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★★★ 一〇八回目の告白【完】

「──お嬢様のこさえた林檎のあぷあぷしゅにん風は美味しいですねぇ」

「あははっ! あぷあぷ主任ってどんな主任? アプフェルシュニッテン風だよ、もう。バーサの聞き間違いは相変わらずだねえ」


 乳母のバーサから受け取ったアプフェルシュニッテン風焼き菓子を頬張り、マリオンはけらけら笑う。


「あい。あぷあぷしゅにん風ですぅ」

「アプフェルシュニッテン風ね」

「あぷあぷしゅにん風ですねぇ」

「うん。もういいよ、それで」


 この乳母は本当に癒しである。


 屋敷の者達のおかげでジーノから逃げおおせたマリオンは小休憩中だ──ついでに試食会も開催している(定員二名)。

 焼き菓子を食べ終えたら街に降りる予定だ。

 そして、失礼だとは思うが第七王子が帰るまで家には帰らないつもりでいる。好きな男にぶち切れられるのは前世の一回で十分だ。


「お嬢様。あの騎士さんと話しっこ、しないのですかぁ?」

「あー、うん。しないよ。……私、もうあの人の視界には映らないって約束してるから。まあ、映っちゃったんだけどね……」


 しょんぼり俯くマリオンの背中を、バーサの皺くちゃな手が撫でる。


 マリオンときたら、このバーサの手にとんと弱い。小さな頃から弱かった。


 お転婆なマリオンはしょっちゅう叱られた。母はあれでいて怖いのだ。え? 父? 父は別に。


 さすがに弟妹達が生まれてからは叱られなくなったが、まだミニだった頃のマリオンは、このバーサの手に背中を撫でてもらって慰められるというのが常だった。

 だから、この手に撫でられると、反射的にじわじわと目頭が熱くなってしまう。


「あれまあ、あれまあ」

「バーサ……」

「泣いたらいいんですよぉ。お嬢様はほんとに我慢強いですねぇ」

「う、うわ~~んっ」


 マリオンは小さい頃のようにわんわんびいびい泣き出した。


「よかった、よかった。お嬢様が泣かないから心配してたですよぉ。よーしよしよしよしあいあい」

「うう、バーサ……っ、うえ、うっうぅ。わ、わた、し、失恋しちゃったよ~~~」

「うちのマリオンお嬢様を振るなんて目が悪い男ですねぇ」

「……そういう時は、目がないって言うんだよ」

「そうですねぇ、眼医者さ行かんとですぅ」

「……うん」


 まったく、昔っから、面白え乳母(おんな)である。涙が秒で引っ込んだ。


「お嬢様、失った恋で傷付いた心は、新しい恋で癒すもんですよぉ」

「……私には無理だよ、そんなの」


 ありきたりな慰め文言をマリオンが突っぱねると、バーサの目がカッとかっぴらいた。


「なあにが無理なもんですかぁ! ゼイビアの倅っこも、ストックウェルの八番目も、エイミーの孫も、みぃんなお嬢様と結婚したいって言ってるですぅ!! ああ、うちのお嬢様は人気者でモテモテですぅ!!!」

「バ、バーサ、叫ばないで? 見つかっちゃうから」


 マリオンは「しー」と口に指を添えるが、興奮したのかバーサは「ジョンソンも、ダラニーも!」と領民の名を口々に叫ぶ。

 

 バーサの言うゼイビアの倅っこは五歳とストックウェルの八番目は三歳だし、エイミーの孫は一〇歳だし、そもそも女の子だし。

 ジョンソンとダラニーに至っては八八歳と九〇歳。


 モテるって言っても、幼児と老人はノーカウントだし。


 と思いつつ、まだ幼児と老人の名を叫ぶバーサをマリオンは「どうどう」と言って止める。

 が、興奮し過ぎたのか、今度はバーサが泣き出した。

 相も変わらず、起伏の激しい乳母である。


「う、ううう、オラ方のお嬢様は人気者ですぅ、ううっ……」

「うん、うん。皆が私のこと好いてくれてるのは分かってるよ。もちろんバーサもね。いつもありがとう」


 ふと。よしよし、と撫でていたバーサの丸まった背中からパサリと肩掛けが落ちた。


 ああ、拾わなければ、と屈み、どどめ色の肩掛けに届いたその時、マリオンの手に大きな手が重なり、ぎゅっと掴まれた。


「──捕まえた」

「……ジーノ様」


 どうやら、追いかけっこはたった今、終了したらしい。


 そして、「あっ」と思った時には、先ほどまでえんえん泣いていたバーサがこの場から消えていた。


「え、え、バーサは……?」

「先ほどまでいたご婦人なら、ものすごい速さで走って行ったぞ」

「え、あ、そ、そうですか」

 バーサ、妖怪か……?

