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宮廷書記官リットのシリーズ

【番外編】宮廷書記官リットの有閑な日常 〜金と銀の手紙〜

作者: 鷹野 進


「【続編】宮廷書記官リットの有閑な日常」の番外編、後日談です。





「助けてくれ、リット!」

 血相を変えたジンが、執務室に飛び込んできた。


「なんだ。どうした? ジン」

 紅茶の入ったカップを、リットは机上に置く。

 その傍ではポットを持ったトウリが驚きに硬直している。


「また、恋文か?」

 早足でリットが座る執務机に近づき、便箋を見せた。


「これはまた。シンプルで手の込んだ便箋だな」

 リットが言い、文面に目を走らせる。


 白い洋紙に、細かな金箔が漉き込まれていた。

 一目見てわかる、その高級さ。記された筆跡は繊細だが、どこか意志の強さが伺える。


「返事は、どう、書いたら、いいんだ?」

 ジンが顔を強張らせる。ほう、とリットは息をついた。


「お断りの返事ではないのか」

「そんなわけあるか!」

「へぇ? どういう風の吹き回しだか」

 リットの翠の目が眇められる。



  ジンどのへ

  たくさん貰っているだろう、恋文に隠されて

  しまうと思うが、手紙を書く。

  手の傷の具合はいかがだろうか? 

  私の尊厳を守ってくれて、ありがとう。

  何故だろうか。

  ジンどのの灰青の瞳が、頭から離れない。

  次も、手合せを願いたい。今度は、負けない。



「素敵な恋文ですね!」

 硬直から回復したトウリが、嬉しそうに叫んだ。


「凛々しい告白だな」

 リットが便箋をジンへと返す。


「それで、ジン。どんな恋文をお望みだ?」

「まだ、恋文じゃない」

 ぶっは、とリットが噴き出した。


「お前! 朴念仁もたいがいにしろよ!」

 む、とジンが顔をしかめる。


「恋文はもっと甘い言葉を囁くものだろう」

 主人(リット)侍従(トウリ)が顔を見合わせた。

 揃って、盛大なため息をつく。


「……おい。リット。今、おれを馬鹿にしただろう」

「馬鹿にもしたくなるわ。この鈍感」

 うぐ、とジンが言葉を詰まらせる。


「まあいい。返事を出すんだろう? 便箋は……これがいいかな」

 執務机の引き出しから、リットが便箋を取り出す。細かな銀箔が漉き込まれている、白い無地の洋紙。


「羽根ペンは、白鷲」

 歌うように、リットは机上に並べる。


「インクは、月夜を思わせる濃紺だな」

 ことり、とインクが入った瓶が置かれた。


「さて、ジン」

 リットの翠の目が、真っ直ぐに彼を射た。


「ああ」

 ジンが頷く。

「代筆をたの――」

「お前が書け」

 ジンが目を見張った。


「え、いやっ。な、なんの冗談だ?」

「冗談などではない」

 リットが椅子に背を預ける。ため息を、ひとつ。


「お前の言葉で、お前の思いを、書け」

 言い含めるように、リットが呟く。


「だが……、支離滅裂になるぞ」

「いいんだ。それで」

 リットが頷いた。


(つたな)い言葉でもいい。たどたどしくてもいい。相手を想って書いた言葉は、必ず届く」

「……そうなのか?」

 不安そうに、ジンの灰青(かいせい)の目が揺れる。

 ふっと、リットの口元が緩んだ。


「シズナどのが嫌いか?」

「そんなことはない!」

 ジンの強い言葉に、傍で聞いていたトウリの目が丸くなる。


「ほら。もう答えは出ているだろ、我が友よ」

 リットの穏やかな声に、ジンがゆっくりと首肯した。


「トウリ。ジンが手紙を書く。机の準備をしてくれ」

「かしこまりました!」

 主人の言葉に、トウリは笑顔で動き始めた。






 半月の夜。

 帰路の途中。滞在先の屋敷の部屋で、シズナは手紙を受け取った。

 真っ白い封筒を裏返せば、彼の名。じんわりと頬と胸が熱くなる。


「あら、シズナ。恋文かしら?」

 ルリアが目ざとく気づく。


「ち、違います!」

 ふふふ、とルリアが笑う。

「恋の相談は、いつでも受けますからね」

「……うぐ」


 頬が赤くなるのが自分でもわかる。

 シズナは逃げるようにバルコニーへ出た。夏でも、夜風はひんやりとしている。火照った体に心地よい。


 封筒を開け、便箋を取り出す。


 半月と部屋の明かりに照らされて、細かな銀箔がきらきらと輝く。天上に瞬く星々のようで、ため息が出た。

 月夜を思わせる濃紺のインクで、丁寧に、実直な文字が綴られている。



  シズナどのへ

  手紙をありがとう。確かに受け取った。

  手の傷のことは、気にしなくていい。

  もう治る。

  シズナどのの琥珀色の瞳も、きれいだ。

  柔らかな色の中に、強い意志がある。

  また、手合せを願いたい。

  シズナどのの剣筋は銀月のように美しい。

  次も、負けない。




 





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― 新着の感想 ―
[良い点] キュンキュンでした(*´ー`*)♪ 自分は手紙を書くことがほとんど無くなりましたが、作品の中で、送る相手を思って便箋やインクを選ぶのがとても素敵だなぁと思いました。どちらの手紙も、真っ直ぐ…
[良い点] 初々しい二人の姿と恋文に思わず笑顔になりました。 [気になる点] お互いに相手の瞳の事が書けるのは、お互いに真摯に相手の瞳を見ていたからなんだろうなと、ふと思いました。 [一言] 本編に続…
[一言] 3作続けて読ませていただきました、感想は・・ リア充爆発しろ。主人公周りに女の気配がない所が素晴らしいです。
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