第1話 ボーイミーツ…
「あちぃなー、最近特に暑いよ」
8月に入り、最高気温は日に日に上昇、記録更新している。
駅前のアーケードに入り、少しでも太陽に抵抗してみる僕は佐藤一郎。
地方の大学に通う大学2年生、つい先日20歳になった。
今日は午前のコマだけで午後はフリーなので夕方のバイトまでの間、日課でもある飲食店巡りをしている最中だ。
「ふひー、こう暑くちゃ干上がっちゃうよ。ここらへんで入ったことのない喫茶店ってあったっけ?」
ちょっと人より大きなお腹を揺らしながらアーケードを通り抜け、通りの外れにある古び…風情のある一軒の喫茶店に入る。
「はあ、はあ。く、クーラーが…効いていない…」
地方ではクーラーを付けない、付けられない飲食店ま少なくない。
だが、この真夏にクーラー無しは…地獄だ。
「ああ、お客さんか。いらっしゃい」
店主だろうか、年配の女性が玉簾の奥から出てくる。
「おや、始めましての顔だね。よく来たね。何飲む?」
なんともフランクな女性だ。
しかし、こういう雰囲気が、またいいのだ。
「アイスコーヒー…お願いします」
「はいはい。ミルクいるかい?」
「いえ、ブラックでください」
「はいはい」
ふむ。まだ汗は引かないが、店内に外からの風が抜けていて心地よい。
クラシックだろうか。かかっている音楽といい、店内の装飾といい、店の外観からは想像できないほど店内イメージが洗練されている。
いい店だ。
「はいよ、アイスコーヒー」
出てきたアイスコーヒーは、細長いコップに四角い氷とともに注がれていて、これまた細いストローがちょこんと入っている。
まずはガムシロを入れずに一啜り。
美味い…。
続いてガムシロを入れてストローでかき混ぜる。
また一啜り…というところで店主に話しかけられる。
「美味そうに飲むね。今日は暑いから沁みるだろうね」
「そうですね。とびきり美味いです」
「そうかい。嬉しいねえ」
アイスコーヒーと暑さにやられて店内を隅まで見ていなかったが、店主の近くには雑貨も売っているようだ。
店主は暇そうに雑貨をひとつひとつ手に持っては布巾で拭いている。
「それも売り物ですか?」
「ん?これ?ああ、これはヨーロッパに行ったときに仕入れた物だよ。カメオさ」
「カメオ…」
店主の側にずいずいっと寄って、覗き込む。
カメオとは人の胸像を浮かし彫りにした芸術品である。
宝石や大理石などに彫るので、全体が大きくなる傾向があり、多くはブローチなどになることがある。
だがこれはブレスレットだ。よほど技術のある職人が彫ったのだろう。
だが、そのモチーフは一風変わっており、賽の目のような、昆虫の複眼のような、幾何学模様になっていて、人物は描かれていない。
「これは現地の蚤の市で見つけたのよ」
へえ、蚤の市で…
店主は自慢話とも苦労話とも言えない話をぶつけてくるが、僕はそのブレスレットに段々と魅入られて話は聞こえてこなかった。
「あの…」
「ん、どうしたの」
「これ、売ってるんですか?」
すると店主は目を丸くした。
「ほしいの?…ほんとに?」
「はい…駄目でしたか?」
「いやいや、これ欲しいって言った人、君が初めてだから」
え?こんなにかっこいいのに…
「…あげるよ」
え?
「あたしが店開けてから30年は経つけど、これ欲しいって言ったのは君が初めて。運命なのかもねこのブレスレットにとっては」
「ほ、ほんとにいいんですか?」
「うん。アイスコーヒーの値段に入れたことにするよ」
「ありがとうございます!」
店主からブレスレットを受け取る。
表面は肌が吸い付くような感触で、腕輪の部分はゴムのような材質だ。
僕の腕にもピッタリ
そのあと、アイスコーヒーもそぞろに家に帰った。
ーーー
「これカッコいいな…」
お腹が空いていたような気がするが、僕はブレスレットに夢中だった。
「明日皆に見せびらかそうっと」
ニヤニヤと明日の妄想をしていると、次第に頭が痛くなってきた。
「あれっ、なんだろ頭痛いな…」
今の時間は…もうバイトの時間じゃないか。
だが、頭が痛く、それどころではなくなってきた。
バイト…行けないな…
バイト先には急遽休む連絡をして、頭痛薬を飲んで横になる。
疲れてもいたのだろうか、すぐに眠りに落ちた。
ーーー
『おいニンゲン』
なんだ…?声が聞こえる。
『ニンゲン!無視するな!』
『無視はしてない!どこにいるんだ!』
すると、ブレスレットを着けている左手が光り始める。
正確に言うとブレスレット自体が。
次の瞬間、左手が人の顔のようなモワモワになる。
目が光り、口も現れ、しゃべり始める。
『こんな夢の中でしか干渉出来ないなんて、なんてやつだ!』
『夢?ここは夢なのか?』
通りで左手が光ったりするわけだ。
『なんと気の抜けるやつだ。…まあ、いい』
そう言うとモワモワはひと回り大きくなったかと思うと僕の目の前に来て、こう言った。
『俺様はベルゼブブ。人を堕落させ魂さえも貪り食う、大悪魔の一柱だ』