悪妻だけど、文句ある?
……どうやら私は、巷で悪妻と呼ばれているらしい。
魔法都市エーヴィヒカイト。永遠なる繁栄を手にした、魔法の中心地。町は魔法と魔法道具に溢れ、住む人々は皆優れた魔法使いであったり、錬金術の担い手だったり。国最大の研究機関である魔塔にはその中でも一握りの者だけが住まうことができる。
その羨望の眼差しを受ける数人の中でも……私の旦那、オーティス・シュヴァンは有名だった。筆頭魔術師であり、魔塔の頂上に住む男。たった一人で数世紀分の魔法史を前進させた天才。膨大な魔力を表すかのようなサラサラとした金髪に、長いまつ毛に縁どられた紫水の瞳。スッと通った鼻筋で、肌は陶器のように滑らか。すらりと高い背丈とその美貌に、百人中百人が振り向く。
対して妻の私、アメリは本当にただの人間だった。癖のある赤毛にそばかすで、よくある緑眼。小さい背丈で、本当に平凡。あの天才がどうして、と誰もが不思議に思う。
でも待ってほしい。天才云々抜きにして、このオーティスとかいう男、ろくでもないのである。
「オーティス! だからいつも言ってるでしょ! 服は脱ぎ散らかさない、帰ってきたら手を洗う、靴下は丸めたままにしない!」
急にいなくなって、急に帰ってきたと思ったら、玄関からバスルームまで服を脱ぎ散らかす。帽子を帽子掛けに掛けたことはない。大事なローブにフリルのついたシャツブラウス、長いズボンに、高い魔石の使われたピアスまで、全部粗雑に床に投げ捨てる。全部拾って、ブラシをかけて、洗えるものは洗い、皴をなくすのは私。本人は鼻歌なんてしながら呑気に朝シャワー。
「……は?」
おまけに今日のブラウスには女の口紅が付いていた。別に珍しいことじゃない。珍しいことじゃないけれど、妻帯者としていかがなものか。つけた女にも、つけられた旦那にもイラつきながら落とす。裏にタオルを当てて、上から押し出すように。鬼の形相でシミを抜いていると、その旦那が風呂場から出てきた。
「あー、つけられてたんだ。アメリ、そんなことしなくていいよ。もう捨てるから」
なんでこんな気持ちにならなきゃいけないのかって思っていたところに、無神経な言葉が落ちてくる。
そんなことさせてるのは誰? このブラウス買ったばかりだって知ってた?
言いたいことが渦を巻いて、うまく出てこなくなる。
「ああ、そうだ。花を買ったんだった。今出すよ」
「……領収書は?」
「え?」
「いつも言ってるわよね。魔法に使うものを買ったなら、領収書をもらってって。経費で落とせなくなるのよ? いつも誰が年末に苦しんでると思ってるの?」
腰にタオルも巻かないで、つまり全裸で薔薇の花束を持つ姿に腹が立つ。人魚じゃないんだから体拭いて。パンツくらい履いて。というか風邪ひく前に着替えて。……なぜか絵になっているのが余計に腹立つ。無駄に綺麗な顔できょとんって顔して。
「っもういい加減にして! 私あんたのお母さんじゃないんだからね!?」
「……僕はアメリのことお母さんだなんて思ってないよ」
「私だってなった覚えはないわよ! このあんぽんたん!」
染み抜き途中だったシャツを顔にぶん投げ、取ろうと屈めたところで脇で頭から首を絞める。ヘッドロックという技名なことを最近知った。ギリギリと音がするほどに締めているのに、オーティスは顔色一つ変えない。おそらく魔力を首に集めて強化している。
「じゃあなんで怒るのさ」
「ねえ話聞いてた!?」
「そもそもアメリに片して欲しいなんて言ってない」
締めているのは私のはずなのに、頭に血が上る。この馬鹿旦那を処さなければ、ということしかわからない。
「あ、あともうちょっとこのままがいいな。至高のふわふわだ」
こちとら怒り心頭だというのに、空気の読めないオーティスは私の脇の方……あまり考えたくないところに頬ずりをする。勢いよく突き放し、アホな表情のオーティスは脱衣所の壁にめり込んだ。それでも無傷でケロッとしてるんだから意味が分からない。
「……もうオーティスなんて知らない! 離婚よ!」
「は? え、ちょ、泣い……」
「うっさい、触んな馬鹿野郎!」
オーティスの伸ばした手を叩き落とし、思わず家を飛び出した。頂上だからってオーティスが好き勝手した結果の、庭付きの赤い屋根の家。最上階なせいで延々と階段を降りる羽目になったけど、いつも魔法で移動してるへなちょこオーティスが途中でへばって追いかけられなくなった分、少し好きになれた。
