chapterⅧ allowance -斟酌- Ⅲ
椿とシーフが色々話すお話です。
「ほ~ら♪ 逃げてばっかじゃあ、倒せないわよぉ?」
「……あいつ、絶対ぇ本気出してねぇ……!!
きっと何か理由があるはず――考えられるのは……
だったら、俺は――『その時』に賭ける……!!」
一方竜は――綾の攻撃を避ける事に徹していた。
そして竜は気付いていた……綾は本気を出してはいない。
その理由を考えながら――反撃の機会をうかがっていた。
「今ので殺せてたけど、殺さなかった――これで信用してくれたかな?
本当に自分が椿ちゃんを勝たせたいって思ってるの……
怖がらせてごめん、元の位置に戻るね」
そう言って、シーフは椿の正面に移動する。
「じゃあ先刻の話だけど――蓮がレベルMAXになったら、蓮が救われたら、
蓮はもう――完全にこのゲーム、やめてしまうよ? それはつまり
椿ちゃんとの毎週のクエストもなくなる――椿ちゃん、本当に自分の
しようとしてる事分かってる? 蓮との別れの時間早めて――自分で
自分の首――締める事になるんじゃないの?」
「……そう、ですね……蓮さんは私に特別な思い入れもありませんし
無理矢理付き合ってくださっているだけ……私といるメリットもない
……だから、お別れになっても仕方ない……です……」
そう答える椿の表情は――とても淋しそうだった。
「――仕方ない、
それで――もし今日でお別れになったとして、納得してくれる……?」
「それは……」
「意地悪言ってごめんね……でも椿ちゃん、すごく淋しそうに見えたから」
「……それは……でも……こんなの私が我儘なだけです……一方的な
気持ちです……だから……これは我慢しないといけない事……それに
私は、そんな気持ちを抱いても許されるような、価値のある人間だとは
思えないから……納得するしかないじゃないですか……!!
私は――どう思う事になってもいい……でも蓮さんには――
昂さんが前におっしゃっていた、昂さんしか叶えられない願いを
叶えて……昂さんしか渡す事ができない気持ちを受け取って……
解放……されて欲しいです……!!」
「……そう、嘘には聞こえない。本当に……謙虚で優しいね、
椿ちゃんは」
そう言って、シーフは微笑む――
「いえ、事実を述べたまでですし……そもそも淋しいという
気持ちを抱いてしまう事自体、おこがましいとも思ってます……」
「……椿ちゃんは、自分を低く見過ぎだよ? そもそもリアルの蓮自体、
そこまで――なんというか、高く見るべき存在じゃないと思うし」
「でも、私は――」
「自分に、自信がない?」
「……はい……」
「……だからこそ、っていう部分はあるとは思うけど――
そういえば、椿ちゃんって……昂から蓮の願いの事はどこまで
聞いてるんだっけ?」
「えっと……具体的な事は知らないのですが、昂さんにしか
叶えられなくて、それが“気持ち”で、それで――でも、
昂さんはそれを穢して欲しい、みたいな事をおっしゃってて……
私にはよく意味が分からないんですけど……」
そして椿は思い出す。
昂は以前「蓮の純粋な気持ちを穢して欲しい」……そうとも言っていた。
「あの子はね、ある意味純粋で、ずーっと、星……現実世界の
昂の事が大好きなんだ。星もあの子の事が大好きだった……
ううん、過去形じゃあなくて、今も大好き」
「そう……なんですよね? でも――今みたいな事になってしまう
ような事があって……昂さんも蓮さんの事を『許せない』と
はっきりおっしゃってました……あの、現実世界の蓮さんは――
現実世界の昂さんに、何をしたんですか?」
「――それは、自分の口からは言わないでおこうと思う」
「……言えないような、事でしょうか?」
「そうだね。勝手には――言えない。今の自分からは――言わないで
おこうと思う。いつかきっと、昂か蓮の口からは聞く事になるかも
しれないけれど、今は――でも、ああなったのは……そもそも、
現実世界の蓮が苦しむ事になったのは……――ある意味、自分が
この世に……現実世界に――存在してしまっているからでもあるんだよ」
そう言ってシーフは、哀しそうな表情を浮かべる。
「えっ……?」
「自分が存在しなかったら――こんな事にはなっていない……自分が
いなかったらって……そう思う事もある……――蓮を苦しめる存在で
ある自分を、椿ちゃんはどう思う? 最初から自分がいなかったら、
