙しいんですか?」


 と雑にあしらった。

 終業時刻をとうに過ぎて、夕日もすっかり落ちている。そんな時間に上司が顔を出してくれば、誰だっていい気分はしないだろう。それを口に出すかどうかは別として。


「暇なもんか。現場で泥まみれになって走り回ってた方がずっと幸せだぜ」


 部下の皮肉を百瀬川は笑って流す。


「俺は頭動かすよりも身体を動かす方が好きなんでな」

「そうですか。私には他人を動かす方が好きなように見えますが、当人が言うならそうなんでしょう」


 相変わらずキーボードを叩きながらユリは言う。


「それで、今日はどのようなご用向きで? 御存じの通り二人しかいない部署ですから、部長と違って忙しいんですよ」

「まあそう言うな。こっちはお嬢サマに色々と聞きたいことがあるんだ。監督責任ってのがあるんでな」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、百瀬川は言う。ただし、笑っているのは顔だけで、剣呑な空気を隠そうともしない。


「はて」


 ユリは百瀬川の方に目を向けることもなく言う。


「生憎と浅学菲才の身でして、責任とはどういう意味で、どういう字を書くのでしょう」

「浅学菲才とか言ってる時点で浅学じゃねえだろが。聞くならせめて監督の方を聞け」

「カントクなんてカタカナで書けば済む話じゃないですか。それはそれで哲学者っぽい響きがありますが」

「カントと結び付ける時点でますます浅学から遠のくわ。つーか忙しい人間がボケてんじゃねえよ」


 面倒そうに短髪の頭を掻いて、


「単刀直入に聞くが、なにが目的なんだ?」


 百瀬川は言った。

 調子は軽く、スマイルこそ浮かべているが、パワハラと訴えられないためのアリバイ作りにしか見えない。


「目的? チーム目標の話ですか?」

「そっちじゃねえよ。ココの目標だなんて、そんな建前お題目の話じゃねえ。お嬢、お前自身の話だ。分かってるだろ?」

「私の行動に何か疑われる点でも?」


 そう言いながら、ユリは変わらずキーボードを叩き続ける。明らかに相手の神経を逆撫でする態度だったが、百瀬川は指摘しない。

 唯一の出入り口を抑えている巨漢の上司が声を少しでも荒げればどうなるか。そんなことは百瀬川本人も分かっていたからだ。


 もっとも、ユリもそんな狡い考えは特にしていないが。

 単なる優先順位の問題だ。

 上司から向けられる疑惑の解消よりも、目の前の業務を終わらせることがユリにとって優先だった。

 疑惑なんてなにもない。

 そう言いたげな不遜な態度で、ユリはパソコンに身体を向け続ける。


「お前――あのエルフをどうしたいんだ?」

「どうしたいもなにも、私は保護責任者ですよ。保護した人間として、よりよい環境を与えようと動いてるだけですが」

「そのお題目と行動が伴ってねえって話だよ」


 腕を組み、固まった笑顔で言う百瀬川。


「そうですか? 私は常にあの子を第一に行動してますが」

「二十歳そこらが千歳超えたエルフをあの子ね。まるでペットじゃねえか」

「そんないいものでもありませんよ」


 鼻で笑う百瀬川にユリは淡々と返す。


「知ってます? 三日も風呂に入らないとパクチーみたいな臭いがしてくるんですよ。部屋を徘徊する巨大なパクチーと一緒に生活してるようなものです」

「そりゃご苦労なこって。俺が聞きてえのはそんな話じゃねえけどな」


 つまらなそうに鼻を鳴らす。


「そんな後生大事にしてるエルフをどうして危険に晒してるのかって話だ」

「危険? ダンジョン治安維持に欲しいって言ってたのは誰でしたっけ?」

「顔隠して活動するのと、わざわざ顔晒して活動するんじゃ全然違ェだろうが」


 今の今まで黙認してきた以上は怒る資格なんて無いのだが、しかしそれを棚上げして言う。


「広報部も愚痴ってたぜ。『ちょっと考えれば避けられるトラブルなのに、どうしてコスプレで戦闘なんてさせたんだ。余計な仕事増やしやがって。これだからコネ入社は』とかなんとか」