「はぁ……」
そうやって飛び出したはいいものの、行く当てはない。実家に帰ろうにも、ここから遠く離れた田舎町だ。馬車で一か月はかかる。思わずため息をついて、トボトボと町を歩いていた。町は春祭りの準備でキラキラしていて、離婚級の夫婦喧嘩をしてきた私は場違いな雰囲気だ。そそくさと町を抜けて、小高い丘のベンチに座る。町が見渡せて良いところだ。買い物ついでに足を延ばして休憩するお気に入りの場所。
春のあたたかな風に揺られて、少し気分が落ち着いて……くるはずのところへなんだか可愛い女の子がやってくる。
「……何か用?」
「っ! どうして貴女みたいな人が、あのお方の妻なのよ!」
さっきから謎に後をつけてきていた子だ。おっきなリボンの髪飾りに、学園の制服のローブ。若い。自称恋人さんか、ただの追っかけか。どっちでもいい。
「あのねぇ、逆に聞きたいわよ。なんであんた達が妻じゃないの?」
普段なら適当にあしらうけれど、そんな気分じゃなかった。……ほんと、なんでこんなことに。
またため息をつきたくなったところで、今日は結婚記念日だったことを思い出す。記念だなんて言いたくもない。三年前の悪夢のような一日から、いやもしかしたら初めて会ったあの時から、すべては始まっていたのかもしれない。
*
私が七歳の時、隣の家に人が越してきた。辺鄙でのどかな村に似合わないお屋敷はずっと空き家で、なんでも大魔法使いの秘密の別宅という噂だった。噂は本当だった。
その魔法使いのおじさんは言った。姉夫婦が不運なことに亡くなり子供を引き取ることになったが、自分は王宮付き魔法使いで、これから危険なところへ長期出張しないといけない。とはいえ子供一人で暮らさせるのは危険だからと、この穏やかで安全な村に連れてきた。どうか気にかけてやってほしいと。
引き取られた子供……小さなオーティスはおじさんのローブの裾を掴んで、後ろに隠れていた。今じゃいけ好かない奴だけど、昔は臆病でとても可愛かった。
『はじめまして、私はアメリ。あなたの目の色、とっても綺麗ね』
『……!!』
身体がびくりと跳ねて、目元まで伸ばしている髪から紫水の瞳がチラリと覗く。オーティスはわかりやすく驚いてしどろもどろになっていた。それが可愛くて、同い年だけどもう一人の弟のように扱うことに決めた。
『おはようオーティス。もうごはん食べた?』
『あ、えっと』
『まだなら一緒に食べない? 今日はお母さん特製の豆スープなのよ』
朝起きたら庭の薬草に水をあげて、朝ごはんの準備を手伝って、オーティスを迎えに行く。ごはんを食べたら学校に行くか家事をして、終わったらオーティスの家を掃除する。オーティスは汚し魔だった。私は綺麗好きだった。それでもなんだかんだと楽しかった。ごっこ遊びの延長のようなものだったと思う。
私達が仲良くなるのに時間はかからなかった。他のみんなはよそ者で魔法使いのオーティスをいじめようとしたけれど、私が怒ったら黙った。口ほどにもない奴らだった。
オーティスは次第によく笑うようになった。私たちは小高い丘の大きな木の下でよく一緒にいた。
『……じゃあ、アメリは魔女じゃないの?』
『そうよ。私だけ、ね。私は普通なの』
『随分と嫌そうだね。普通って安全だし……いいことじゃないの?』
『少なくとも、私にとっては嫌なことね。仲間外れなんだもの』
村で唯一の魔女の家系だった。薬草を煎じるのが上手いお母さんは村で重宝されていた。年の離れた姉さんは優秀だからと早くに村を出て行って、今や王宮で働いている。お父さんは魔法は使えないけど腕の立つ傭兵で、弟は後継ぎ。おまけにオーティスだって、魔法使い。何にもないのは私だけ。
『僕にとって、アメリは特別だよ』
オーティスはその紫水の瞳で私を見つめた。真剣な顔で言われても、私に何もないことには変わりがなかった。
『ありがと。でも特別な力も持ってたらよかったのに。この間ね……』
薪を取りに行った時に熊の足音がして命からがら逃げた話をしたら、オーティスは変な顔をして相槌しか打たなくなった。多分聞いてない。オーティスは特に優秀で、魔法でなんでもできてしまうから、一般人は熊も倒せないと知らなかったんだと思う。
ある日おつかいで一緒に隣町に出かけていると、男の人が女の人に花を贈っていた。どうやら結婚記念日らしく、屋台のおじさんはおまけをしていた。