そもそも蓮は今、こんなに苦しんでないよ。それは――断言できる」
「……えっと、貴方は、蓮さんに――何か酷い事をしたのですか?」
「ううん、そういう訳じゃない、そもそもあの子に初めて会ったのは
――“あの時”が最初だったし。あの子が自分を憎むのは――自分の
存在そのもの――だね。きっと自分がどんな人間でも、あの子は――」
「……貴方が、どうして――ご自身のせいでそう思われるかは
分からないですが、貴方が、ご自分がいなかったら――なんて
考えてしまう事は哀しいです」
椿は詳しく事情は分からないが――そう、答える。
「……そう、思ってくれるんだ」
「……それに私も、もしかしたら――貴方と同じ立場で存在していたら
蓮さんを苦しめる事になっていたかもしれない……という事でしょうか」
「そういう事だね」
「でしたら、貴方には――そんな風にご自身を責めないで頂きたいです」
「……ありがとう」
そう言って、シーフは笑う……
「本当は――あの子も気付いてる。本当の意味で終わりにする為に
必要な気持ち……昂も本当はあの子が苦しみ続ける事を望んでない
……! ごめんね、自分達の事情に――椿ちゃんも巻き込んでしまって」
「いえ、そんな私は――」
「だからこそ、嫌だと感じたら、その時はいつでも引き返して欲しい」
そしてシーフは真剣な目で椿を見つめる。
「えっ……?」
「……世の中には、色んな形の出会いがある、繋がりがある。仕組まれて、
強制的に出会わされる――事もある。それでも、もしも……お互いが
好きになってくれたら自分も嬉しい……でも、どんな形の出会い方でも
どんな形のきっかけでも、そこにお互いの意志がないと――やっぱり
自分は納得できない。だから――無理はしないで欲しい。…としても
お願いする。無理だ、受け入れられないって思ったら、その時は
仕方ないと思ってる。星のやり方はめちゃくちゃだと思う……
でも自分は嬉しい。こんな優しい子がいてくれて、存在してくれて。
偶然、星が見つけてくれて……そして――我儘だとは思うけど、
受け入れてもらえるのなら、廉さんの願いも叶えて欲しい」
「……貴方は、蓮さんのお名前の由来になった、
廉さんにもお会いした事が……?」
椿は思い出す。昂と話した時に言っていた事……。蓮は「廉」という
人物の名前から取った事を。そして彼は――現実世界の昂に現実世界の
蓮に恋愛を教えるようにと言っていた事を……
「……少しだけね。廉さんは――……家の自分にもよくしてくれた。
…さんも、廉さんに本気で愛してもらえて嬉しかったと思う。
――色んな事があって、“蓮”は今、このゲームの世界に存在して
……だからこそ、今の“蓮”と椿ちゃんの出会いも、自分がいなかっ
たらきっと有り得なかった……起こり得なかった……出会いなんだ」
「……! ――そう、だったら……ありがとうございます。
貴方の存在が――私と蓮さんを繋げてくださるきっかけに
なってくださったとしたら、蓮さんに出会わせてくださった、
そのご縁に――感謝します」
「理不尽な事、きつい事、いっぱい言われてるのに?」
「……あの部分は――蓮さんの本当の、本性のお姿ですか?」
「そうだね。短気で偉そうで、特に女の子には超冷たい。でも――変に
律儀な所も優しい所もある……まぁこれは――星から聞いたあの子
だけど……でも自分も、あの子はそんな子だろうなって思ってる」
「……だからこそ、あの時見せてくださった優しさは余計に本物だと
思えるんです。あの方は……自分の利益の為に、上辺だけの優しさで
接する事はできないと思いますし、上辺だけの気持ちで、あんな風に
人に優しくできない方だと思っていますから」
椿は思い出す……ほんの少しだが――蓮は椿に優しくしてくれた事が
あった。蓮が私利私欲の為でなく、自然にしてくれていた事を――
だから、椿は確信する。
「……結構、すごい事だと思う、あの子から優しさ引き出したの
――もちろん、良い所も知ってもらえるのは嬉しいって思うけど
近付けば、近付く程……相手の事を知ってしまう……きっと――
知らないままの方が良い事も――多いと思うよ?」
「それはきっと――そう、なのかもしれません。でも私だって
そうなんです。私にもそんな部分はありますから」
「……ありがとう、椿ちゃん。
じゃあ“今”は――これで“終わり”にしよう」
「えっ……!?」
その瞬間、フィールドの空の色が――
水色から一瞬で茜色に変わったのだった……




