chapterⅩⅣ temperance -節制- Ⅳ
正也が雷音に 自分の過ちを謝る お話です。
それから正也は診察を受け、点滴を打つ為に別室のベッドに横たわる……
雷音も付き添って、ベッドの傍の椅子に腰かけた――
終わるまで安静にするように……そう言われ、2人は残される――
「……空原……さん……ごめん……長居……させる事になっちゃって……」
正也は――隣で心配そうに座る雷音を、うつろな目で見つめる……
「大丈夫だよっ……時間なんて……そんなのっ――
木間君……点滴受ける位酷いんだし……熱もすごく高いし……
それに……先刻先生っ……木間君は平熱低いって……
なんで嘘ついたの……?」
「……ごめん……心配、かけたくなかったから――
でも――怒ってる……よな……? こうやって、結果的に
迷惑ばっかかけて……本当……最低だよな、俺――
もう……これ以上迷惑かけたくない……1人で帰れるから、
空原さん……帰ってくれても良い――むしろ、帰ってくれ」
「……何言ってるの!? そんなっ……帰る訳ないでしょ!?
今だって……辛いくせに……どうして……どうして――
……私の事ばかり気にするのっ!?」
雷音は思わず声を上げる……
それ程、正也の気遣いが逆に辛かった……
「……どうして……か……そんなの――
当たり前だから……ってしか、言いよう……ない……」
「当たり前じゃない……おかしいよ……そんな大変なのに、自分の事より
他人ばっかり気にして……大丈夫な訳ないのに……!!」
「……俺……一時期……幼稚園の年長上がる前位までは……
体弱かったから――病気とか……痛みとかは慣れてるんだ……」
「……慣れてるって……そんな……」
「それに……他人の悪意とか……殺意のない痛みなんて……
今と比べたら――ずっと楽な方だから……」
そう言って、正也は苦笑する――……
「……悪意……? ……殺……意……??」
「それも、今でも……俺の自己責任だったのか……ただ存在自体が
いけなかったのか……答えなんて……まだ……分からないけど――
やっぱり……悪い子だったからかもしれない……なんて……
思う時もあるから……」
「そんな……木間君は……皆に優しくて……頭も良くて……
そんな……悪いなんて……」
「……ありがとう……でも……それは……あくまで……今の……
“外の”俺……俺……昔は勉強嫌いだったし……悪戯ばかりしてた……
最悪なガキだったから」
その言葉は、まるで過去の正也を責めるような言葉――
「……嘘っ……そんな……想像つかないっ……」
「……やっぱり……そう……思う? ……でも――仕方ない……かな……
10年位前の話だし……あの時は……ガキだったから……何も
わかってないガキだったから……いつだって好きな事ばっかりやらかして
――色んな人に迷惑ばっかりかけた……――昔の……空原さん……にも……」
「……え……? 今……何て……!? 私にも……って……」
雷音は一瞬、耳を疑った……
心当たりもないのに、正也が自分の名前を出したから――
「……やっぱり、気付いてなかったんだな」
「……え……??」
「……忘れてるのか、認識してないか……どっちかだろうなって
ずっと思ってた……でも仕方ないよな……色々……変わりすぎた
から……名字だって……呼び方だって……1番……変わったのは
“外の”俺だと思うし……――今でもたまに話したりできて、その度に
……いつか謝りたいって思ってた……でも空原さんの態度から
昔の俺の事は……覚えてないか、認識できてないんだろうって……
だから、言っても仕方ないんだろうなって……そう、思ってて――
だから、今まで……黙ってた……今も、あの時も……
迷惑かけまくって……本当に、ごめん……」
「……ちょっと待って!? 今だって……昔だって……私っ……
木間君の事迷惑だなんて……思った事ないよ!? そんなの
絶対おかしいよ……きっと……今は……体調悪くて意識も朦朧と
してるから……変にマイナス思考になって……
被害妄想してるだけだよっ!!」
「ううん……確実に……あの頃……特にたくさん迷惑かけてたのは
――空原さんだった……覚えてないなら、無理に思い出す必要
ないよ……あの時の俺は、人生の汚点みたいなものだし……
いくらガキだったからって……やっていい事と悪い事、区別ついて
なかったって……後になってから気付いて……手遅れだよな……」
「……ごめん……私……全然分からない……木間君にそんなに
謝られる事された覚えもない……本当に……私だったの??」
「うん……間違いない……あの時、俺が将来の夢を否定して
大喧嘩して疎遠になった“らいね”っていう女の子……
昔の……空原さんだった――」
正也は、そう言い切った――
「……大喧嘩……?? 10年位前って言ってたよね……?