『記念日にお花を貰うって素敵よね』
『アメリも欲しいの?』
『そりゃ欲しいけど。でも私、まだ記念日なんてないもの』
『じゃあ、僕と記念日を作ろうよ』
『……オーティス、それは違うのよ」
私はちょうど背が伸びてきていたところで、きっとあれが素敵な夫婦への憧れの始まりだったのだと思う。オーティスはまだそういうのがわからないらしくて首を傾げていた。まだまだ子供だなぁと思った。
またそれからちょっと経って、私は突然怪力になった。謎に嬉しそうなオーティスに呼び出され、急に魔法をかけられた。
『ちょっと、これ何?』
『身体強化魔法だよ。これでアメリは大丈夫だ』
『はぁ?』
なんとなく蹴った石は木にぶつかり、木は折れた。慣れるまで少し時間がかかった。唯一いいことといえば、森でも安全に過ごせるようになったことくらいだった。
『ありがたいような、迷惑のような……防御とかじゃダメだったの?』
『アメリは攻撃こそが最大の防御って感じだろう?』
『ちょっと! 人のことなんだと思ってるのよ!』
『強くて優しくて綺麗な人だよ』
『コラ! 誤魔化さないの!』
なんでこんなことをしたのかと問い詰めても、よくわからなそうにしていた。守りたいと思うのは普通だとか、自分の近くにいるとみんな死んじゃうとかなんとか……意味が分からないのはこっちだった。
ただ、オーティスが天才なことに間違いはなかった。私は突拍子もないオーティスに振り回されながらこのまま、ある意味楽しく過ごすのだと思っていた。
けど、そんなことはなかった。オーティスほどの天才が村に止まっていられるはずがなかった。ある日おじさんがやってきて、オーティスは魔法学校へ進学すると同時に村から去ることになった。
『っきっと迎えに来るから』
『……ええ、待ってるわ』
去り際にそう言って、オーティスは私を抱きしめた。よくわからないけれど、私も抱きしめ返した。これが友情なのだと思った。
次の日、癖でオーティスの家に迎えに行った。いるわけもなかった。鍵は預かっていたから、なんとなく掃除だけした。朝食の豆スープを見ても、オーティスを思い出した。実は豆スープが苦手で、私の作ったマッシュポテトが好物だった。何をしても浮かんで、とても煩わしかった。
……けれど、時間が全てを解決してくれた。そもそも生きる世界が違かった。
私は嫁入り前の村娘となり、オーティスは天才魔術師となった。村の同世代が次々に結婚していく中、私だけ余った。家業も手伝えず、肩身が狭くなる日々の中で、焦りだけが募った。もはや夫探しの旅にでも出かけようかと思っていた時、オーティスを思い出した。大きな都市に住んでいて偉いのだ。もしかしたら、結婚相手の斡旋をしてくれるかもと思った。
オーティスが作り出した水鏡型郵便皿に手紙を浮かべる。いまだに信じられないけれど、差出人の名前が書いてあって、向こうの皿がその人に対して解放されていれば住所を知らなくても届くらしい。魔法とかでも名前は重要らしいし、よくわからない一般人はそういうものと思うしかない。
手紙が水に溶けたところで、ドアをノックする音が聞こえた。
『はいはーい』
急いで階段を降りてドアを開けると……見覚えのある金髪が垂れ、紫水の瞳が私を見下ろしていた。記憶の中と全然違うけれど、凄く懐かしかった。
『っオーティス! どうしてここに……今ちょうど手紙を出したところで……』
とにかくお茶でも出そうと後ろを向くと、謎の浮遊感がした。理解しようとしている間に、すっぽり抱き上げられる。綺麗な顔は、より綺麗になっていた。
『……部屋に足の踏み場がないんだ。アメリ、ちょっと片づけを手伝ってくれないかい?』
『はぁ?』
想像もしていなかった言葉に眉を寄せている間に、眩しい光に包まれる。目を開けると、汚部屋が広がっていた。希少そうな宝石やら謎の草、フラスコなどが床に転がり、ソファーにはくちゃくちゃな服が山盛りに。テーブルに置いてある鍋にはドス黒い何かが。どうやったらこんな広くて日当たりの良さそうな家を家じゃなくせるのよ。
『……抱き上げててくれてよかったわ。これ裸足で歩いたら怪我するもの。ブーツは?』
『一緒に持ってきたよ』
オーティスが指を動かすだけで靴下とブーツが履かされる。どうしてこれができて掃除はできないの?
