chapterⅩⅣ temperance -節制- Ⅲ
帰り道、高熱で倒れかけた正也の前に現れたのは…?
それから授業が終わると すぐにHRが始まり、放課後……
部活のない者達は そのまま帰り道へと進んで行く――
「……」
帰り道、雷音は1人歩いていた――
そして そっと、スカートのポケットに手を伸ばし、
その存在を確かめる――お守り代わりに持ち歩いている物――
それは、バトキャラ専用のコイン……
「……嫌だな……私ずっと、都合の良い事ばっかり考えてる……
奇跡なんて……起こるはずないのに……諦めなきゃって
思ってるのに……終わらせたはずなのに……!
まだ心の整理できてなくて――本当にダメだな、私……」
雷音は心のどこかで、奇跡を願っていた……
あの時 聞かなかったのではなく、聞けなかった事――
はっきりとした答えを聞いて、知ってしまえば
確実に絶望してしまいそうで怖かった――
“彼”には“彼”の夢を追い続けて欲しい。
“彼”には、自分の道を進んでいて欲しい。
“彼”には、幸せでいて欲しい。
それは雷音の心からの願いである。
だから、自分の存在で彼を縛り付けない為に、
彼とは別れる事を選んだ――しかし……
「……ずるいよね……私……こんな事、考えて――
そんな都合の良い現実……ありえない……よね……
いいかげん切り替えなきゃ……頑張らなきゃ……!!
帰ったら、ちゃんと予習と復習して、自分の夢も叶えなきゃ――」
気合いを入れようとしても
どこか淋しくて、弱気になってしまう自分がいた。
「――あれ?」
そんな事を思っていると――
前方に一つ……見覚えのある、人影――
……それは――壁に凭れ掛かるように
苦しそうに息をする少年の姿――
「まさかっ……そこの人っ! 大丈夫っ!?」
雷音が駆け付けると……そこには――
「……空原……さん……?」
正也の姿があった――
「やっぱり……木間君っ! ……どうしたの?」
「あっ……これは――えっと……ちょっと立ち眩み、して……
でも、大丈夫――……もう少し、休んだらっ……っ……失礼っ……!」
正也は笑顔を作ろうとしながら答える――
だが言葉の途中、正也は酷く咳込んだ……
表情を悟られないように――壁の方を向いていたが、震える体と
顔色は隠しきれず、必死で苦しみをこらえているようだった――
「……ちょっと失礼するね……! すごい熱っ……!?
……手は冷たい……だったら これからまだ熱上がるかも……
かなり重症っぽいのに大丈夫な訳ないでしょ……
とにかく……病院かお医者さん、早く行った方が――……」
そんな正也の様子を不審に思った雷音は――
正也の額と手に触れる……
「……平気だよ……俺、平熱高いし――これ位っ……
それに今お医者さん行っても……検査によっては――
時間経たないと結果出ないみたいだし……」
「でも、呼吸めちゃくちゃ荒いよ!?」
「……多分それ、昔 気管支系弱かったから……
大げさだよ、俺は平気……だから……」
「……そんな訳ない……! かかりつけの先生どこ?
1番近い所だと黒葉先生?」
「そう、だけど……って空原さん?」
雷音は携帯電話を取り出し、話し出す……
「……発熱外来、まだやってるから予約した。午前診の最後、
診てくれるって……勝手に話進めてごめん、でも……
さすがに素人目に見ても放っておけないから……
もしすぐ結果でない病気で 二度手間に なっちゃうかもなのは
申し訳ないけど、すぐ結果出る病気の方かもだし
……親御さん、家にいる?」
「いない……日付変わるくらいまで、帰って来ない……」
「だったら、私が付き添うよ」
「……いや、1人で大丈……」
「その状態、さすがに大丈夫には見えないし、あまり考えたくないけど
これ以上悪化する可能性もあるし……迷惑だとか、余計なお世話
だったら、本当にごめん……でも私は、今は木間君に遠慮されるより
頼ってくれた方が嬉しいな」
「……迷惑な訳ない……! その言い方は、ずるいよ……」
「――決まりだね……家近くだっけ? 少し入っていい?」
「うん……すぐ近くだから」
そして2人は正也の家に入る……
「荷物は最低限にして……
引き出しとか冷凍庫、見ても平気?」
「……うん、良いけど…………冷蔵庫とか、小さいだろ?
