第5話 VSダンジョンの親玉
「マイナーで誰も目向きをしないモンに価値を見出す変わり者ってのが世の中にはいはりましてね――いるでしょう? 他人と違うものが好きな自分が好きとか、人付き合いが苦手だとか、あるいは修行のためだとか。とまあ、そういう変わり者向けのダンジョンを探してるのがウチの仕事なんです」
鳩待峠と名乗った女は、歩きながらここへ来た経緯をそんな軽い口調で説明した。
そうは言っても直近まで治安の悪い場所として有名なダンジョンだ。軽装で軽薄に訪れるような場所ではない。
涼女がそう言うと、
「別に軽装じゃないですよ。ヨソで集めた魔道具、リュックに詰め込んでますんで。ほら、ベルトも改造して魔道具をすぐ取れるよう工夫もしてますわ」
鳩待峠は腰に付けた魔道具を得意げに見せびらかす。いずれも本人の言う様にこのダンジョンで拾えるような物ではなかった。
他所で拾った魔道具なんてダンジョン内の魔力差によって信頼性が大きく落ちるものだが、物量でカバーするつもりだろうか。とはいえ、これだけ数を揃えるならそれに見合う実力か、資金があるはずで、好事家向けに動いてるなら後者だろうか。
涼女はそう値踏みした。
とはいえ。
「こんな道具で半グレに立ち向かおうと?」
「まさか!」
鳩待峠はオーバーリアクションで答える。
「その半グレがいなくなったって聞いたから来たんですわ。けどそこは蛇の道は蛇、沈黙は金ってことで情報の出どころは内密に」
鳩待峠は口に人差し指を当てて、そんなジェスチャーをする。
その仕草に何となく百瀬川のリアクションを思い浮かべてしまい、涼女は微妙に嫌な気分になった。
「……そんで、その後ろのおっきい人はいつまで隠れてるんです?」
いつまでも触れずにはいられないと、鳩待峠はとうとうキャナディを指差した。
涼女と鳩待峠の二人が会話している間、キャナディは腰を落として涼女の影――正確には胸の影に隠れ、転ばないように彼女の腕を握りながら歩いていた。
会話してる間というか、必死に気配を消して会話に割り込まないようにしていた。
エルフが気配を消すなんて土台無理な話だが、しかし人見知りのキャナディにとって積極的な人間はそれくらいに天敵だった。
短時間で涼女と打ち解けたのはユリの采配によるところが大きく、恋稲荷に至ってはただ弓好きが上回ったに過ぎない。
「お……おかまいなく……」
蚊の幽霊でも鳴いたような声でキャナディは言う。
「いや、かまうわ! 玄倉さん歩きにくそうやろが! モンスター出たらどうすんの!」
「で――でで、出たら、対応するから……」
「そんな『電話かけるけど、どうか電話に出ないでくれ……』なんて考える新社会人みたいな態度でこの先大丈夫かいな!」
感情のあまり鳩待峠の口調が崩れた。
「……や、やるときは……やる……から……」
「やらないときはやらない――って普通じゃ!」
「……あ」
「あってなに」
「で……電話に出んわ……」
「…………」
「…………」
「ふ、ふつうだけに……」
「……………………」
「……………………」
こいつは駄目だ。
鳩待峠を不審に思っていた涼女も、この時ばかりは気持ちが一致した。
「この先大丈夫かいな。一応中ボスのオークが出るってのに」
「オークだったら……まあ、いいですけどね」
涼女は意味深なことを言うと、
「それはどういう意味です?」
反応したのは鳩待峠だった。
「半グレが消えた理由の――可能性の一つです」
脅す風でもなく、努めて冷静に語る。
「このダンジョンに限らず、面倒――いえ、不人気な訳アリダンジョンだと稀にあるんですけど、定期的に狩らないと、最奥部のボスがダンジョン内を移動するんですよね。ダンジョンの核を守るのがたぶん、本来の役目だと思うんですけど、学習能力があるらしくて、勝手に移動し始める個体もいるんですよ。まあ、大体その前に狩るか寿命か、あるいは探索者が倒すかで入れ替わるんですが、何分わからないことは多いですから、例外は多々あります」
「玄倉さん、説明下手だって言われません?」
キャナディは涼女にバレないようにさりげなく首を縦に振ったが、悲しいかな、掴んでいた腕から振動が伝わっていた。
涼女は奥歯を少しだけ噛みしめた。
「つまり、ヨソのダンジョンでも半グレが消えたってのはボスにやられたと」
「あくまで可能性です」
言葉を選びながら涼女は言う。
「ただでさえ低い事象が同時期に重なるなんて、確率的には天文学的数値ですよ。なにより反社会的勢力ですからね。他の手段で排除されたと考えるのが順当です。容疑者に事欠きません」
「ぶ……物騒だな……」
涼女たちの会話にキャナディが珍しく口を挟んだ。
「わ――私的には、あんまりその……ぶ、物騒なのは……好きじゃないな……」
胸の影に隠れながら、そんなことを言う。
「ええ、物騒です。とはいえ社会に仇なす存在として生きていた以上、彼らも文句は言えません。それに、被害を受けた人たちの方が数は多いわけですから、不用意に感情移入するのも考え物です。むしろ心配が一つ減ったと喜ぶべきかもしれません」
「………………」
「もっとも、原因が敵対する反社会的勢力だった場合はその限りではありませんが」
そう締めくくって、涼女は足を止めた。
細い通路の先に見える開けたフロア。鳩待峠と合流してからの道中、不思議とモンスターが一匹も現れなかったが、ここから先はそうはいかない。
この先にはフロアボスが控えている。
キャナディは何かを察知したのか、自然と弓を構え、鳩待峠は邪魔にならない様に彼女らの後ろへ下がった。
三人はそれぞれ息を殺し、フロアの音を探る。
辺り一帯はしん、と静まり返り、奇妙なほど物音がしない。フロアボスのオークがいるなら、その荒い息遣いや足音が聞こえてもいいはずだが、何も聞こえない。
涼女は奇妙な感覚を覚えながら、キャナディと鳩待峠に目配せをし。
そのフォーメーションを維持したまま、三人は足を踏み入れ――
「――っ!」
涼女は思わず息を呑んだ。
そこにいたのはオークではなかった。
いや、確かにオークはいた。
頭を潰され、地面の上に倒れ伏して。
立っていたのはオークではない。
オークよりもさらに巨大な、人間サイズの槌を軽々と振り回す――サイクロプス。
本来ならダンジョン最奥を守っているダンジョンボス。
(まさか、本当にそうだなんて……!)
