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「奇械です。1、2、3……」
双眼鏡の向こうの小さな影を数えていく。奇械が昔の高速道路の上をバラバラな歩調で歩いている。
教練で奇械のレプリカや写真を見たことがある。2m近い体躯に真っ白い肌。人体のクローンを素体としつつ視覚や聴覚は機械化されている。肉を突き破って配線や管が伸びている。
戦闘、索敵、運搬など役割によって奇械にも個体差があるが、今発見した奇械の一群は、戦闘用に腕を重機関銃に換装した突撃部隊と、運搬のため台車を引っ張るため下半身に油圧装置を付けた運搬舞台とに分かれている。
1週間、廃墟で野宿した末の成果に手が震える。心を落ち着かせてひとつずつ観察する。髪は皮脂でべっとりしてるしかゆいし、下着も3日同じで気持ち悪い。それでも集中して敵に注視する。
ケイコが小声で素早く指示を出していく。
「シホ、廊下を見張って。奇械の偵察ドローンが来たら真っ先に撃ち落として。アップル、近距離の索敵を。奇械の斥候がこのビルの付近にいたら厄介だから」
各々が配置に付く。伏せて双眼鏡をのぞき込んでいるアイカの横で、アップルは座位でライフルを構える。ふわふわボイスな印象とは裏腹に、静謐な面持ちで長大なライフルを頬に当てスコープをのぞき込んでいる。
「アイカ、無線封鎖を。三角測量でこちらの位置がバレるかもしれないから」
「はい、わかりました」
教練ではそこまでは教わらなかった。唯一都市の外で生き抜いてきた棄民───復帰民ならではの知恵なのだろう。
ケイコは、アイカに赤外線を遮断する迷彩シートをかぶせて一緒にその中へ入った。ケイコの息遣いが耳元で聞こえ、触れ合う肩から熱い体温が伝わってきた。
ケイコは高倍率の望遠鏡を差し出して「はいこれ。数えながら映像を記録して。機械、得意なんでしょ」
「はい、がんばります」
ずっしりと重く高そうな機材を任せられた。伏せた姿勢のまま低い三脚で望遠鏡を固定する。そしてそれをラップトップPCに接続する。
大きなレンズとデジタル処理で目標を拡大し、ピントを合わせて「録画」のボタンを押して記録を開始する。赤外線の白黒映像と光学の両方で記録していく。バッテリーは十分。半導体メモリは1TB。十分だ。
双眼鏡を覗くとはっきりと奇械が見えた。素体はクローンで真っ白い人工血液で生かされているが生き物じゃない。素体部分は腐った肉のように淀んだ色をしてブヨブヨと膨れている。奇抜な機械兵器。奇械とはよく言ったものだ。
「大丈夫、落ち着いて」ケイコが耳元でささやいた。「あんな気持ち悪いの、誰が見たって嫌になるから」
やっぱり優しい隊長だ。頬が触れ合うくらい近くで双眼鏡を持ち一緒の光景を見てくれている。落ち着きを取り戻していた心拍数が再び上昇した。ケイコの声が耳元で発せられてこそばゆい。
「奇械の種類を判別できる?」
「はい、教練で習いました。護衛役の強攻型が前列に。後ろは荷役の運搬型です。引いている台車に載っているのは、あの口径だとたぶん155mm」
「ふーん、賢い。記憶力もいいわね」
「エヘヘッ」
「あれは野砲よ。15門、か。でも弾薬が見えないわね。野砲っていうのは100発撃って1発の命中を狙うような兵器なの。妙だけれど、たぶん別動隊で弾薬を運んでいるかもしれない」
「じゃあ、2班の方に?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。偵察部隊は私たちだけじゃない。大丈夫、それぞれの部隊がそれぞれの役割をこなす。軍隊っていうのはみんなでひとつの生き物みたいに行動するの。全部自分でどうにかしようと、思わないことよ」
「エヘヘ。隊長は強いですね」
自信のある言葉たちに勇気づけられる。初の任務で奇械に遭遇したけれど、安心して任務をこなせそうだ。
優しいのに、この人はそれを人に伝えるのが苦手なんだ。優しい人で不器用な人だ。