「ああ」

「……」

「……」

「……」


 気まずい。

 すっごい、気まずい。

 どれくらい気まずいかというと、二年前に振られた男(未練アリ)と二人きりになるくらい気まずい。

 ……あれ、例えになってないな?


 そんな気まずい沈黙を破ったのは、二年前にマリオンを振った男だった。


「……ゼイビアの倅と、ストックウェルの八番目と、エイミーの孫と、ジョンソンとダラニとやらには、まだ正式に求婚されてないんだよな?」

「え? ……ん? はい?」


 マリオンは、ジーノの質問の意味が本気で分からない。


 しかし、「どうなんだ?」と、切羽詰まったような声で問われては答えざるを得ない。


「ロブちゃん……えっと、ゼイビアさんの息子さんには──」

「求婚されたのか!?」

「えーっと、多分?」

「どうして疑問形なんだ……」


『けっこんしようね』に対し、『いいよ~』とは返したが、ロブはまだ三歳児だし、マイミにも『けっこんしようね』と言ってたし……って、あれ? リンダとユリヤにも言っていたような……?


「どうして、と言われましても」

「マリオンは、そのロブって野郎が好きなのか?」

「え、はい、もちろん好きです。大事な領民ですし」

「……領民。そうか、領民か……」

「それに可愛い盛りの三歳ですしね」

「……さんさい」


 ホッと、安堵の息を吐くジーノに、マリオンは首を傾げる。


 というか、それよりも気になっていることがある。


「あ、あの、ジーノ様、手を……は、離してもらえませんか?」


 そう、七七七文字前の「──捕まえた」から、ずっとマリオンの手は掴まれたままなのである。

 ちょっとちょっと、やめてくれない? ドキドキするじゃないの! な気持ち、お分かりいただけるだろうか?

 こちとら、イケてるヤングなメンズと手なんて繋いだことのない初心者ぞ。控えおろう、控えおろう……と、無理やりふざけてはいるが、マジレスすると、片思い歴が延びるのが嫌なのでやめてほしい。


