世の中に溢れる主人公補正は神様の仕業でした
主人公――
それは様々な『奇跡』を引き起こし、観るものを魅了する存在。
時に浴びせられた弾幕を全て躱しきる『奇跡』
時に迷宮入りの難事件を華麗に解決する『奇跡』
時に何度でも立ち上がり最後には打ち破る『奇跡』
これらの『奇跡』を意図的に産み出し物語に彩りをもたらす存在。
それこそが【守神公】である。
神の国 神樹区
雲を追い越し天を衝くほどの高さに加え、それを支える力強い幹を持つ神樹。
この地区は神樹を中心に円形に形作られた街である。
春の陽気を感じる昼下がり
神樹区の中心にある王立神樹公園は都会の喧騒を忘れさせてくれる唯一の場所
この幹で昼寝するのがおれことクロノスの一番の楽しみだ
そんな夢の世界にいるおれとは別の方向から鳴り響く軽快な足音。その徐々に大きくなる足音を生まれてから何回聞いたことか。
夢の中でに移住してしまいたいという気持ちとは裏腹に数十秒後に訪れる事象につい体をこわばらせてしまう。
足音が最も大きくなったところで突如音が鳴りやんだ
静寂も束の間―
「起きなさい!ばかクロノス!!」
春の陽気を感じる昼下がり
によく通る澄んだ幼馴染の怒声が夢の世界にもよく聞こえてきた
出たよ
夢現にある脳裏に幼馴染の顔を浮かべながら脳内でつぶやく
「っっなんだよ、フレイヤ せっかく気分よく寝てたのに」
このまま狸寝入りでもかましてやろうかと思う気持ちを抑え、フレイヤへと目を向ける
ばか【クロノス】と呼ばれたおれがこの物語の主人公。
肩まで伸びきった黒髪に眠気を誘わんとする細目。20歳とは思えぬ落ち着いた佇まいでいるおれこそがこの物語の主人公である。
そして彼女の名は【フレイヤ】
丁寧に手入れされたであろうポニーテールの金髪に大きな琥珀色の目を持つ活気に溢れた幼馴染
とある夢を叶えるために一緒に上京してきたのだが、おせっかいというか世話焼きというか
コイツがいることで毎日実家と変わらぬ高品質の生活をさせてもらえる……
「なんだじゃないから 今日が何の日か忘れたわけじゃないよね?」
そう、今日はとても大事な日
それがわかっているからこそここにいるんだよ
「あー、アレだろ?10年に一度のお昼寝日和」
とはいえそんな簡単に答えてたまるか。適当にふざけて取り返しのつかない時間までやり過ごしてやる。
「そういうのマジでいいから」
そうだよね。何年一緒にいるんだよって感じだよね。
そんなおれの魂胆を見透かしたかのようにバサッと会話を切る
その言葉を理解するのとほぼ同時に神樹が徐々に遠ざかっていくことを目が認識していた
そう、フレイヤがおれの襟元を掴みまるでソリのように引きづり始めたのである
「今日は大切な【守神公認定試験】だよ。なんでこんなところでお昼寝なんかしてるわけ?」
【守神公認定試験】
おれとフレイヤとアイツが上京してきた大きな理由だ
この試験に合格することで晴れて守神公として働くことができる。フレイヤはそんな大事な試験の会場がある市街地までムリヤリ連れてこうとしてるんだろう
たしかに、子供のころから夢見た職業ではあるんだが……
「おめーには関係ないだろ」
あくまで夢は夢。叶わない目標だと"あの日"理解したおれにとってはもう関係のない話
なのになんでフレイヤはわざわざこんなところまできておれのケツを擦り減らしにきてんだよ
「関係あるよ。私はおばさまにクロちゃんのこと任されてるんだから!」
そうだね。おかげさまで実家のような痺れる毎日を過ごさせてもらってるよ。
