019 悪役令嬢マリア、雪山で遭難する
私は一人で四十キロの荷物を担いで、山頂を目指している。地図とコンパスを頼りにして。私は文芸部員なんだけどなあって思いながら登っている。
コースとしては一週間で登って下りて来られるコースなのだが、今年は冬になるのが早くて、吹雪の日が多い。出発から四日経っているのだが、山頂にまだ辿り着けない。
吹雪の度に、私は雪洞を掘ってはビバークしている。
母上なら風を操り、シールドを張って気にせず山を登るだろうし、父上も適当に雷を落としながら積もった雪を吹き飛ばして、ゆっくりではあっても平気で山を登るだろう。
不出来な娘はシールドも張れず、風も操れず、雷も落とせず、魔法が使えない人、同様、雪洞の中で天候が快復するのを待っている。
暇なので、思いついたことをノートに書こうと思ったけれど、手が悴んでペンが上手く持てない。生活魔法が使えないのは、魔法使いとしてキツい。
先生方が言うには私は、火の系統でもないし、水でもないし、土でもない。風でもない、金属でもない、どこにも入らない無系統。ちなみに父上は風と金属のミックスで雷が扱える珍しい魔法使いだったりする。
さらに珍しいのが私なんだけど。普通、女神とかが転生の途中で現れて、「ごめん、ミスちゃったテヘ」とか言いつつチート能力を授けるのだが、私の場合そうしたイベントはなかった。お陰で無双が出来ない。
チート能力さえあれば、今頃はハインリヒ王子を脅迫して、婚約を破棄させて、私は安心して物語を書いていたはずなのに。
現実は、戦場に行かされたり、営倉でとても恥ずかしい思いさせられたり、尊敬出来る作家だと思っていたシャルロッテに脅迫されたり散々だ。
食糧は予定の二倍持って来ているので、問題ないのだが、水は重いので四日分しか持ってきていないので、天候が快復しなければ雪を溶かして得るしかない。
山頂まで行けば小屋があって食糧と水が備蓄されているので、そこで補給して下山するので問題はないのだが……。その前に捜索隊が出されて、強制的に下山させられて、もう一度初めからからやり直しになるかもしれない。
天候ばかりはどうにもならないから、本当に仕方がない。
山頂まであとたぶん十キロ程度だとは思うのだけど。外は吹雪でまったく景色が見えないので、私がどこにいるのかが正確にわからない。ジョーダンさんなら失せ物探しの魔法で地図上に瞬時に、どこにいるのかわかる。私がどこにいるのかはすでに家の者たちは知っているので、心配はしていないだろう。
◇
物語の構想が浮かんだ。吹雪の日、馬車の轍が雪に埋もれて難儀をしていた伯爵夫人がいた。そこにガタイの良い平民の若い男が現れ、雪をかいて、馬車を動けるようにした。若い男は名前も名乗らず、吹雪の中に消え去った。
ある日、出入りの庭師が自分の孫だと言って伯爵夫人に紹介したのが、あの吹雪の時の青年だったのだ。伯爵夫人はあの日以来、青年のことが忘れられず、青年を紹介された瞬間にこれは運命的な出会いだと、伯爵夫人は直感する……。
翌日、私は物語の神が降臨して書いた物語のプロットを読んで、日本なら全然大丈夫なレベルなのだが、この異世界では発禁になるレベルの不倫物語になっていた。「これは公表出来ないわ。時代が変わったらこの子をちゃんと仕上げてあげようと」と私は思った。
◇
ようやく、吹雪が止んだ。微かではあるが小屋が見える。十キロもなかった。私はその伯爵夫人の不倫物語を荷物の中に仕舞うと歩き出した。
小一時間で小屋に着いた。食糧と水とを補給して、凍えた体を焚き火で温めた。生きていて良かった。とは言えまだ半分。別荘に帰る着くまで気は抜けない。
この雪山訓練が終われば、また学校での生活が始まる。追加されたイベントが多くて、ハインリヒ王子とアメリーは完全に恋に落ちてしまっているはず。グラントのこともあるから、ヒロインのアメリーは悩んでいるだろうけれど。
◇
私は、お天気が良い内に山を下り始めたたら、一頭の子熊に出くわしてしまった。私は周囲を警戒する、普通、子熊の近くには母親熊がいるはずなのだけど。しかし、その気配がない。
子熊が一頭だけいる。見た目ふらふらしているので、どうもミルクを飲んでいないみたい。あっ倒れた。野性動物は無闇に保護をしてはいけないのだ。人間に飼育されることで、熊が生きるべき山で暮らせなくなるから。
とはいえ目の前に、このままでは死ぬほかない子熊を助けないわけにもいかないので、子熊を荷物の上に乗せて固定して寝かせた。荷物を担いだけどあまり重くならなかった。早く下山しないと子熊が死ぬ。
ちょっと爆裂魔法を使って道を切り開いてその道を通って下山した。母上がもう一度登ってらっしゃいって言うかな。時間がないからしょうがない。
読み直すと意味不明な部分を見つけましたので修正しました。




