063 悪役令嬢マリア、カザルさんについて話す
「カザルさんなんですが、笛の音を聴くと暴れだすというか、騒ぎを起こします。悪魔はカザルさんに暗示をかけてまして、その合図が笛の音だと言うことなので、カザルさんに笛の音を聴かせないようにしてほしいのです」
「具体的にはどの笛の音なんでしょうか?」困った顔でウグルさんが私に尋ねてきた。
「わかりません。笛の音の高さなのか、特定の笛の音なのか、それとも曲なのか、いくつかそれらが重なったら暴れるのか? わからないのです」
カザルさんに暗示をかけた人がゲヘナの炎で燃えていなければ、探りようもあるのだけれど、カザルさんを悪魔の住む場所に連れて行きますとは言えない。でも、大賢者、灰色の鷹さんならなんとかしてくれるかもしれない。
「大賢者、灰色の鷹様なら、もしかしたら悪魔の暗示を解いてくれるかもしれません」
「大賢者様は、あまり人間が好きではないと聞いております。人間が近寄ってくると、姿を隠すとも言われています」
はあ、そうなんだ。なかなかフレンドリーな人だと思っていたのだけど。
「私、灰色の鷹様と会うことになっているので、その時カザルさんを連れて行きましょうか?」
「すぐに会いに行ってください。私も一緒に行きます!」声のした方を見ると、目を真っ赤に泣き腫らしたユリアさんが立っていた。
「ユリアさんは、とりあえず笛の音が聞こえなければ……」
「ダメです。このままではカザル様が自死してしまいます」
「どう言うことでしょう?」
「カザルは悪魔憑きということで、四肢を縛られ、巫女たちが三日三晩神に祈りを捧げて、沐浴をさせて悪魔は祓ったことにはなったのですが、巫女の長であるユリアがいませんでしたので、悪魔がまだ憑いているものとして扱っております」
「カザルは、その扱いに耐えられなかった。それに、カザルは自分こそ真の勇者だと自分んで吹聴してたこともあって、周囲もなんというか、ガッカリしたと言うか、悪魔に簡単に取り憑かれるダメな男だったと心ないことを言う者もおりまして、カザルの心が折れました」
「カザル様には時間がありません。悪魔は憑いていません。ただ、悪魔から暗示をかけられているのなら、すぐに解くべきです。とくに今の心の様子では、もし、そのことを知ればいつ自死に走るかわかりません」
「すぐに大賢者様のところに行かないと……」後は泣き声になってしまって聞き取れなかった。
「ユリア、お前には巫女としてのお務めがある。王国から戻って来てすぐに旅に出るのはかなりマズいのだよ」
「お父様の立場がマズいのでしょう? 私はマリア様に斬りかかった前歴がありますから、これ以上落ちようがございません。マリア様は神ですから。巫女が神に斬りかかったのですから。私は巫女であってはいけないのです」
「私は、神様ではなく完璧な悪魔憑きのはずですよね」
「ドラゴンに乗れる悪魔はいません。ドラゴンは神聖な生き物ですから。ドラゴンに乗れるのは神のみです。とくに私たちの部族の祖先はドラゴンの精気から誕生したのですから」
この部族のテントの旗に描かれていたのはヘビではなくドラゴンだったのか。私はこの部族はヘビを信仰しているものだと思っていた。ドラゴンではなく龍だったんだ。
「お父様は、カザル様が悪魔から暗示を受けていることを、他の族長にも話すおつもりでしょう」
「内容が内容だけに、秘めておくことは出来ない」
「族長会議でお父様がカザル様のことを話す前に、私たちは大賢者様の元に行かなければ、カザル様は死にます」
「ユリアさん、今すぐ出発した方が良いでしょうね。私はまだ荷物を積んだままですから、すぐにでも旅に出られます」
「ありがとうございます。カザル様の旅の用意をしてきます」そう言うとユリアさんは急いでテントを出て行った。
「マリア様、今日の夜は各族長主催の酒宴がございます。それだけはどうか出席してください。お願い申し上げます」
「カザルさんのことは酒宴後に各族長に話してくださるのなら、出席させていただきます」
「ううーー、族長会議は酒宴の前に行われるので、無理でございます」
「族長会議が始まると同時に、私たちは出発いたします。後のことはよろしくお願いします」
「最悪だ……、族長会議でカザルを殺すという結論になるかもしれません。その時は追っ手が出ます。マリア様のご好意を無にする行為ではございますが、部族の民の安全を守る策ですので、それだけは覚えておいてください」
ユリアさんが焦っている理由がわかった。カザルさんは殺される。
「承知しました。私は身を守るために抵抗はしますけれど」
「わかっております。追っ手はおそらくイワンたちがなるかと思います」
「よろしいのですか? そこまで話して」
「今さらですから。娘をお願い申し上げます」
「はい、承知しました。任せてください」娘のことを心配する顔にウグルさんはなっていた。




