第三話 データセンターの怨霊退治
ようやく、ようやく書き上がった……
短編のはずが、気づいたら中編になってたのはご愛嬌(笑)
物の怪憑きの彼女の件が終了してから数ヶ月後。
俺は、いつものルーティンで表の仕事を偽装しながら、会社の裏仕事をこなしていた。
物の怪憑きの彼女とは、どうなったかって?
部長と彼女の両親と話し合ったそうなんだが、彼女が元気になったということで俺との縁談は無しということになり、新しい生活と、より良い男性との縁談を探すことになったと。
部長からは、すまなかったなと一言貰っただけで、後は放置(万年ヒラな無能社員のことなんぞ知ったこっちゃない、できる部長だからか)
「田無、次回の出張案件なんだが」
課長が話しかけてくる。
今回も表に見せかけた裏の案件なんだろうなと思った俺は、
「今回は、どこで、いつまでですか?来週ですと、あまり準備期間がとれないんですけど」
課長の説明では、**県の××郡//村で、かなりな過疎地域らしい。
「課長、そんなところに会社事務所なんてあるんですか?宿泊するホテルすらないような場所じゃ出張作業なんて無理ですよ」
「いや、それがな。とある大きな地方銀行組織のデータセンターなんだと。周囲に宿泊所も何もない場所なんで、少し離れたところに宿泊施設があるんだとさ。依頼してきた会社が、うちの総務部長と知り合いらしくてな。お堅い組織なんだが、設備の入れ替えをやりたいと向こうから言ってきたそうだ。期間は一ヶ月を予定してるんだと」
一ヶ月……
けっこう長い案件だな。
俺は課長と、その案件について詳しい話をする。
総務からの話だということで予想はしていたが、少しばかり厄介な案件だと詳細なことを聞いて分かった。
かなり厄介な霊障が頻発しているとのこと(こっちへ来ている案件としては大規模なサーバ設備の刷新作業)で、こいつは俺一人でも対処は可能だと思うが一ヶ月では無理かも知れない……
「課長、設備更新は一ヶ月で可能だと思うんですが、そこからソフトの刷新と入れ替え・適正化が厄介なものになりそうですね。まあ、人数かけても納期短縮は無理だと思うんで、設備更新と入れ替え作業は人数かけて一気に済ませ、後は俺が担当しますよ、いつも通りですけど」
俺が作業説明し、終了時期は二ヶ月ほど伸びるのは予想してくれと頼み込む。
課長は、仕方ないなぁという顔をしながら、
「田無のキャリアと作業経験からの予測だと、かなり正確なタイムスケジュールになるのは今までに経験済みだからなぁ……総務部長からも最長で半年以内なら大丈夫だと向こうも言ってるからとのことで、そのスケジュールで行こうか」
ということで数週間後、俺と作業員10名ほどのチームは、ド田舎というのもおこがましい廃村跡に建てられた巨大なデータセンターに来ている。
この建物を建てるため、近くもない高速道路から無理やり簡易インターチェンジを作り、村道から山道へと続く道路すらも巨大建機が通れる巨大道路に変えてしまうほどの工事を計画した銀行組織の金力(権力もあるんだろうが「金力」だよなー、これ)の物凄さに舌を巻く。
ただし、この巨大道路の行き着く先は、このデータセンターしかないため、途中にコンビニも土産物屋も某道の駅もない。
高速道路を降りると後は終点のデータセンターまで途中休憩することすら考えていないという、とんでもない設備と道路だ。
まあ、俺は、この道路上に休憩場所のない理由も想像がついたんだが(裏の仕事に関係あるんだろうなー、多分)
作業員達に、客先に挨拶してくるんで待っててくれと言い、俺は客先の担当者に会いに行く。
「はじめまして、〇〇銀行協会センター主任の××と申します。設備入れ替えが大規模なので、今回は大人数が宿泊できるように申請してます」
宿泊場所は確保してくれてるということで、俺は待たせてる作業員たちに先に宿泊所へ行ってくれと説明する。
俺は実作業の打ち合わせと、それにも増して重要な裏作業の打ち合わせにも参加しなきゃいけないので、これから数時間は客先との打ち合わせが続くだろう。
次の日から表の作業が始まる(裏作業は今回、表作業が終了してからと客先からの申し出があった)
まあ、作業自体は昼の間に行われるので実害は無いとのこと。
霊障が起き始めるのは、決まって深夜になるのだそうだ。
サーバシステムの大規模入れ替え作業そのものは順調に進み、予定通り一ヶ月ほどで終了する。
