chapterⅩ falsehood -偽言- Ⅰ
蓮の過去と、椿と現実世界の男子達が絡むお話です。
「……『レン』って名前を、君にあげる」
それは、初めて“彼”がRPG化した時の事――
昂は“レン”の名前を与えた“彼”に、そう言って微笑んだ――
「なっ……『廉』だとっ!?」
「……ううん、君が、考えている『廉』……
僕達の、大切な人とは違う――漢字は、『蓮』……
さすがに、漢字まで一緒だったら抵抗あるかな、って思うし」
「この姿の時の名前なんか――どうでもいい、
仮初の名前にすぎねぇんだし……それより、あ……」
「ストップ! ……この世界では、その呼び方はダメ……
この世界にいる限り――この姿でいる限り……
君と僕との――“現実の関係”は断つ、だから」
昂の事をいつも通りに呼ぼうとした蓮を、昂は真剣な眼で見る――
「なっ……」
「この世界の“創造者”として、君に命じる――
僕はここでは『昂』と名乗る……深い意味はない――
“昴”から1本引いた、“昂”……良いね?
ほら、呼んでみてよ♪」
「……深い意味がない……だと? 嘘つけ……
そっちは、よりにもよって康さん由来にしやがったか……
てめぇの名前は――絶対ぇ名前で呼ばねぇからな」
「そっか~ざーんねんっ」
その日から彼の“蓮”としての戦いが始まった……
現実世界の蓮の願いを叶える為に……
現実世界の蓮が、現実世界の昂に許される為の戦いが――……
「……」
それから――強制イベント後、初めての蓮との共同クエストの日が訪れる。
昼休み、椿は放課後の事を思い歩いていた……
「それなのに……本気で好きって言えるのっ!?」
……先日、雷音が言っていた事が頭から離れない……
今日は、特に――蓮と会ってしまう日なのだから。
「……私の“好き”は……“好き”じゃないのかな……」
蓮の事が好き……それは今までは単純に思っていた事……
けれど“蓮”は現実世界には存在しない……現実に存在しているのは
“蓮”ではなく、“蓮”というRPGキャラを使用している人間……
これは当たり前の事実である。指摘されるまで、真剣に考えた事がなかった
……むしろ、理想化していたのかもしれない。……それが、なんだか
申し訳なくて――後ろめたくて、だからと言って、酷い人だと思い込むのも
失礼な気がして――結局考えがまとまらない……
「現実の蓮さん……どんな人、なんだろう……でも――」
現実の蓮がどんな人か知りたい……けれどそれはきっと、一方的な感情で
迷惑な感情なのだろう……椿はそう思っていた。そもそも今日会える事も
蓮が望んだ事ではない。昂の命令で一緒クエストに行く事になっている。
蓮は昂には文句は言っても逆らえない……だから、蓮は自分の事……
現実世界の自分の事までは知りたいとは思っているはずがない――
椿はそう思っていた。
「蓮さん……今どこで何してるんだろう……
もしかして、何所かで会ってたり――する訳ない、か……」
現実世界の蓮はどんな人なのか……自分は蓮の「何」が好きなのか……
それは、現実世界と共通する部分なのか、相手の現実なんて、考えるだけ
では分かるはずはない……だから、恋愛感情を抱く事自体やはり……
危険な事なのか――そう思った時の事……
「……妃宮さんっ!」
「えっ? ……あっ、中里君……」
「正也、見なかった??」
「分からないけど……どうしたの?」
「いや、生徒会の緊急召集でさ、さっき決まったから、
今から放送委員に役員召集頼むけど……それまでに
正也見つけたら、生徒会室来いって言ってくれねーか?」
「あっうん……分かった」
「そっか、サンキュ~♪ 助かった! じゃっ!」
そうして、雅晴はあっという間に去って行った。
「……そういえば中里君、この前は意識……してなかったけど――
この前から私の苗字間違えずに呼んでくれてる……嬉しいなっ」
そして残された椿は、密かに微笑む……先日は雷音と話した直後と
いう事もあり、意識する余裕がなかったが――以前、雅晴は椿の名字を
間違えて呼んでしまい、それを椿が指摘した事があった。名字を間違
えて呼ばれる事は椿にとっては慣れている事だが、それ以来間違えずに
呼んでもらえている事……些細な事であったが――椿には嬉しかった。
「……木間君も……ちゃんと間違えずに呼んでくれる
数少ない人、なんだよね――あれ?」
椿は見覚えのある影を見つける――雅晴が向かった先とは逆方向から
正也が現れる、つまり……まだ生徒会の事も知らないはず――
「木間君だ……言わなきゃ――木間君っ!」
呼び止めた瞬間、正也と目が合う――
「えっ? ……妃宮さんっ!? わわっ……」
椿の顔を見るや否や――正也は全速力で駆け出し、視界から消えた……
「えっ? ……木間君どうしたんだろ……? いきなり話し掛けて
びっくりしちゃったのかな……? 確か木間君って女の子と
話すの苦手……なんだっけ……だったら仕方ない……かな」
椿は驚いたが――以前雅晴と正也がしていた会話を思い出す。
その時雅晴は正也に「女の子と話すのさえ苦手」と、確かに言っていた。
「無理に話し掛けない方がいいかもしれないし
放送もかかるだろうから……大丈夫、かな」
そうして椿は正也の反応については気にせず、教室へ戻って行った……