――驚いた……かな……って言っても……それだけじゃ
ないよな……大した物もない、狭い……家だから……」
――正也の家の冷蔵庫や冷凍庫は小さく、そして 中にはほとんど
何も入っていない……そう話す、正也の声は――少し淋しそうだった。
正也の家はお世辞にも、広いとはいえない……風呂場や御手洗い以外
台所と一部屋だけで1人住むにも狭いと思える大きさ……
「ううんっ……あっ……良かった……
これあったら、と……他は……奥、失礼するね」
一方雷音は何かを見つけて鞄に入れ、奥の部屋に入る――
雷音の予想に反し、そこには布団が敷かれていた。
「……この布団、木間君の……?」
「……うん……もしかして……布団用意しようとしてくれた?」
「うん……そうだけど――」
「……手間、省けて良かったよ……
いつもなら 片付けてるけど、今日は遅刻ギリギリだったから」
「――木間君にもそんな事あるんだ……でも……あれ……??」
雷音は、正也は几帳面で、布団も寝巻きも
きちんと片付けて毎日余裕を持って登校している――
そう思い込んでいただけに、乱れた寝巻きを目にして驚いた。
「……その割に……布団……乱れてないじゃない……
どうして――ってそれよりも……」
正也が受診に必要な物を用意する一方、
雷音は手当たり次第引き出しを開け、必要そうな物を探す……。
「……ここにはない、ん……?」
引き出しを開けている途中、折りたたまれている
古びた紙が目に入り――なんとなく胸騒ぎがした。
「……って、違う違う! こっちの引き出しかな……?
あっ良かった、これこれ」
そして鞄に――必要な物を入れる。
それから必要最低限の荷物だけを持って、
2人は正也の家を後にした――……
「受付……済ませてきたけど……後2、3人待ちだって」
「ん……了解……ありがと……」
雷音は待合室で正也の隣に座る……正也の様子を伺う――
正也は額に手をあて、椅子の上で苦しそうに屈み込んでいた……
「……今も寒い?」
「……平気。暖房効いてるし、震えも治まってきてるから――安心して」
「……安心、ね……でも多分これから、かな――
今はひとまず熱測って、それと多分必要になるだろうから、これ」
「……え? あっ、ありがと……」
それから雷音は正也に体温計と、
正也の家から持ち出していたスポーツタオルを渡す。
「久しぶりだから問診表書いてって。代わりに書くから、答え教えて」
「……ありがとう」
そして雷音は木間に答えを聞きながら、問診票を埋めていく。
「……熱はそろそろかな」
「……!」
そう言うや否や、体温計の音が鳴り、
取り出した正也は驚いたような表情だった。
「問診表と一緒に持って行くから、貸して」
「……大丈夫……自分で……行く……」
「でも、しんどいでしょ? ……もしかして見られたくない?
でも見せて……って……! 予想通りってとこかな……
手で計った感じからも かなり高いとは思ったけど――
やっぱり……ちょっと待ってて」
そして雷音は受付に体温計と問診票を持って行き、再び正也の隣に
座る。正也はスポーツタオルを顔にあてながら、表情を歪ませていた。
「……木間君、まだ待ち時間あるし……横になって少しでも
休んだ方が良いよ? 40度近いんだし……相当辛いでしょ?」
「えっ……でも――……」
ここは、待ち合い室の椅子の上……横になれる長さの長椅子ではあるが
さすがに長椅子に寝転んでしまう事、自分1人で占領してしまうのは
悪い気がする――
「大丈夫、さっき受付の人にも事情説明したら、それだけ酷いならって
言ってくれた……今他の席も空いてるし、占領しても大丈夫だよ」
「そう……なら――悪いけど……空原さんは……向こうの席に――……」
「違うよ、木間君……頭、私の膝の上に乗せて」
「……!? ……平気だよ……わざわざ……
そんな事してもらう権利も……ないし……」
「――権利なら、あるよ……枕、あった方が寝やすいでしょ……?