最終日に電源システムの確認とOS、データ収集・バックアップシステムの動作確認までを行い、客先に引き渡す。
さて、ここからが俺の出番。
「××主任さん、これで表……依頼の案件の半分は終了しました。これからは私、田無の出番となります。早速ですが詳しいことをお教え願えますか」
主任さんが語ってくれたことにゃ……
穢土時代と言うから、もう少なくとも400年くらい昔の話。
今では廃村となっているこの村にも、数十戸の家があったそうな。
そこを仕切っていたのは、村長を兼ねていた村の豪農の家。
今から見ると酷い人権無視の、村長家やりたい放題という、いわば独裁主義の村だったそうな(まあ、この時代、土地を持たない小作農が大半で、小さくとも自分の田畑を持ってる自作農は少なかったというから、土地を貸してもらってる村長家に反抗できる者が少なかったんだろう)
で、そこに村の外から嫁いできた女性が。
村長の息子の嫁ということで遠い親戚の女性だったらしいのだが、普通に「女中が増えた」くらいの感覚で、こき使われていたらしい。
時代も時代ということで、そのくらいなら音を上げるような女性ではなかったんだろうが旦那の女癖が悪すぎた。
あっちにもこっちにも「手かけ」(いわゆる妾のこと)の女を作り、挙句の果に、その女との子供まで妻に丸投げする始末。
間の悪いことに、その女性、いつまで経っても子供ができなくて、家では「石女」呼ばわり、外では指をさされて酷い噂を流される……
10年は我慢したらしいが、あまりの虐めと重圧、旦那との仲も冷え切った挙句、嫁は台所で首をつった……
それから数日後、村長家では夜な夜な、怪しげな狐火や人影、亡くなったはずの嫁の姿などが夜になると現れることとなる。
旦那、村長、そして一家のものは少しづつ狂気に染められていき、一年後には村長が一家惨殺を、息子が村民の7割を超える者を鉈と斧、そして家宝の刀で次々と斬り殺していくという聞くも無残な結末を迎えてしまい、それなりに栄えていた集落は一気に廃村となる。
そこから300年以上が経ち、地方再開発の話が持ち上がったが、その時点ではリゾートエリアとか温泉とかの話ばかりで、現れては立ち消え、消えては現れという風なものだったらしい。
役所も再開発の話を忘れかけていた頃に、地方銀行の団体が災害対応ということで大規模なデータセンターを建てたいという話が知事のもとに飛び込んできたのだそうだ。
話を詳しく聞くと、だだっ広い空き地が必須で、できれば山間が……
ということになり、候補地を探すと、忘れられた廃村のことを思い出した市役所の担当者が。
書類を見ると、私有地ではなくなって久しいのでデータセンター誘致に問題なしと。
それから誘致のための道路も作り、廃村近くの田畑(荒れ地だった)を潰して平地に。
広大な空き地を用意して銀行協会の了承もとり、あっちこっちに手を回して大きなデータセンターを建てた。
建ててから10年ほどは何もなかったんだが、それから異変が起き始める。
最初は誰もいないはずのデータセンター内に人の話し声や足音が聞こえるという七不思議じみたものに過ぎなかった。
時間が経つにつれ人影が見えたり、監視カメラに怪しげな影が映ったりするようになったとのこと。
「この頃では更に進んで、人影どころじゃない人間の姿まで見えるという者まであらわれまして。それでなくとも深夜番を断る者たちが増え続けて、この頃では警備員すら雇えなくなる始末でして。警備会社に相談しても、ここは問題物件としてブラックリストに載ってるそうなんです」
大変ですなぁ、と同情はするが、こちらも仕事だ。
「では今夜から私が深夜番を勤めます。私の仕事上、他人がいると障害に成りかねませんので夜半過ぎたら誰もセンター内にいないようにしてください。霊障の原因も最終的には分かると思いますが、それまでは夜は私一人の体制を絶対に厳守してください」
「そこまでやらないとダメですか?」
ここの体制として必ず二名づつの行動班を作って行動するのが基本だと言われたが、俺は断る。
「これは異常な状況ですので私以外には対処不可能です。多分ですが、格闘技専門家だとしても使い物に成りませんよ」
そう念押しして俺のみで深夜の見張り番をする事を了承してもらう。
さて、俺のみが現場に残る最初の夜……
本当に一人で大丈夫ですか?
