007 悪役令嬢マリア、戦場に行くその2
「マリア!」
何だろう、私の名を呼ぶ、声というか怒鳴り声が聞こえるのだけど。
あれ、グラント、アメリー、あなたたちはどうして私から距離を取るの。私たちは仲間でしょう!
怒鳴り声の主が部室に入って来た。
「お前は、馬鹿か! マラード家の当主が、国王に私とシャルロッテとの婚約を言ってきたぞ! お前はシャルロッテとの婚約を応援すると言ったらしいな。どういうつもりだ。この微妙な政局で!」
「マラード家の晩餐会に出席しまして、シャルロッテ様とお話しましたら、この方こそ王妃に相応しいと思いましてですね……」
「マラード家は叔父上の有力な後援者だと言うのを知っていてそう言ったのだな」
「はい、父上から出かける前に繰り返し注意されましたから」
「注意された上で、シャルロッテを私の婚約者にと言ったのか」
「マラード家がですね、ハインリヒ王子派になったら良いなあってふと思ったり……」
「お前はふと思ったことを、いつも口に出して言っていたのを思い出した。公爵に注意しておくべきだった。私の失策だ」
「お前、私が叔父上を恐れていると思っているのか?」
「王位継承権第一のハインリヒ王子がいなくなれば、王位継承権第二の王弟様が国王の座に座るわけですから、脅威ではないかと」
「私が一番脅威に感じているのは、マラードのシャルロッテだ。あれは天才だ、品のない言い方を許してほしい、シャルロッテは化け物だ」
「叔父上はシャルロッテの手駒に過ぎない」
「まさか」
「ハインリヒ王子なら、シャルロッテ様を何とかなさるのではないかと……」
「二十四時間、三百六十五日緊張して王宮で暮らせと、マリア、お前は私に言うのか」
「今回、異民族が国境を超えて侵入する絵を描いたのは、シャルロッテだと私は思っている」
「そのシャルロッテが私の王妃候補になった。現婚約者の許可を得てだ。叔父上は気が小さい」
「異民族の動きが激しくなった。おそらく計画が発覚するのを恐れた叔父上が異民族と手を組んだ」
「アメリー」
「はい、ハインリヒ王子様」
「お前の祖父のオットに国軍参謀本部本部長として命じる、現役復帰をせよ。明朝すぐに参謀本部に出頭すべし!」
「承知しました。ハインリヒ王子様、今すぐ屋敷に戻りまして、祖父に伝えます」
「グラント、アメリーの警護を頼む」
「了解しました。ハインリヒ王子」
「グラント、お前も明朝すぐ参謀本部に出頭せよ」
「了解です」
グラントとアメリーが部室を出て行った。
「マリア、お前にはちゃんと責任をとってもらうからな、楽しみにしておくと良い」
ハインリヒ王子が部室を出て行った。
うん、私は死んだな。間違いなく死刑だ。私は邪魔ものだし、国を危険に晒す原因を作ったのだから。それで、父上も母上もあれから、私には何も言わなくなったのか。
私は部室の片付けをして、きちんと戸締りをして部室を出た。作品を完成させたかったなあ。私はエタルのが一番嫌いなんだよ。涙が出てきた。
「お嬢様」ジョーダンさんが涙を拭いてくれた。
「ご出陣おめでとうございます」
「はい!」
「クレール家の騎馬隊五百騎、いつでも出陣の用意が出来ております」
「ジョーダンさん、出陣は当主である父上ではないかと……」
「ハインリヒ王子は、マリアお嬢様に責任を取るようにおっしゃいました」
「しかし、ジョーダンさん、私は実戦経験も騎馬隊指揮の経験もありません」
「ご当主様もございません」
「お嬢様は、アメリー様が書かれた、アメリー様の祖父オット殿の戦い方をご存知ですよね」
「面白かったので、暗記するほど読みましたが……」
「我ら、お嬢様に命を託します」ジョーダンさんが跪いた。
「うむ、任せよ」英雄譚での決まり文句を口にした。でも、元OLに命を託されても困るわけで、こんなイベントもあのゲームにはなかったよ。
私だけの命はだけで済まなくなってしまった。最悪だ!
◇
私は騎馬隊五百騎を率いて王城に赴いた。すでに各貴族の兵士及び騎馬隊が総勢一万が待機していた。問題は王弟派と思われる貴族の兵が集まっていないことだ。王都でのクーデターがおそらくシャルロッテの狙い。
父上が率いる兵五千が王都の警備に当たることになっている。こう言う場合一番信用できる貴族はクレール家なのだ。朝、父上は自分が辺境の地に行きたかったとグチグチ言っていたため、母上から制裁を受けていた。父上は養子なので、クレール家の本当の当主は母上だったりする。たぶんクレール家で一番辺境の地に行きたかったのは母上だと思う。
ハインリヒ王子に、国王陛下から軍権を象徴する王剣が渡された。この戦のすべての差配はハインリヒ王子が行うことが全軍に示された。
出陣のラッパが鳴り響いた。三十年ぶりの本格的な戦が始まる。私のせいで。