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「ちょ、クロちゃん!?」
やってしまった。大事な試験当日、あんなところで寝ていた彼が素直に試験に受けるはずがなかった。
彼を幼少から知っている私が真っ先に感じとり、もっと慎重に対応するべきであった。
自戒の念はあと!とにかく先生への弁明をして、それから……。あぁもう!
「アテナ先生、すみません。彼も本当は……」
「フレイヤ」「わかっている。いつもすまないね。彼の強い気持ちや実力は私もよくわかっている。行きなさい」
アテナ先生。私が生徒であった時から本当に生徒たちのことをよく見てくれた尊敬する方
私の心を見透かしたように欲しい言葉を投げかけてくれる。
「ありがとうございます!それでは失礼します」
試験が終わったらまずは先生の前で土下座させよう。そう決意しながら教室を後にした。
さて、クロちゃんはどこに行っただろうか。
クロノスの性格上学校から出ることはない。きっとどこかで不貞腐れているだろうことを考えながら、脳内の地図を頼りに足早で探し始めた。
守神公専門学校 創始者の間
見つけた。
守神公を創設した神【オーディン】の像を囲うように歴代の創始者像が飾られている歴史資料室
そのオーディン像を前に座り込む男といえばクロノスしかいない
「クロちゃん!なんであんなこと……」
「おれさ」
今日は何かと会話がさえぎられるなぁ。というか振り返らずに話し始めるって、私が来るのわかってたのかい。
そう考えながらクロノスにボールを託した。
「さっきおめーが言ってたみたいに守神公に死ぬほど憧れてたんだよな」
姿勢を変えずオーディン像を見つめクロノスは話し始めた。
「実際入学したときはいろんな作品に介入することができて、主人公の気持ちに触れて本当に楽しいな。おれもいつかオーディンみたいに偉大な作品をいくつも手掛けていくんだ!って」
「そう、思ってた。」
クロノスをずっと見てきているからわかる。最初は本当に楽しそうに授業を受けていた。
ただ、それはあくまでも自身の理想に近づけていた間だけ。学校生活を過ごしていくうちに成績も落ちて行って、少しずつ授業を受ける態度も変わっていったのを見てきた。
「けど、実際には違った?」
そんなクロノスの言葉に相槌を打つ目的で言葉向けると少し頷く姿が映った。
「過ごしていくうちに少しずつその気持ちが薄くなっていくのを感じたんだ。先生たちはみんな口をそろえてこう言うんだよ。」
「『物語をいかに成立させるかを考えろ。』『整合性をとって観る人を楽しませる工夫をしろ。』『セオリー通りの介入をしろ』ってさ」
その指導は正しい。世の中にはありとあらゆる物語が存在し、そしてどんどん生まれている。
守神公というお仕事は、あくまでそんな数ある物語の主人公を守りながら作者の理想を形にすること。
過度な介入をすると物語が破綻し、人間世界の混乱を招く結果にもなりかねない。
私たち守神公は、あくまでお仕事であることを忘れてはいけないのだ。
「おれはもっと主人公たちの力になりたい!もっと魅力的な作品を作っていきたいんだよ!」
クロノスは語気を強めながら自身の気持ちを精一杯言葉にしてくれた。
本当にクロちゃんは昔からずっと変わらないな。
最初は同じような気持ちを持った人たちもたくさんいた。けど、みんな在学中にそんな夢は忘れていかに教えられたことを倣い、試験に受かるかを考えるようになった。
アテナ先生もそんなクロノスを買っているからこそ私に託してくれたのだろう。
だったらここからは私がクロちゃんをしっかりと導かないと。
決意を新たにクロノスの襟元へ手を伸ばした。
「は!?」
襟元を掴むと同時に間の抜けた声が聞こえた。
しかし、それに気を留めることもなく先刻のデジャヴのように彼を引きづり始める。
「お、おい!おれの話聞いてたか!?おれはもう守神公には!!」
「ダメだよ」
私は試験会場を目指し急ぎながら言葉をさえぎる。
「正直、私もクロちゃんの気持ち全部はわからないんだ。でもこれだけはわかる。あなたは絶対に素晴らし守神公になれる!」
守神公を目指し、実際に働いてみてもここまで物語に没入できる人はいない。それでも妥協しない彼を心から尊敬している。そんな本心から出た言葉だった。
「なんでそんなことわかんだよ」
「幼馴染だから」
しまった。ついとびっきりの笑顔が出てしまった。
恥ずかしくてすぐ視線をそらしてしまったけど、少し指先が温かくなっていくように感じた。
試験会場 蔵書の間
何とか間に合った。
お尻を気にしながら不貞腐れているクロノスと共に試験会場へと入室した。
今日は二回も引きづってしまったため、当分は襟元への警戒が強まりそうだな。
結構気に入っているんだけどな。
守神公本部がある王立図書館には敵わないまでもここ蔵書の間も相当な広さを誇る。
世界中の作品を収容され、普段は一般に図書館として開放されているが、試験などの際は棚をすべて宙に浮かせ試験会場として利用している。
入り口には受験者と試験官が列をなしており、列の先には腰の高さほどの台座が設置されている。
すでに試験は始まっている様子で、受験者は台座に自身のバイブルを設置し物語へと介入していっている。
試験会場の状況を整理し私たちが並ぶべき列を探し始めた時、多数の視線を感じた。
見ろよ、クロノスさんだぜ。
え?あのツーアウトの!?