 畳みかけるように言う百瀬川。『広報部』という言葉にユリはピクリと反応し、ユリのキーボードを打つ手が止まった。

 現在手掛けている資料こそ、その広報部へ向けての――ユリの言葉で言うならば、泥を被る誠意と覚悟を見せるための――物だ。

 これから仕事を依頼するのにこちらの評価が低くても良いことは何一つない。ましてこの依頼は、自身の尻拭いを先方にさせるためのものなのだから。


「これだからコネ入社は――のくだりは盛ってますよね」


 それでもユリは臆することなく冷静に返した。

 だが、これは間違いなく悪手だった。

 耐え続けていればまた違う展開もあっただろう。

 しかし、もう遅い。

 これでユリは百瀬川の狙い通り、相手の土俵に上がってしまった。


「部長相手にそんな直截(ちょくせつ)的な物言いはしないと思いますが」

「さて、どうだったかね」


 百瀬川は鼻で軽く笑い、ユリは溜息を吐いた。

 それからユリはディスプレイから目を外し、椅子を回転させて、ドアに体重を預けている百瀬川の方へと身体を向ける。


「改めて聞くが、何が目的なんだ?」

「さっきも言った通り、私はアメ子の保護責任者。それ以上でも以下でもありませんよ」

「なら世間に晒した目的は? 緘口令が敷かれてる理由を忘れたわけじゃねえだろ」

「適材適所、人材を有効利用しようとしただけですよ」


 ユリは悪びれることなく飄々と返す。


「以前、部長は治安維持にと言ってましたけど、残念ながら対人戦がメインの治安維持になんて向いてません」

「そりゃどういう意味だ?」

「意味なんてそのままですよ。人見知りだからとかチームワークが出来ないとか、そんなレベル以前に性格が向いてません。あの子は人を傷つけるのが嫌いなんです」


 その言葉に百瀬川は眉を寄せた。

 過去に一戦交えた際、ユリを除く全員が負傷させられているのだ。思うところもあるだろう。


「平和主義者とは違うんでしょうけど」


 ユリは続ける。


「銃口向けられても尚、誰も殺さなかったことから分かるんじゃないんですか?」

「……なるほど。一理ある、か」

「一方で五百年森で暮らしてましたから人間以外には容赦ありません。そうでなくとも常識には数百年単位でズレがありますから、犬を食べて飢えを凌いだ時期もあったそうですよ」

「はん、その手の団体が聞いたらすっ飛んできそうな話だな。――だからって顔を出して活動させる答えには何一つなってねえけどな」


 百瀬川はぶっきらぼうに言った。


「顔を隠して行動させてりゃ広報部から反感買う必要も無かったんだ。それだけじゃねえ。聞いてみりゃ排除派の言いなりになって嫌がらせみてえな調査まで受けてるじゃねえか」

「そこまで把握されてましたか」

「茶化すな。こっちは部下の尻拭いにあちこち出張ってんだ、真面目に答えろ」

「私はいつだって真面目ですよ」


 圧に屈することなくユリは返す。


「真面目ついでに言えば、向こうの言いなりになったつもりもありません」

「たった二人で中難度のダンジョンに向かわせてか?」

「あそこの難易度が高めなのはサイクロプスがいるからでしょう」


 ユリは至極つまらなそうに言う。


「『半グレしか寄り付かないダンジョン』なんて、半グレがたむろできてしまう環境ってことでしかありませんよ。ましてウチが管理するダンジョンに出入りする程度のなんて、ヤンキー崩れもいいところでしょう。そんな連中が好んで根城にするダンジョンのどこが低難度もいいところですよ。それとも当時の部隊長様は、ヤンキー崩れはエルフより強いと仰るので?」

「……だとしたって、お前が呑んだ条件は消えた半グレの調査。最奥部の調査も入ってるとなりゃ、サイクロプスの討伐だって言外に含まれてるじゃねえか。まさかあの二人ならなんとかできると思ってるのか? 実物見たことないから知らんだろうが、サイクロプスってのはベテラン五人からが適性のデカブツだ」

「五百年前は一人で狩ってたそうですよ、そのデカブツ」

「…………」


 ここまで喋っていた百瀬川もさすがに閉口した。

 真面目な顔で与太話を通り越した戯言を語られては、呆れてものも言えなくなってしまう。火縄銃で狩っていたとでもいうのだろうか。


「そんな情報、上がってきてねえぞ」

「上げたとして、そんな突拍子もない過去の話、素直に信じますか?」

「…………」

「そういうことです」


 勝ち誇ったようにユリは軽く微笑む。


「いずれにしても、サイクロプスが湧くダンジョンがあの山にあるのは事実ですから、戦闘経験はあるはずですよ。涼女さんだって引き際は分かってますから、何ら問題はありません」

「随分と買ってるじゃねえか」

「別に買ってませんよ、二人の行動くらい予測できるだけです。失敗したって私の軽い頭を下げて無茶を要求した連中に文句を言うだけだと言ってあります」


 そう言ってユリは軽く目を瞑り、向こうの状況を想像する。

 この時、まさか予想外のトラブルが発生していただなんて夢にも思わない。

 そんな仕草に百瀬川は深く溜息をついて、


「その部下がお前を疑ってるんだよ」


 と言った。


「玄倉との付き合いはそれなりに長いから分かるが、あいつは本気でお前を疑ってる」

「おやおや」

「お前はエルフを世間に晒そうとしてる。玄倉はそう見てるし――俺も同意見だ」


 今度は百瀬川が、至極つまらなそうに返す。


「配信者とコラボするなんて、やる必要ないだろ。世間なんざ放っておけばいいんだ」

「…………」

「俺はネットにゃ疎いが、ネットに強い奴は知ってるからな。それとなく聞いたら似たようなこと言ってたぜ。目新しい情報を出さなきゃいずれ飽きられるってな」

「…………」

「つまりだ。広報部に下げなくていい頭下げて、負わなくてもいいリスクを背負うなんざ、やる必要はねえ。余計な口実を向こうにやることもねえんだ」

「…………」

「ただでさえ妙な動きをしてる連中がいるってのに、お前にまで勝手されちゃ困るんだよ」

「…………」

「考え方を改めろ。あいつらにエルフを認めさせる方法なんざ、俺も一緒に考えてやる。それでも意地を通したいってんなら、まず俺を通すんだな。もし俺を越そう独断でやろうってんなら、そんときゃ越権行為としてお前を咎めなきゃならねえ」

「…………」

「俺はもちろん信じてるぜ。お前はエルフの保護責任者で、排除派と向こう張ってる人間の代表だってな。それとも、俺がそう思ってるだけで違うのか?」


 ユリは黙って、何も答えなかった。

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