058 悪役令嬢マリア、ガンダルフの結婚式に出席するその三
「ハインリヒ王子、招待されているのはグラントですし、ネルーさんにはハインリヒ王子は顔バレしているので、ダメです」
「アメリー、僕たち、早めにオット様のところに行った方が良いかもしれね」
「そうね……」
「ハインリヒ王子、現在王国内は混乱しております。国王陛下だけでは国政が回りません」とハルトムートがハインリヒ王子に苦言を呈した。
「そうだな。父上はすでに限界にきておられる……」
ふう、やっとハインリヒ王子が諦めた。
「グラント、結婚式の様子を詳細に帰国後、私に報告するように。アメリー、そなたは絵が得意だったな。絵も添えるように」
グラントとアメリーが頭を抱えている。ごめん厄介ごとに巻き込んで。
「マリア様、もう終わりましたか? そろそろ我々に乗ってもらえませんか? 我々も暇ではないので」
「ごめんなさい」
「グラント、アメリー、早くドラゴンに乗って」
二人がドラゴンに乗ると、一気に空にドラゴンが舞い上がった。爆風が中庭に起こって何人かのクレール家の騎士が飛ばされるのが見えた。王国に戻って来たらお見舞いに行こうと思う。
◇
ドラゴンの都に着いた。アメリーはせっせとスケッチをしている。メモ帳に筆記用具を常に持ち歩いているなんて、私も真似をしなくては。
「ガンダルフ、入るわよ」応えがない。いるのはわかっている。護衛というかガンダルフが逃げ出さないように見張りが部屋の前にいるから。
私たちはガンダルフの部屋に入ると、燃え尽きたボクサーの様にガンダルフが椅子に腰掛けていた。
「マリア、あの何というか、精気の抜けた男性は誰?」
「ガンダルフの本体というか、ガンダルフ本人です」
「マリア、俺と逃げてくれ!」と言うなりガンダルフが立ち上がった。
ガンダルフはめっちゃタイプなんだけど、ネルーさんの機嫌を損ないたくない。
「ガンダルフさん、さすがにそれは無理です。私も命が惜しいですよ」
アメリーが下を向いてクスクス笑っている。
「これが、マリッジブルーってやつか」とポツリとグラントがつぶやいた。
「ガンダルフ、ネルーさんと結婚の約束をしたのに、その態度はどうかと思うけど」
「マリア、『私に今ここで喰われるか? 私と結婚するか?』と大口を開けたドラゴンから言われたらどちらを選ぶね?」
「結婚」私は即答した。
「俺は独身主義だ。ルーメンと連絡が取れなくなった。ドラゴンに裁判抜きで、喰われるかかもしれない」
「……」
「お前たちにとっては他人事だもな」
いや、他人事ではない。ガンダルフに逃げられたら荒れ狂うネルーさんが王国内で大暴れするかもしれない。いや絶対にやる。なので、私は全力でガンダルフとネルーさんを結婚させるつもりでいる。
◇
結婚式当日、ドラゴンの咆哮とその後にワーグナー? の結婚行進曲のような曲が演奏され始めた。ガンダルフは真っ白タキシードを着せられて、ネルーさんは黄金のウェディングドレスを着て、教会へとゆっくり歩んでいる。
「綺麗」とアメリーが感嘆の声を上げていた。豪華絢爛とはこう言うことを言うのだろう。
教会の中に祭壇があった。東洋系の龍の像が一体あるだけだった。祈りの場という印象を持った。その祭壇の前に一人の初老の男性ががっしりとした杖を持って、ガンダルフとネルーさんが来るのを待っていた。
大賢者灰色の鷹と呼ばれる方が、そこにはいた。
ガンダルフとネルーさんが大賢者灰色の鷹様の前に跪いた。私は驚いた。あの気位の高いドラゴンが一人の人に跪くなどとは思ってもいなかった。
大賢者灰色の鷹とは一体どういう方なのだろうか?
「ネルーに問う、終生ガンダルフを夫とするか?」
「はい!」
「ガンダルフに問う、終生ネルーをその妻とするか?」
「……ルーメン」って聞こえた気がする。
「ガンダルフ、再度問う、終生ネルーを妻とするか?」
ガンダルフさん、はいって答えてください。もし、いやって答えたら、私たちは荒れ狂うネルーさんに殺される。
「はい」とやっとガンダルフが観念をして答えた。その直後、「ガンダルフ、行くぞ」という声がした。ガンダルフの体が空中に飛び上がり、手には灰色の鷹さんと同じ杖を持っていた。
「ガンダルフ、悪い。杖の封印を解くのに時間がかかった。すまん」
「ネルー、ちょっとルーメンと旅に出かけてくる。結婚式はとりあえずお開きだ」
ネルーさんが暴れると思ったら、落ち着いている。微笑みすら浮かんでいる。
「ガンダルフ、もうあなたの側にはいつも私が一緒にいるのよ。どこに行こうとも。あなたは、マリッジブルーなのは知っているわ。少しくらい待ってあげるわよ」
良かった、世界が滅びなくて、でも、友人代表の挨拶はどうなるのだろうか?
「しばし、休憩」と灰色の鷹さんが宣言をした。