この試験って合格率90%以上じゃなかったっけ?
よくまたこれたな。
恥ずかしくないのか??
受験者たちの視線とともに各処から罵倒する声が聞こえる。
守神公は本来、在学中に単位を取っていくことでほとんどの生徒が認定できるカリキュラムとなっている。
なるほど、そんな中で二度も試験に落ち、三度目の挑戦をしようとするクロノスは格好の標的ということか。
クロちゃん学校でいじめられてなかったかな……
状況を理解し、つい親御心を向けながらクロノスを心配する。
しかし、そんな気持ちを抱えながら向けた視線の先には輝きに満ちた瞳があった。
「フレイヤ、やっぱここはいいよな。大量の作品たちが眠ってる。」
「受かっても落ちてもここに来れなくなるって思うとなんかさみしくなるな」
クロちゃんは悪くない。気にしないでね。
どうにか逃げ帰ってしまわないよう、励ましの言葉を考えていた自分を恥じた。
まさか罵倒する声が聞こえなくなるほどに物語が好きだとは思わなかった。
「守神公になればこの何十倍の物語と出会えるよ」
『落ちても』という言葉を打ち消すように答えた
これで少しはクロちゃんもやる気を出してもらえればいいんだけどね……。
「さて、と、私たちが並ぶ列は」
受験締切も迫っているため、話もそこそこに列の上部に浮かぶ受験番号を探す。
「いや並ぶのはおれだけだろ。てか今更だけどなんでフレイヤがここにいんだよ。」
そういえば彼にはまだ言っていなかったな。
並ぶ列も見つけたし、そろそろ教えてあげなきゃ。
「そういやおれの試験官は?」
聞きながら各番号ごとに二列になっている受験者たちを見まわし始めたクロノス
認定試験には受験者ごとに試験官が随伴する。
つまり、それぞれ受験者と試験官が横並びで待っているのだ。
ちょうどよかった。
と心の中でつぶやくと私はクロノスの前に立ち、自身に指差した。
そう、クロノスの試験官は私ことフレイヤが務めることになっていたのだ。
「……マジ?」
「なに、その嫌な顔」
クロノスの苦虫を噛んだような表情を見てツッコミを入れながら答案となるバイブルを手渡す。
試験官についてもアテナ先生からの推薦によるもの。
だが、試験官といっても採点をすることはなく、受験者が不正をしていないかの監視と試験後のフィードバックに限られている。
そういった限定的な権限だからこそ現役の守神公でも務められるのだろう。
列に並びながらそんなことを考えているといよいよ私たちの順番が近づいてきた。
「いい?クロちゃん、あの台座にバイブルを設置して、加入する物語を読み上げるんだよ?そしたらそこから試験開始」
話すことも特になく、少し茶化してやろうと考えながら少し丁寧に説明をしてみた。
「バカにすんなし!さすがのおれでもそんなことわかってるわ」
でしょうね。そんなやり取りをしているといよいよ順番が回ってきた。
「受験番号238番クロノス 試験官フレイヤ 前へ」
はいと返事をした後、台座の後ろに立つ教員から呼ばれ進み始める
クロノスが台座の前、私が台座の横に立つ
バイブルをちょうど真ん中から開き台座に設置し、唱えた
「介入【おたすけ!ハルくん】」
クロノスがそう唱えるとバイブルから勢いよく光が放ち二人を包み始めた
その数秒後、私たちは物語に介入していった。