「嫌だ」

「……ジーノ様は、私の告白を迷惑がってましたよね? こういうことすると、また二年前みたいに告白されるって想像できないんですか?」


 まあ、しませんけど。

 と、マリオンが心の中で嘯いていると、今度は両手で手を握られた。


「あわわわわ……」

 せっかく毅然とした態度で話せていたのに、台無しである。


 ああ、この後、ジーノに『金貨三枚貸してくんない?』と言われたら貸してしまいそう。

 チョロいマリオンはそんなことを本気で思った。本当に台無しだ。


 恋心とは本当に厄介なものである。

 さっさと賞味期限が過ぎて腐ればいいのにいつまでも新鮮で、腐る予兆もない。

 そういえば母の恋心の鮮度もすこぶるいい。もしかしたら遺伝かも知れない。

 似るなら外見のほうがよかった。初恋冷蔵庫がキンッキンに冷えてるところが似てても嬉しくないし、いいことなんて一個もない。


 でも、金貨一〇枚までなら貸せるかなあ。


 返ってくる保証はないが、無利子でいいくらいにはまだ大好きなので、『惚れたほうが負け』というのは真実である。


「で、いくら──」

「すまない。卑怯なことをして……」


「ほ……え? え?」──欲しいんですか? と、言いかけたマリオンは、美少女にしか許されない言葉が口から漏れ出た。

 話は脱線するが、例の言葉(「ほえ?」)を普段遣いしている者は、魔法のカードを集める美少女以外、即刻やめなさい。自称は絶許だ、ギルティ。異論は認めない。


「図星だ。マリオンの言う通り、()ってほしいという気持ちがあった」

「ん……? え? それって……つまり?」

「ああ」

「お金貸してくれってことで合ってます?」

「……合ってない。どうしてそうなる。……分からないか?」

「? すみません、分からないです」


 マリオンが首を傾げると、ジーノは眉根を寄せて不機嫌顔を見せた。

 これは、二年前、マリオンが彼に告白しまくっていた時と同じ顔である。

 ああ、そうだ。確か孝輔もこんな感じの表情をしていた。


「マリオンのことが、す、好きなんだ……二年前、ずっと酷い態度を取って悪かった。好きだと自覚してから恥ずかしくて上手い対応ができなかった……」

「ジーノ様」


 マリオンはジーノに握られた手を握り返し、ジーノはマリオンに微笑む。


「マリオン……」


 感動して目が潤んでいるジーノにマリオンは、こっくりと頷いてから宣った。


「で、借金はおいくらですか?」




 残念なことに、マリオンは転生チートを手に入れたことと引き換えに、盛大に拗らせていた。




 ◇◇◇




 さあさあ、それから一年と半年後。


 レグロス領は更なる発展を遂げていた。


 うっしっしー大佐の生き別れの妹である『モー子ちゃん』を生み出したことと、レグロス領で無駄に多く収穫されるトウモロコシ、サツマイモ、リンゴのお菓子と料理展開が大成功を修めたのだ。


 麻里が食いしん坊だったおかげで、レパートリーは底を尽きない。


 最近、目論んでいたレシピ本の出版が決まったマリオンはますます忙しい。


 ゲハゲハ!!!!



 ◇



「──サミュエルが来たわ!」

「え~? そぉ?」

「来たもんっ! 馬車の音がするもんっ!」


 モー子ちゃんの胴体を編んでいたセディが、窓に駆け寄り「ほら、やっぱり!」とはしゃいだ声を上げる。


 正式に第七王子・サミュエルの婚約者となったセディはますます可愛らしくなり、あの理知的な第七王子が形無しになるほどメロメロになっている──恐るべし、傾国の遺伝子。


 セディも第七王子のことを憎からず思っているようで、この二人は心配いらないなと家族共々安心している。


 しかし、この物語は一応マリオンのもの。

 可愛いセディの話が気になって仕方ないとは思うが、ここいらでマリオンの現在について語ろうと思う。


 だが、まあ、心して聞かなくてもいい。


 悲しいかな、マリオンは未だ、ジーノが自分のことを好きだというのは金目当て以外にないと思い込んでいる。

 こんなマリオンの様子に周囲は、ああ、これは上手くいかないだろうなあ、と諦め気味。

 恋愛脳がフォーエバーな母までも『男だけが全てじゃないわよね~』と言い出すし、『マリオンお嬢様の孫を拝むまでは死にきれないですぅ』と言っていたバーサも、『坊ちゃん方の孫でもいいですぅ』と放任モード発動。

 まったく、有難いことである。


 しかし、ここで諦めない姿勢を見せた者がいる。


 ジーノだ。


『お嬢様を泣かせたクソ野郎』という有り難くない称号を賜った彼だが、第七王子が婚約者に会う為にレグロス領にやってくる度に同行し、『え? 三年前の塩対応はなんだったの?』と思わせるほど熱心にマリオンに求婚するようになったのである。


 そうなったら、どうなるか。


 はい、思考タイム、スタート。


 ・

 ・

 ・


 思い出したかい?


 そう、マリオンはチョロ……ではなく、根っから素直なのだ。

 実は拗れたふりをして、心の奥底ではとっくにジーノを受け入れていたりする。

 ……ただ、そのことに本人が気付いていない。

 それくらい、マリオンは拗れていた。


 ここまできたら、もう呪いみたいなものだ。


 解呪はいつになるやら……。



 ◇



「セディ、来たよ!」

「サミュエル! いらっしゃい!」

「会いたかったよ!」

「わたしも~~!」


 まるで感動の再会のようだが、この二人は先月も会っている。


 第七王子は普通なら公務に携わっていない年齢なのだが、この王子は別格に優秀。マリオンが王宮で働いていた時に聞き及んだ話では、兄王子の執務を半分以上をも担っていたりするので、今現在、王宮が修羅場になっていないことを祈るばかりである。南無。