涼女の背中に冷や汗がにじむ。
ナイフで渡り合えるような相手では――当然ない。
サイクロプスに襲われたと考えるとなるほど、全滅するのも納得だ。
オーク程度なら二人でもなんとかなるが、こうなると話は変わってくる。上に報告し、改めて討伐の手筈を整える必要がある。
「チッ――」
静かに舌打ちをしたのは鳩待峠だった。
こんな万に一つの貧乏くじを引かされては舌打ちだってしたくなる。
「キャナディさん!」
横を振り向くと。
特に臆することもなく弓を引き絞るキャナディの姿があった。
厳密にいえば――三本目の矢を放つ直前だった。
「――あ」
涼女が声を上げるより早く――そして速く、三本の矢はサイクロプスの眼窩を貫き、そのまま後頭部を貫いた。
サイクロプスは音も無く絶命した。
貫いた矢は、壁にぶつかってようやく落下した。
「………………」
「んなアホな……」
「……お、おおお……」
弓を射たキャナディは身体を打ち震わせながら弓をまじまじと見つめ、言った。
いや、叫んだ。
「す、スズメ! この弓はいいぞ! すごい、すごくいい! 見ただろ、生き生きと飛んでいく矢を! 昔使っていた弓と同等――いや、それ以上だ! さすがは現代科学! 久しぶりに気持ちのいい感覚だ! いつかは超えると思ってたんだ! あの頃倒した奴よりも小さい――か? だとしても、感覚が違うな!」
「ストップ! キャナディさんストップ!」
涼女の制止も、溢れる感動の前には無意味だった。
「エルフの弓だって短期間で成長しなかっただろうな! いや、五百年は人間には短期間じゃないのか……とっ、とにかく! 過去最高だ! スズメ! ありがとう!」
キャナディは両手で涼女の右手を握り、ぶんぶんと振り回す。
涼女は空いた左手で目を覆い、深い溜息を吐いた。
二人の後ろには何ともいえない表情で見つめる鳩待峠。
涼女にとってこの状況を切り抜けるのは、サイクロプス以上の難題かもしれない。
「………………」
「……あー……その……」
キャナディではないのに言葉が詰まってしまう。
この状況をどう説明しろと言うのか。
胃がキリキリと痛む。
明日病欠ということで休んでやろうか。なに、やり場を失ったストレスの発散だって立派な自己管理のはずだ。ストレスで急性胃炎になるかもしれないといえば納得してくれるか。いっそ元凶を殴っても許されるだろうか。ああ、あの時寸止めするんじゃなかった。
涼女の頭の中で思考が曲がった矢のように忙しなく駆け巡る。
「……なんか、玄倉さんも大変なんですねぇ」
果たして。
鳩待峠は言い様のない憐みの目を涼女へと向けた。
「いやまあ、実を言えば二人のことは知ってましたよ。ええ、それなりに有名ですから。でもまさか、こんな……ねえ……」
言い澱んで、それから目を逸らした。
どうやら痛い人だということで、鳩待峠は自己解決させたらしい。
「いわゆる弓を狂信してるみたいな、アレ、なんでしょう?」
「……え、ええ。アレなんです」
最悪の可能性を避けられたことに安堵し、涼女は鳩待峠の案に乗っかった。
アレ呼ばわりされるエルフはようやく落ち着きを取り戻し、自身のしでかした事の大きさにようやく気付いて、そのまま思考ごと停止した。
「大丈夫、ウチはゴシップなんて扱いませんから。そんなアレがアレだなんて、言いふらしませんよ」
「そう言ってもらえると幸いです……」
ほっと胸を撫で下ろす涼女。
今回ばかりは有名だったことが功を奏した。
もしこれがネットに流れようものならガッカリどころか火に油を注ぐことになりかねない。
そう考えると、やはりユリの案はリスクが高すぎる。
「それじゃあウチは一足先に帰らせてもらいますわ」
「もう――いいんですか?」
軽い調子で踵を返す鳩待峠を、涼女は引き留めた。
「サイクロプスが闊歩してる可能性があるって分かっただけでも十分ですわ。それに、そのサイクロプスも倒された以上、残っててもしゃーないしな」
「……粗方倒したとはいえ、まだモンスターは残ってるかもしれませんし、湧いてる可能性だってありますが」
「大丈夫大丈夫、使ってない魔道具がこんだけありますんで」
余裕の笑みを浮かべる鳩待峠。
半グレならともかく、この辺のモンスター相手なら確かに十分だろう。
(考え過ぎだろうか……)
「心配してくれてるところ悪いんですけど、この世界、一秒でも早い方が金になるんで」
そう言って、鳩待峠はのんびりとした歩調で歩き出した。
「また縁があったら会いましょ」