という責任者さんたちの声もあったんだが、俺一人のほうが安全、確実ですと念を押して、夜間当直に入る。
一応、リモート監視はしてくれるということではあるが、監視カメラに何か不条理なものが映っても、警備員や警察が到着するのは最短でも一時間以上かかるってことで、実質、何も助けてくれない。
まあ、向こうでも徹夜でリモート監視は続けてくれるとのことで、連絡がつかない状況にはならないんで安心してくれと言われた(何かあっても現場には俺しか対応できるものがいないのが現実ではあるが)
巨大なデータセンターから人影が消え、俺一人になり、数時間後の真夜中過ぎ……
パキ、カチン、などというラップ音が聞こえ始めたので、俺は地下の監視室から出て、各階を見て回る。
室内でポルターガイスト現象やラップ音が酷くなるということではなく、廊下も室内と同様に音や人影が見えるという話だったので、俺は一つ一つ室内を確認することもなく、監視室で確認したラップ音と人影が映った監視カメラのある地点へ最短距離で向かう。
カメラの設置ポイントへ到着した俺は、そこで現象が起こるのを待つことにする。
巨大施設のため、一人でいちいち全ての心霊現象が起きた地点を回ってなんてのは無理だからだ。
果たして、待つこと十分ほどで、そいつが見えてくる。
パキ、カチン、という音と共に、ぼんやりと人のような影が見えてくる(ちなみに、懐中電灯はオフにしている。光を極端に嫌う霊もいるからだ)
少し待って、影が濃くなってきたところで、俺は動く(もう、この頃には目が闇に慣れ、小さな保安用LED照明の明かりでも俺にはしっかり周りが見えている。この目があるんで、暗視装置など不要なんである)
「恨みは深い、400年ってか……いい加減、成仏しないか?俺なら、あの世へ送ってやれるぞ」
聞こえているのかどうか分からないが、一応は声をかける(たまに、声に反応してくる霊もあるからな。こういう相手は力づくでなくとも対話で昇天してくれる)
うー……らー……
反応はあるようなんだが、発声がうまくいかないようで。
まあ、当たり前か。
いくら恨み骨髄に染みているとは言え、400年も経てば自分の体や顔、感情すらも抜けてしまっていることだろう。
残ったのは、いじめられた記憶と、その恨みを晴らしたいという、もう意固地を通り越して頑固一徹のような固着したとも言える一念!
「恨みを晴らそうにも、もう、村の人間は一人も残っちゃいない。子孫がいたとしても、もう遠くの町で暮らしてる。お前の恨みは、俺が受けてやるよ。そら、祟ってこい!」
その声が聞こえたか、人影が俺に向かって滑るように近づいてくる。
「来たか、恨みだけで数百年、辛かったろうな、お前も。さぁ、これで恨みの念もおしまいだ!あの世へ行け!」
俺は、近づいてくる人影、幽霊に向かい、拳を振るう。
ザク、ザクと、音が聞こえそうなほどに一発一発の拳で人影が薄くなっていく。
それでも、完全に消滅したと判断できるようになるまで、10分ほどかかった。
あ……り……が……
それが霊の断末魔だったか。
たぶん、あまりに深い恨みのゆえに、自分で自分が制御できなくなったんだろうな。
だから、自分を消してくれる者を探していたのかもしれない……
人影が消えると、ラップ音もポルターガスト現象もピタリと止まる。
今夜は、ここまでだな。
俺は、監視室へ戻り、リモートで常駐している遠隔警備員に向けて、
「今夜の霊障物件処理は完了!明日以降も、霊障物件が残る限り、私一人で対処しますので、夜間には警備人員を送らないようにしてください」
と報告を入れる。
了解!
という相手の声を聞き、俺は仮眠することとする。
これを一ヶ月間、繰り返した。
裏の上司である総務部長には毎日、詳しい報告をしているが、俺の上司である課長には定期報告で済ませている(まあ、怨霊退治なんて仕事、信じられんわな)
月イチの報告で、課長には、出張作業は順調に進んでいるけど、予定よりも伸びそうだとは伝えておく。
課長からのリプライメール(返信)でも、こちらも支障ないので仕事を終了させてくれれば良いとのこと。
総務部長からは、もう少し心配しているような、
支障あるなら助手を送るが?