『だーもう! まずは窓を開けて!』
感動の再会、なんてことにはならなかった。幼馴染がまさかこんな生活をしていたなんて、今すぐ人の生活に戻さなきゃ、ということで頭がいっぱいになってしまった。村にいたころにやってあげるんじゃなくて、やり方を教えてあげればよかったと後悔した。
無駄に大きな家を掃除するのに丸一日かかった。埃を取るために一度家具を外に出したら、庭だけは綺麗だったのと、周りに家がなかった。ここは魔塔の最上階……屋上らしく、そこに自分で家を建てた……というか地上にあったものを移動させたらしい。まったく意味がわからない。
『あーもう! 疲れた!』
『ありがとう、アメリ』
『部屋の汚さは百歩譲って、冷蔵庫に食べ物がないってどういうことよ! 勘弁してよね!』
『うん、今日はもう夜遅いし、泊まっていきなよ』
『そーするわ』
寝巻き代わりにと借りたオーティスのシャツはブカブカでワンピースのようだった。なぜか私好みの可愛い部屋でぐっすりと寝た。朝日で目が覚めて、リビングに行くとオーティスが珍しく早起きをしていた。
そして、起き抜けの私に紙切れを渡してきた。
『……これからもここにいてほしいんだけど』
それはハウスキーパーの雇用契約書で、特に予定もなく、また荒れた生活に同情してしまっていた私はまんまとサインしてしまった。よくよく考えれば、オーティスにできないことなんてないんだから、こんなの惰性だっただけだというのに。
『うん、ありがとう』
オーティスの開発した魔法に、文書の見た目を変えるものがあった。輸送中などの安全性を上げるための魔法で、相手の名前に反応して本来のものに変わるというものだ。つまり、オーティスの手にかかれば書類の偽装なんて簡単だった。
ハウスキーパーの契約書は、婚姻届だった。
役所に用があって行ったときに知った。でも、オーティスは契約書としか言っていなかったから嘘ではない。詐欺だけど。
こうして私は筆頭魔術師の妻となった。オーティスはシメた。村に帰られたらもう二度とチャンスがないだとか、私が鈍感だからだとか、どうしてもいてほしかっただの言っていた。転移魔法を作るのに時間がかかったのが悪かった……ってそういうことじゃない!
家族に手紙で伝えると、行き遅れが巣立ってよかったと返ってきた。人でなしなのだろうか。魔女だった。
『オーティス! あんたお弁当忘れてるわよ! まったくいつもいつも上の空でぼーっとしてるからそうやって人が丹精込めて作ったものを忘れるのよ!』
『あーごめんごめん』
『ごめんで済むなら魔導警備隊はいらないわ!』
とはいっても、身近な異性なんてオーティスくらいしかいなかったし、収まるところに収まった感がないわけではなかった。私は昔の癖で世話を焼いてしまうし、オーティスはそれを嬉しそうにしている。町の人たちは優しいし、隣人……魔塔の下の階の人たちも癖はあっても悪い人じゃない。キラキラしている割に薄らボケのオーティスがよく忘れ物をするものだから、職場の人々とも顔見知りになってしまった。
『シュヴァン様、こちらの書類にサインをお願いします!』
『筆頭、以前認められた術式についてなのですが』
『失礼します、国王陛下から書簡が届きまして……』
『……君たち、今アメリが来ているんだ。後にしてくれないかい?』
魔塔の下の階にある研究室には次々に人がやってくる。皆オーティスに心酔し、慕っている人たちだ。礼儀正しく会釈してくれるけれど、その態度がなんとなく冷ややかなことに、私だけが気づいている。
キメ顔で思案しているように見えて実は目を開けてたまま寝ているだけだったり、何かを研究しているように見えて馬鹿な落書きをしていたり。彼らはオーティスが不真面目で子供っぽいことを知らないし、信じない。私が浪費癖だって噂があるけれど、ただ精算してオーティスの代わりに払ってるだけだし、夫婦仲が悪いわけじゃなくてオーティスが悪いだけ。
『相変わらずの悪妻ですね……』
そんなことをよそ様は知らないから、凡人な妻が天才魔術師様の邪魔をしているように見えるらしい。
……つまり、私は悪妻なのだという。
*
「優秀な私の方が、妻として相応しいんです! オーティス様を解放してください!」