「それにクロちゃんずっと言ってたじゃん!守神公はすごい仕事だ。空想の世界にある主人公たちを守れる唯一の仕事。観る人に夢を与えてさらに偉大な主人公たちを作り上げていける!だからおれは絶対に守神公になるんだって言ってたじゃん!」
5年前はそんなことも言ってたかな。けど違うんだよな。実際に見てきた守神公ってのは……
「私もそんなクロちゃんの姿を見てきたから分かる。世の中には無限とも言えるほどの物語たちがいて、それら全てに主人公がいる。私たちの【力】でその主人公たちを守ってあげて人々を魅了する存在にしてあげられるんだもんね。そんなお仕事、楽しいに決まってるよ!」
いてっ
神樹公園と市街地をつなぐ幻獣林道に鈍い音を響かせながら背中に電撃が走る。
コイツ徐々にヒートアップしていきおれの手綱を外しやがった
草を食べていたユニコーンも一瞬こちらを向きそのまま駆けていった
「あ、ごめん……」
「途中から少女の決意みたいになってたぞ」
背中をさすりながら起き上がり尻についた砂を払う
てか尻破れてないよね。
「じゃあ気を取り直して」
フレイヤがおもむろにおれの襟元へ手を伸ばし始めた。
もしかしてこいつは学校まで引きづっていこうとしてるのか?
「気を取り直してじゃねぇよ。なんだよその手は。まだ尻削り足りないの?」
「自分で歩けるから。」
背中と尻についた砂を払いながら逃げるように歩き始める
神樹区 八百万街
生まれ育った田舎町とは違い様々な様式の建物が立ち並ぶいわゆる大都会
最先端アイテムから骨董品、和洋折衷幅広い設定の食事、IT街に金融街、果ては遊園地から大人の娯楽etc……
とりあえず神樹区で言われるほど、文字通り国中の情報が集約されたような街である。
正直部屋で作品を楽しめれば事足りるおれはあまりこの街は好きではない
実家の畑でマンガ読みたい
何度心の中で呟いたことか
そんな八百万街の北西に位置する学園エリアに守神公専門学校、通称ASC(The Academy of Shujinko College)がある
「それは自称でしょ」
脳裏のフレイヤが突っ込んでくれたように感じた
「遅い」
教室に入るなり重く冷たい声が耳に入る
声の主は【アテナ】
おれの担任である。
相変わらず言われなければ男性かと思えるほどの威圧感と落ち着きを感じる先生だ。
実家が軍事関連の仕事であるらしく相当厳しく育てられたのだろう
年齢不詳であるがあの刻まれたシワから見るに推定……
「申し訳ありません! 」
隣のフレイヤが一瞬視界から消えるほどの速度で頭を下げた
おれの失礼極まりない思考への謝罪 ではないよな
守神公認定試験の開始間近でノコノコと現れたこの落ちこぼれの代わりに謝っているのだろう
「おめーが謝るこっちゃねぇだろ」
そう、そんなおれのために優秀なコイツが謝るのはさすがに違うっていうのが半分
もう半分はこの担任が嫌いだから逆撫でしたいってのが半分
そんな失礼極まりない返しにコイツが睨み返してくるのは当然な反応だよな
「クロノス、君はすでに2回認定試験に落ちている。次落ちたら退学、つまり守神公にはなれないんだぞ」
「君は、守神公になりたくはないのか」
ASCは3年制の学校。本来3年を迎えた際の認定試験に合格することで晴れて守神公になれるんだが、アテナの言う通り、おれは崖っぷち
おれだってそんなこと当然わかったうえでこんな悠長に構えてんだよ。
「おぉ、よくぞ聞いてくれましたね。もちろん、おれは守神公になんてならない」
「ここにはそれを言いに来ただけですよ。」
心の中にふと重くて黒い何かが現れた気がした。
おれはその何かを振り切るように失望したであろう表情の彼女らから逃げるように教室をあとにした。