だったら小学生か……幼稚園……? いつだった……?
いつから……一緒だった……?
確か……私の記憶で1番古い木間君は……」
雷音は、1人必死で記憶を辿る……
1番古い記憶は、小学校中学年位、一緒に学級委員をやった事……
「――木間君、だよね? 私は空原雷音、よろしくね!」
「………………よろしく……」
その時の正也は、かなり大人しい雰囲気だったはず――
「……それより前も……? あっ……!」
雷音はふと思い出した……以前、雪紀に見せた1冊の本――
そこに、あった名前……
「確か……“わかもと ただや”だった……? 木間君……だったの……?」
先刻、正也は名字が変わった……そう言っていた……
だから、きっと正也の事だろう……
「今の名字はお母さんの方の旧姓……?
確か母子家庭の受給者証も持ってたし、両親離婚してる……?
だったら幼稚園も同じだった……? でも……」
雷音にはすぐに思い出す事ができなかった……
その当時の正也が、どんな子だったのか……
「……木間君……」
雷音が1人、記憶を辿る傍ら、正也は目を閉じ、苦しそうに息をする……
意識を保てず、仮眠を取っているようだった……
正也は無理に思い出さなくても良い――そう言っていた……
でも思い出したい……そう思いつつも――
正也の体調の事もあるし、今正也に無理に教えてもらう訳にはいかない……
それに、自力で思い出さないと意味がない……雷音はそう、感じていた……。
「お疲れ様、家着いたね……ちょっと水分とれる?
汗すごいから、こまめに水分補給した方がいいし」
「ありがと……んっ……んっ……!!」
それから点滴が終わり、薬局で薬を受け取った後、2人は木間家の
玄関に辿り着く……正也はのどの痛みによる苦痛に顔を歪めつつも
雷音の言葉に従い、スポーツドリンクを飲む。
「布団に横になったら、少し楽になると思うから――もう少し歩ける?」
「……ごめん、ちょっと休んだら……歩けるようになるから……
ここまで送ってくれて、ありがと……もう帰ってくれて大丈夫……」
今の正也はもう、自力で歩けない程、衰弱しきっているようだった。
「……ちょっと、失礼するね」
「え……空原さん……!?」
「こうしたら、歩けそう?」
「うん……本当にごめん……」
雷音は正也に肩を貸し、布団まで正也を運ぶ事にした。
「……もっと体重かけても良いよ……?
遠慮してるんじゃないの……?」
正也は雷音の肩は借りていたものの、
ほとんど体重はかけていない様子だった――……
「……平気だよ……十分すぎる……位――助かってる……
すまない……迷惑……かけて……本当にごめん……鍵は……
郵便受けにでも……入れておい……て……眠ったら……
すぐ、治るから――……俺の事は心配、しないで――……」
「えっ……!? きゃっ……!?」
その瞬間、雷音の背に正也の全体重が かかった――……
「ちょっ……木間君!? しっかりしてっ!! ……木間君……?」
「はっ……はっ……はぁっ……はぁっ……」
――返事は聞こえない――
聞こえるのは、激しい息遣いだけだった……
ただ、雷音の背には――正也の体の、異常な熱さを感じていた――……
「そんな事言われても……帰る訳ないでしょ……
1人にできる訳ない……何が……心配するな、よ……
本当に……本当に私の事ばっかり気にして……!」
意識のない正也に、雷音はそう言い捨てた――……