甲高い声によって現実に引き戻される。思い出すだけのつもりが、軽く白昼夢を見ていたらしい。
「……解放されたいのはこっちなんだけど」
というか、この子はオーティスの何を知っているのだろう。あの男が本気になれば、離婚なんてすぐにできる。逆を言えば、オーティスにその気がなければ、私がどう足掻いても離婚できない。
「……どうせ私は悪妻よ」
だって、私は普通だから。何も持っていないし、オーティス以外にとっては特別でもなんでもない人間だから。
「だけどねぇ、あの人格破綻者よりはよっぽどマシだと思わない? 貴女の心酔してるオーティスって奴は、本当に碌でもない男なのよ!!」
女の子のポカンとした顔に、ビシッと指をさして教えてあげる。
「大体ぼーっとしてるからシャツにキスマークなんてつけられるのよ。朝と夜の感覚がないとかおかしいんじゃないの。私が起こさないと起きないわけよね。それで起こしてあげたら私の顔をべたべた触った挙句本物とか言うのよ。偽物なわけないでしょうが。記念すべき最初の夫婦喧嘩はそれだったわね。家では大抵ぼーっとしてるかカルガモの雛みたいにひっついて回るかの二択だし。さっさと仕事に行きなさいよ。それで仕事に行ったと思ったらお弁当忘れるってなんなの? 取りに帰ってきなさいよ。同じ場所でしょうが! なんのための転移魔法なのよ!」
止まらない愚痴。ちょっとの惚気。
いい? 思い知りなさい、あんな奴と結婚できるのは私くらいなんだって。
「あの、その……」
「というかプロポーズくらいちゃんとしなさいよね! あんな騙し討ちみたいなことして! 勝手に連れ去られて三年よ、三年。何も100本の薔薇の花束持ってプロポーズしろとは言わないけれど、告白くらいしたらどうなの? 恋人ですらなかったんだけど!」
「えぇ……」
戸惑っている女の子を見て、フンと鼻を鳴らす。
返答を待っていると、どこからか羽虫の音が聞こえてくる。空を見ると何やら黒い物体が徐々に近づいてきていた。
……あれは。
「きゃあああああああ!!」
妖精型魔道具の大群が女の子を襲う。要件を言えば済ませてくれる優れもので、町中の至る所にあるやつだ。壊れたか何かで、私の大きな声に引き寄せられてきたのだと思う。私は襲わず、女の子ばかりを狙うのは、私が魔力を持っていないからだろう。
「どいつもこいつも……もう!」
怒りのままにブンっと拳を振るった。数匹が消し飛んだ。女の子は風圧に驚いて固まった。残りも片付けようとしたところで、突然全てが粉々になる。
「アメリ、大丈夫かい?」
「オーティス、遅かったじゃない」
オーティスが指を鳴らしたからだった。ご自慢の髪を乱して、私の元に駆け寄ってくる。
「前に魔法で見つけたら怒ったのはアメリだろ?」
「当たり前でしょ! 出て行って数秒で捕まえる旦那がどこにいるのよ!」
チラリと女の子の方を見ると、立ったまま気絶していた。オーティスの膨大な魔力を感じると大抵の人はこうなってしまうらしい。私はよくわからないけれど。
「アメリ、ごめんね。次からは気をつける」
「……もう」
オーティスはそんな女の子に目も向けず、私の腰に手を回して帰宅を促す。
「でも、僕は毎日告白してプロポーズしてると思ってたんだけど……アメリが気づいてくれないんじゃないか。今から口説いても?」
「あんなの口癖でしょ。馬鹿言ってないで帰るわよ。朝ごはん抜いちゃったし、ブランチにしましょ」
私だって本当はわかってる。オーティスは私に甘えていて、離したくなくて必死なことくらい。でも私だってそういう気分な時くらいあるのよ。
「悪妻だけど、文句ある?」
後ろを振り返り、最終回答を告げておいた。
悪妻だろうとなんだろうと、他人には関係ない。
「ない……です」
女の子は呆然としたまま、その場にへたり込んだ。
「僕はアメリさえいれば何もいらないし、アメリのためにしか魔法を作らないよ」
────魔塔に仕えることになった彼女は後に知ることとなる。オーティスは天才性ゆえに、国王との制約でこの街から出てはいけないほどの危険人物であり、そのオーティスを制御できるアメリは、この町で一番の重要人物だということを。
読んで下さりありがとうございました。
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