★★☆ 来世は傾国の美少女に生まれ変わりたい
領を盛り上げ、お金を稼ぐと決めたあの日から二年。
マリオンは二〇歳になった。
行き遅れの扉を開きかけているが、麻里の記憶を持っているマリオンはちっとも焦っていない。むしろ結婚する気はないので無問題。全然強がってなんかいない(…………ちょこっとしかしてないので、この話はもうしないでほしい)。
さて、編みぐるみと立体刺繍の事業だが、大成功を収めた。
制作が領民出身者のみという選抜メンバーの為、大量生産はできないが、それ故に付加価値がド偉いことになっている。
しかも、なんと先月、流行の先駆者と名高いホックシールド公爵夫人が自身のサロンにて、マリオンの刺繍をべた褒めしたらしく、注文の手紙が殺到している。予約は来年の夏まで埋まり、嬉しい悲鳴だ。
人員と稼働時間を増やせば、もっと多く作れるのではないか? と、言われることもあるが、そんな有り難くないアドバイスを聞くつもりはない。大事な領民達に無理はさせたくないのだ。
それに、麻里の記憶が言っている『ブラック企業だめ、絶対!』と。
そんなわけで、制作メンバーには無理なく作業を続けてもらい、マリオンは記憶を頼りに新しいデザインを考案している。
加えて、レグロス領で無駄に多く採れるトウモロコシでポップコーンを作って味展開したり、これまたレグロス領で無駄に多く採れるサツマイモで大学芋や芋餅を作ったりと、領発祥の美味しいスイーツを考えるのに忙しい。
仕事が増えて大変だが、最近では仕事がないからと領を出て行った若者達が帰ってきてくれて、領には活気が戻った。
というか、前よりももっと活気づいている。
なんと、レグロス領は現在『住みたい領ランキング八位』の領なのだ! えっへん!
……え? 八位程度で自慢すんなよ、て? いやいや、二年前までランキング圏外でしたから、自慢していいんですよ。というわけで、マリオンはこれからも自慢する!!
そして、この度、弟のピーターが王都にある学園に入学が決まり、特別進学クラスへの在籍が決まった。入学式は来月だ。
合格通知が届いた時、ピーターは本当に嬉しそうだった。
『立派な研究員になる為にしっかり学んでくる』と言った彼を、マリオンは生涯忘れることはないだろう。
王宮の研究員になる為にはお金がかかるので、頑張って稼ごう! と改めて決意したところだ。
さあ、目標が定まったマリオンはにこにこ顔で、昨年から存在するレグロス領のご当地キャラである『うっしっしー大佐』を編む!
このうっしっしー大佐は、弟妹達と領の子供達と一緒に考えて生み出した最高に可愛い牛のキャラクターである。
なぜ『大佐』を付けたかと言うと、双子ら曰く『かっこいいから!』だそうで、正直、マリオン的には『なるほど、分からん』という感想なのだが、多数決でも『大佐がいい!』という案が出たので採用に至った。
結果は、これまた大当たり!
子供ってすごい!!
お遊びで作ったうっしっしー大佐の編みぐるみは、口コミで話題を生み、王都ではプレミアが付いているらしい。
某〇国のようなパチモンや、メル〇〇のような転売が心配なので、本物である証明書とタグなるものを付けたのだが、これがまたまた話題となり、真似する商家が続出している。
まさに、転生チート! 万歳である!
「完璧! 完璧な人生だわ! 私ってば、商才があったのね!」
前世の記憶のおかげなのに、何言ってんだ? なんて目で見ないで上げてほしい。
いいじゃないか、少しくらい調子に乗ったって……。だって、調子に乗らないとやってられないんだもの……。
──つい二か月前。第七王子・サミュエルの嫁にどうか、と打診があったせいで、マリオンは絶賛やさぐれ中だ。
そりゃあ、第七王子は王妃似で見目麗しく、すでに三カ国語も話せる神童で、下の者の話にもきちんと耳を傾ける人格者。
加えて、害獣問題における対策で功績を修めている彼は、将来的に侯爵位を賜ることがすでに決定している。
そんな素晴らしい第七王子は、流浪の踊り子だった第三側妃の御子で立場が弱いにもかかわらず、悲壮感なく飄々としてる様で『人生何周目なん?』という感想を抱かせるお方だ。
……婚約の打診は、二年前の男爵家には起こらなかった奇跡と言っても過言ではない名誉なことで、マリオンがやさぐれるのはおかしい。
だけれども。
「婚約の打診は、セディへのものなんだよねえ……」
マリオンは作りかけのうっしっしー大佐に呟きながら、大きな溜め息を吐く。
現在のセディは九歳。
既に九歳とは思えないほどに『美』が完成されており、将来は母のような傾国の美女になること必至。
末っ子らしい素直さと明るさと、父譲りの心根の優しさで、レグロス領でセディは『初恋泥棒姫』と呼ばれている。恐ろしい子……!