「マリオン」


 マリオンが心の中で南無阿弥陀仏ラップを歌っていると、はちゃめちゃに好みの声がマリオンを呼んだ。


 振り返れば、マリオンが一等好きな桃色のチューリップを持っているジーノがいた。

 あ~やっぱり好き──今日も今日とて冷蔵庫はキンキンだ。


「あ、ありがとうございます……私、お花の中ではピンクのチューリップが一番好きで……」

「ああ、教えてもらった。可愛い花だな、マリオンに似合ってる」

「…………」


 嫌味を言う母や、話があっちこっちに飛ぶセディや、言い間違いが多いバーサからリサーチしたのかと思うと、ツンと作った澄まし顔が崩れそうになる。


「…………?」


 ふと、ニヤけ顔を我慢する自分の顔が、ピカピカに磨いた窓に映るのを見たマリオンは「ぶはぁっ!」と吹き出した。


 ── 窓に映る自分の顔は、告白された時の彼によく似ていた。


 そして、ひとしきり笑ったマリオンはジーノに勢いよく抱き着いた。


「ん? え???」と、混乱するも、ジーノは一歩も後退することなく受け止める。


「マ、マリオン?」

「ふふふふふ」


 ……そうか、彼の不機嫌顔はただの『照れ』だったのか。


「大好きです! 結婚してください、ジーノ様!」


 ──マリオンにかかっていた呪いが解けた瞬間だった。




 ◆◆◆◆◆




 その年、マリオンとジーノの結婚式は超特急で行われた。


 マリオンとジーノ的には、こぢんまりとしたものにしたいね、そうだな、とほのぼのと話していたのだが、姉に負けず劣らず(というより圧勝)なシスコン・セディが、第七王子とまだまだ恋愛脳黄金期の母を唆し、それはもう盛大な式となった。


 たかだか男爵位で十人並みな容姿のマリオンと、一代限りの(ナイト)爵の息子にこんな派手な式は分不相応だ、と何度言っても聞かず、挙げた式の回数は三回。

 内訳としては王都一大きな聖プレッシー教会で一回。レグロス領で二回。この二回がマジで意味が分からないが、母曰く『着せたいドレスが結婚式一回じゃ無理だったのよ~~』らしい。

 なるほど、分からん。本当に分からん。おそらく、母とは一生分かり合えないだろう。


 そんなこんなで無事に(?)結婚式は挙げられたが、結婚式の準備で丸二か月会えない期間が発生し、その後の片付け、挨拶回りでと忙しかった二人は、反動で頭に『バカ』が付くほどのカップル、ではなく夫婦になった──どれくらいバカかというと、近くに寄ると砂糖を吐くくらいの『バカ』。領地内で手を繋いで歩くのはデフォ、屋敷内ではお姫様抱っこで移動、食事は食べさせあいっこするくらいの『バカ』。普段空気の父にすら、『ちょっと控えようね』と言われるも、聞きゃあしないラブラブっぷりを見せる『バカ』。


 それでもしっかり仕事はするのが、この二人のすごいところ。


 転生チートをぶちかまして様々な商品や祭典やレシピを生み出すマリオンと、レグロス領の無駄に余っている広い土地に、愛する妻の為にチューリップ畑を作って、後に有名な観光地へまで成長させるという有能っぷりを発揮するジーノ。


 互いにハニトラが仕組まれるも、鼻で笑い撃退した二人は向かうとこ敵なしの最強夫婦となった。


 そんなバカで最強な夫婦の子供は、四人。全員女の子。


 マリオンが『若草物語ひゃっほーい!』と喜ぶ一方で、いずれ他の男のものになることを考えてしまったジーノはメンがヘラった。しかも、『お父様と結婚する』なんて言う娘が一人もいなかったことにイジけたりしてる。それはマリオン大好きオーラを出している自分のせいなのに、まったく困った父親である。

 そんな困った父親のルビになったジーノは、マリオンの父のように空気ではなかったので、娘達の恋愛物語にとってはかなりウザい存在となったりする。

 ……が、それはまた別の話(頑張れ、ジーノ)。


『お父様ってウザいよね~』『ね~』『ほんとウザい、無理〜』『分かる〜お母様に相談しよ~』な娘達は全員漏れなく、マリオンの初恋冷蔵庫がキンッキンに冷えてるところを引き継ぎ、周囲を巻き込む恋愛劇場を繰り広げ、最終的に幸せになりましたとさ。おしまい。




【完】

今回は感想欄を閉じさせていただきます。ごめんなさい。

ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。

麻里ちゃんの旦那様は「こーちゃん♡」でした、っていう設定を作中に入れられなかったのでここに書き捨てていきます。

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