013 悪役令嬢マリア、マラード家について調べる
いまさらだけど、私はマラード家について調べている。三代続いての負け組。マラード家が後援した王族は王座争いで必ず負けるか……。
付いたあだ名が疫病神とはね。これはキツい。
大貴族なのに中央の要職には就けず、地方官にしかなれない。辺境の地との縁が深いか。マラード家は、遊牧の民とのパイプがあるということね。待てよ、と言うことは、マズい、私が名誉族長になったことも、遊牧の民の兵が利用出来ることも知っているかも。私が一番最初にやられる。
首筋が寒くなった。遊牧の民にの皆さんのところへ亡命すべきか? もっともマラード家も私と同じ立場でしかも実際に遊牧の民を動かした。まあ、その事実を曲げてすべて私のやったことにする。マラード家、シャルロッテが今やっているのはそのための情報収集かもしれない。
◇
「お勉強ですか?」
「いえ、マラード家について調べていました。シャルロッテ様」
「嬉しいですわ。常に勝ち組のクレール家の方に負け組のマラードを調べていただけるなんて」
「それで何かわかりまして?」
「はい、辺境の地と縁が深いことが」
「マラード家の当主は地方官の職にしか成れなかったのです。才能も実力があってもです。理不尽でしょう」
「はい、理不尽です。才能のある方、実力のある方にはそれを発揮していただかないと民が困ります」
「私ね、マリア様だけが、どうしても理解が出来ないのです」
「国王が困るのではなく、民が困るのですか?」
「経済の才能があって、国を富ませる実力のある方が不遇では国は富みません。民は喜びません。有能な方がその才能を発揮すれば国は富、民は喜びます」
「物語を作る才能のある方が、作品を書けば、それを読んだ読者は心からの喜びを感じます。書いてくれなければ、読者は悲しみます」
「よくわからないの。いつもよくわからないのよ。国王陛下が喜べばその貴族は栄達するし、国王陛下が喜ぶ物語を書けばその作家は栄誉もお金も入るのですよ! 民が喜んでも何も得られないではありませんか?」
「ああ、私は国王陛下を喜ばす気がまったくないからですね。私の家族、友人、領民を喜ばせたいのです。あっ、褒めてもらえたら嬉しいです。今のところ叱られてばかりですが……」
「私には才能があまりない。それに比べてシャルロッテ様は溢れるほどの才能と実力がおありです」
「マリア様、才能や実力があってもそれを生かす場所が私にはないの。あなたと違って」
「ですから、シャルロッテ様が王妃に成られればと言っております」
「マリア様、あなた、今矛盾したことを言ったことにお気づきかしら」
「はっ?」
「私が王妃になったら物語を書く時間がなくなるわよ」
「それは困ります。たくさん面白い物語を書いてほしいです」
「それでは、マリア様、マラード家を助けてくださいませ」
「私がマラード家を助けるって、お話がまったく見えません」
「私ね、クレール家は単なる武闘バカだと甘く思っていたのよ。軍事力を使って常に勝ち組にいたと思っていたのね。今回の盗聴器の件でそれが間違いだったことに気付いたの。クレール家って諜報で常に勝ち組にいたのね」
「シャルロッテ様、クレール家の家訓は戦う前に勝てなのです」
「マラードの家訓にその文言を入れるわ。ありがとう。マラードは情報収集能力が低かった。だから常に負け組だった。心から納得したわ」
「マラード家を助けてほしいというのは、どう言うことでしょうか?」
「クレール家が、祖父のやった不正の証拠を掴んだの。それだけで十分家を潰せる理由になるのよ。王都のクーデターは王弟殿下一人で背負ってもらおうと思っていたのだけど、祖父の不正と今回の一件を絡められるとマラード家は終わりなの」
「なので、イライザ様に穏便に取り計らってほしいと、お願いしてほしいの。その代わりあなたが遊牧民の名誉族長になったことは黙っておくから」
「シャルロッテ様はやはりご存知でしたか」
「マリア様が、遊牧民から大人気なのも知っているわ。あなたがいなければ王都のクーデターは成功したはずなの。初めてなのよ。私の計画が完全に失敗したのは……」
「せめてあなただけでも、道連れにしないと、私の気がすまないの」
「シャルロッテ様にとって初めての挫折ですか。良かったですね」
「良かったってどういうこと? 嫌味かしら私は破滅寸前なのに」
「母上からのメッセージです。クレール家を甘く見てはいけないという警告です。クレールが秘匿すればクレールが証拠を掴んだことを、マラード家程度の情報収集能力では絶対に感知できません。わざと流しています」
「私の族長の件ですけど、私がハインリヒ王子の婚約者を降りる絶好の口実になりますのでお話になってください。それと遊牧の民との約束で、私はあちらの都に行くことになっております。その件はハインリヒ王子もご存知です」
「マラード家シャルロッテがクレール家実質当主のイライザ様に参ったって伝えておいてほしいの。でも、次は負けませんからともね」
「シャルロッテ様、母上を敵に回すのは本当にやめた方が良いです。殺されかけた娘が言うのですから間違いありません」
シャルロッテの顔が引きつった。
「マリア様、後半は伝えなくて良いわ、お願いね」
「はい、物語の続きを書いてくださるなら」
「もう、私のことはシャルロッテで良いから、私もマリアで良いよね」
「光栄です」
「ああ、ダメだ。あなたが相手だと調子が狂うのよ」
「では、マリアご機嫌よう」
「シャルロッテも」
◇
「マリアお嬢様、シャルロッテ様と仲直りされてようございました」
「ジョーダンさん、シャルロッテ様は疲れます。シャルロッテ様は人をまったく信じていないみたいなの」
「シャルロッテ様は貴族の鏡でございますね」
そういう見方も出来るのか勉強になったよ。でも、疲れた。お風呂に入って寝たい。