加えて、マリオンの暗躍のおかげで、レグロス男爵家は第七王子と縁を結んでも遜色ない資産持ちになった為、多額の持参金が用意できる。
「別にね? 姉である私より先に婚約者が決まる妹が羨ましいってわけじゃないんだよ?」
ちょっとしか。
と、聞こえないくらいの音量で呟くマリオンである。
「それに、まだ打診の段階で、返事は待ってもらってるし。あ、でもね、私は第七王子様は悪い方ではないと思うんだ。ぶっちゃけ、第一王子様よりも聡明で思慮深いと思うの。一度、メイド時代に話したことがあるんだけど、輝くオーラに圧倒させられちゃった。あっ、あと、第七王子様とセディと並んだ時のこと考えると滾るんだよね。なんて言えばいいのかなあ、クリエイティブ心を擽られるって言うの? セディと第七王子様の編みぐるみ、セットにしたら売れると思うんだよねえ。服とか作って、着せ替えとかできるようにしたら、ウハウハを通り越してゲハゲハしちゃうんじゃないかな。ねえ、うっしっしー大佐もそう思うでしょ?」
と、目の前のつぶらな瞳の編みぐるみに話しかけても、当然返事はない。
「…………ま、いっか! だって、生涯独身の私が考えても仕方ないもん。いくらぼんやりだからって、お父様が何とかするし。ね、うっしっしー大佐!」
こうしてマリオンは考えることを遥か彼方へ放り投げ、うっしっしー大佐の胴体作りに励むのであった。
しかし、この時の『ま、いっか』的なズボラ思考を、マリオンは一週間後に後悔するのである。
◇◇◇
その日は、唐突にやってきた。
第七王子と、その親衛隊がレグロス領にやってきたのである。
「…………」
きらっきらなオーラの第七王子のご尊顔の前にて、マリオンの顔色は真っ白だ。
婚約の打診の返事が来ないことに痺れを切らし、王都から五日もかかる田舎にやってきた第七王子の行動力に顔色を無くしているのではない。
第七王子の後ろで、紺色の騎士服を着てマリオンをじっと見つめている男に絶句しているのだ。
マリオンをじっと見つめている男。
それは、二年前に心の中でさよならを告げたジーノだった。
マリオンはその目に気が付かないふりをして、膝を折りながら口を開く。
「お、王国の小さき第七の太陽に、王国の臣下であるレグロス男爵家より第一女・マリオンがご挨拶をさせて、い、いただ、だだだきまするるるん」
噛んだ。
そして、語尾を盛大に間違えた。
恥の多い人生過ぎて辛い。
だが、麗しの第七王子は、怒ることも嗤笑することもなく、「久しいね、マリオン」と言って、マリオンの間違いをなかったことにしてくれた。器の大きさが違う。……人生何周目なん?