私、少しでも木間君に楽になって欲しいって思ってるから」
「でも、ダメだよ……今の俺、
さっきから……なんか……めちゃくちゃ汗、すごくて……」
震えは治まったようだが、紅潮した正也の顔や体からは大量の汗が
流れていた……上着を脱いで、タオルで流れ出る汗をぬぐっても
全ては追いきれない様子……
「……震えも治まったって言ってたし……
その様子じゃ多分、熱上がりきってるみたいだね……
辛いと思うけど……多分、これから熱下げる為に
かなり汗かくんじゃないかな」
「……普通の状態でも申し訳ないのに
そんな状態で膝枕なんて……空原さんのスカート汚れたら……」
「……その辺は抜かりないよ? ちゃんと木間家から
大きめのタオルも持ってきてる」
そう言って雷音は自分のスカートの上にタオルを敷いた。
「ほら、これで大丈夫」
「いつの間に……」
「だから遠慮はなしね」
「――じゃあ……ごめんっ……」
正也は眼鏡を外し、申し訳なさそうに
雷音の膝の上に、自分の頭を置く――
「――椅子の上だと色々難しいと思うけど、横向きでも仰向けでも
その時の木間君が1番楽な状態に寝返りうってくれたら良いから
気にしないでね。ボタンも、これ位開けた方が――息もしやすいかな」
そう言いながら、雷音は正也のシャツを第2ボタンまで開けてやる――
「うん……ありがと……」
「こうしてる方が――少しは楽?
それと吐き気とか おなかの方は大丈夫?」
「うん……かなり楽……吐き気とかおなかは 今の所大丈夫……」
「……消化器系が大丈夫そうなのは少し安心かな……
あっ、もしいきなり気分悪くなって吐きそうになったら言って。
ビニール袋も持ってきてるし、
最悪間に合わなくても緊急事態だし、そこも気にしないから」
「……本当すまない……でも……空原さん――俺の頭、重くない……?」
「――木間君は……いつも他人の事ばっかりだね……
私は全然平気、後ね 気休めにしかならないと思うけど――……」
「んっ……!! つめたっ……」
雷音は、正也の額にハンカチに刳るんだ保冷剤をあてがう――
「――さっき木間君の家に上がった時、見つけて持ってきておいたの
……使えるかなって……熱……すごく高いし……冷やすと
逆に気持ち悪くなる事もあると思うから、良くないようなら
のけるけど……今、熱かなり辛いでしょ……? 少しは――楽……?」
「……今、めちゃくちゃ頭熱い……から……
気持ちいい……ありがと……」
「……楽になるなら良かった……後で解熱剤も もらえると思うけど、
解熱した方が良いかとか、物理的にも解熱した方が良いかは
先生にも確認した方が良いから、今は辛いだろうけど……
しないでおくね。物理的にも冷やした方が良さそうだったら
帰ってから太い血管通ってる所ちゃんと冷やしたら、もっと
楽になると思う……それと呼ばれたら起こすから……
気、緩めても大丈夫だよ……? しばらくは少しでも休んで
体力蓄えて。――眠れなくても目つむってるだけでも視覚情報
遮断されて脳は休まると思うから、少しでも休んでおいて」
「……分かった……ごめん……あり……がと……」
正也は安心した様子で、目を閉じる――
「……はっ……はっ……はぁ……」
雷音は心配そうに膝の上の正也を見る――
息は荒く、流れ出る汗が熱の高さを物語っていた……
「――木間君がここまで私に頼れる……
なんて……よっぽど辛いんだ……」
雷音はそう思いながら 正也の汗を拭い、名が呼ばれるのを待っていた――