という返事が来た。
そこまでトラブってはいませんと返事を返し、今回も頼むぞとリプライが来た。
二ヶ月目、怨霊というか怨念がパワーアップしてきた。
ラップとか白い影とかのレベルではない、筆記用具やフォルダ、紙類などの軽いものが中を舞いだし、人影どころじゃない明らかな人間型の幽霊が見えだす。
ただし、これも毎日、一体づつの登場が習慣となっているのか、決して団体さんでは出てこない。
俺にとっちゃ好都合、考えようによっちゃ不都合(出張が伸びる伸びる)なんだが、一日一体なら軽く対処できるので、その日の対処が終われば後は楽なのが嬉しい(俺以外は地獄だと思うが)
三ヶ月目、一応、これで終わるはずの最終段階。
さすがに二ヶ月も過ぎると、出てくるやつのレベルじゃなくて次元が違うのが出現する。
ポルターガイストも、もう紙や筆記用具とか軽いものじゃなくて、椅子も机も動き出す。
その後に登場する悪霊は、はっきりと顔立ちまで分かるほど。
ここまで恨まれるのも、人間として最低野郎だったんだなとは思いつつ、コイツラもバカ正直に毎日一体づつの登場なので、俺はそいつらを、あの世へ送ってやる作業を続けていく。
三ヶ月が過ぎ、もうすぐ100日。
そろそろ最終ポイントだなと思いつつ、担当さんに(昼間)もうすぐ怨霊の親玉のようなやつが出てくると思うので、それを退治すれば終わりですと告げる。
担当さんは、リモート監視で毎夜の激闘シーンを見ているため、俺に対して最敬礼でもしそうな雰囲気。
「はい!もうすぐ終わりということで、データセンター長にも伝えておきます!しかし、凄いですね、お一人でしょ?霊現象には最強の人材じゃないですか。もっと専門の会社行ったら稼げると思うんですけどね」
と言われたが、苦笑で返す。
確かに最強の人材ではあるが、これを表の稼業にはしたくないのも事実なんで。
「ははは、魔界とかある異世界なら、それもありでしょうけど。やっぱり、人間は普通に暮らすのが一番ですよ」
とだけ言っておいた。
色々あったが、最終日。
その日は、定時少し後から嫌な瘴気が建物の周りに漂うくらいになった。
これは……
「最終ボス、怨霊の親玉だな、こいつ。深夜前にご登場になるかも知れん、本当に最終日になりそうだ」
果たして、深夜過ぎには大規模なポルターガイスト含む心霊現象が起き始める。
丑三つ時には、深い恨みを残した表情もリアルに見える、強大な瘴気の塊のような怨霊の本体が現れる。
俺は、ピンときた。
こいつ、話が通じるかもしれない……
「はじめまして、怨霊さん。幽霊現象担当、田無敏夫と言います。怨霊でも凄いですね、400年とは……村すら滅んでいるのに、未だに恨んでいるわけですか」
「うー……あー……悪いな、数百年ぶりに人間と話すので、声をうまく出せない」
もっともっと時代がかった声で、それも随分とくぐもった声だったので、何を言っているか理解できるのに時間はかかったが、30分もすると意思疎通が可能となる。
よくよく話を聞くと、村が滅んだのは知っていたが、眷属となった死霊や怨念が多すぎて、恨みの晴らし先もなくなり、自分たちではどうしようもなくなって土地に縛りつけられる「地縛霊」化したらしい。
ところが、最近になって近くにデータセンターが建設され、作業員も多数来たので、なんとか自分たちを昇天させてほしいと下位の幽霊や怨霊を派遣したが、何もしてくれなくて落胆のあまり、データセンターそのものに恨みを移したのだという……
「大迷惑ですよ、こっちは。まあ、大半の下位霊はあの世送りしたんで、随分と恨みは薄れてるんだろうけど。残るは、根源の怨霊のあんただ。大丈夫、きっちりあの世へ送ってやるよ」
ということで、悪霊の親玉との最後の戦い。
さすがに、恨みの次元が違っているので、俺もかすり傷ではあるが、傷を負う。
作業着はボロボロになり、顔や手足は切り傷だらけで血がにじむ。
さすがに首はヤバイので死守するが、頭はヘルメットも傷だらけ。
一時間近く、相手のなすがままに攻撃を受けていたが、さすがにこれだけの攻撃を続けると相手の怨霊パワーも減ってくるのだろう。
「攻撃が弱く、浅くなってきたな。さて、ここらへんで攻守交代と行くか!」
俺は拳と蹴りを繰り出し、それがヒットすると同時に、強大な怨霊が徐々に小さくなっていく。
とは言え、強大な怨念が溜まりに溜まった数百年。
消滅一歩手前まで追い込むのに、相当の時間と手数を要した。
「はぁ、はぁ、はぁ……しぶといね、あんたも。本当にあの世へ行きたいのか心配になったくらいだよ……まあ、それも、この一発で終わりだ!」
最後の拳は、はっきりと手応えがあった……
朝の陽が上るまで、あと二時間もない状況で、怨霊のボスは消滅しようとしている。
「ありがと……これでようやく……」
それが最後の言葉だっと思う。
いくら怨霊とは言え、数百年は長すぎたよな。
成仏してくれや……
俺は、その日は最終報告で久々に現地出勤してきたセンター長に詳細を報告し、データセンターを出る。
センター長には、えらく感謝感激されて、これからも何かあったら、御社に依頼しますと言われたが、複雑だ(表の仕事ではなく裏だからなぁ……)
とりあえず総務部長と上司の課長には作業終了を伝え、今日は徹夜明けのため、休みをもらいますということで了承してもらい、近くの都会へ出て、一日過ごす。
次の日には通常出社し、総務から土日作業の代休を取れと催促されたため、次週から15日連休を取ることとなったのは言うまでもない。
「田無よー、せっかく本社へ戻ってきても、代休で15連休だって?絶対にお前じゃないと駄目だってクライアントがないから良いけれど、充電してこいよー」
課長の、励ましとも恨み節とも言えない言葉で、俺は長期休暇に入った……