この間も、ジーノの視線が痛い。
ちらり。
目を向ければ目がばっちり合い、慌てて逸らし、ふと彼の視線の意味に気が付く。
ああ、なんだ、いつものあれか、と。
マリオンの右側には五人の子供がいるとは思えないほど美しい母。
左側には物語に出てくるお姫様を体現したかのような初恋泥棒姫。
つまり、彼は『がっかり』しているのだ。
傾国レベルの容貌の母の娘ということで幼かったマリオンはいつも大人達からこんな顔を向けられたし、セディと並んで歩けば、同情の目を向けられる。
レグロス領ではそういう目は稀だが、他領ではあからさまな視線を向けられる。最悪、マリオンはセディの従者に間違えられることさえある。
でも、マリオンは、そんなことで腐ったりなんかはしなかった。
そりゃあ、もう少し鼻が高ければなあ、とか、目が大きければなあ、とか思ったりはしたけれど、そんなことは女の子なら誰しも一度以上は思うことだ。なんなら男の子だって思うだろう。
でも、やっぱり。
……好きな男にがっかりされるのはキツイ。……マリオンの顔が母に似ていたら、この人は自分の告白に、笑顔で是と答えてくれただろうか。
麻里も、マリオンも、良く言えば『一途』だが、悪く言えば『しつこい』。
たった二年じゃあ、まだ『好き』はなくならない。
視界に入れないようにしても見たい気持ちを抑えられないマリオンは、やはりしつこいのだろう。
第七王子と会話しながら、マリオンは自分の重さにこっそりと落ち込んだ。
◇
「──では、セディ嬢。行こうか」
「はあい」
なんとまあ、可愛らしい二人なのか。
マリオンは、先ほどの落ち込みをふっとばし、第七王子にエスコートされる妹を目の当たりにし、きゅんきゅんぎゅんぎゅんしていた。
母も、セディが嫌がっていない様子を見てにこにこしている。え? 父? 父は空気なので気にしなくてもいい。
ちなみに双子は今朝早くから領の子供達と遊びに行っていてこの場にいない。……自由である。しかし、そこがこの家族の良いところ。
というわけでマリオンも家族の自由さに倣ってそろりと場の退散を目論む。
どうせ第七王子の目当てはぎゃんかわな妹なのでマリオンはいなくてもいいだろう。
それに、付き添いは傾国の美女と綽名されている母。これで文句が出るなどあり得ない。
それに、今日は新スイーツを乳母のバーサと一緒に食べる約束をしているので忙しいのだ。
さあ、その新スイーツとは、領でこれまた無駄に多く採れるリンゴで作った焼き菓子である。
試作に試作を重ね、アレンジでナッツを入れたアプフェルシュニッテン風の焼き菓子は当然前世の記憶を頼りに作ったが、これが試作段階から大絶賛!
この前なんて三つ隣の領の大人気のお菓子職人さんからお褒めの言葉をいただき、まいったねこりゃあ、な状態ではあるのだが、まんざらでもないんだな、これが。
その内レシピ本を出版して、ガッポガッポ儲けるつもりなのでよろしくぅ!
とまあ、こんな感じでマリオンは毎日とっても充実しているので、ジーノに未練なんかない。
ないったらない! ないのだ! と、マリオンは自分の心に言い聞かせる。
……でも、ちょっと見てから行こうかな~~~。
なーんて、そろ~~~っと振り向いたのがいけなかった。
「!」
に、睨まれてる。
誰にって、ジーノに。
誰がって、マリオンが。
それはもう、ギンッと音が出そうなほどの鋭さで睨まれている。
「……おーまいごっど」
そしてマリオンは、またまた思い出した。
高校の卒業式の日、孝輔もこんな風な視線を麻里に送っていたことを。
だから、マリオンも逃げることにした。
あの時の麻里のように。
「今世で徳を積みまくって、来世は傾国の美少女に生まれ変わってやる~~~!」
ちくしょ~~~! と叫び廊下を走り抜け、仲良くお手手を繋いでいる可愛い二人を追い越した時、第七王子の「頑張れよ!」が聞こえた。
友人に語り掛けるようなフランクな言葉遣いに、マリオンが首を傾げたのはほんの一瞬のこと。
なぜなら、ちらりと後ろを振り向いた際、怖い顔でこちらに向かってくるジーノを見てしまったからだ。
かくして、マリオンとジーノの追いかけっこが始まったのである──
──と、思いきや、始まらなかった。
意外なことにマリオンは、ジーノから逃れることができたのだ。
これは屋敷で働いている者達の協力が大きい。
思ったよりも、マリオンは慕われているらしい。
まあ、お給金をアップし、福利厚生がいいので当然っちゃ当然なのかもだが。
かくして、マリオンとジーノの追いかけっこは早々に終了したのである。