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中編B 彼は愛していると言わなかった。

「……こんなところで口にするような言葉ではないと思うよ」

「そうですか。ごめんなさい、アレッサンドロ様を困らせてしまいましたね」


 アレッサンドロ様の向こうで安堵し、こっそりと勝ち誇った笑みを浮かべるリティージョ様が見えた。

 私はブローチを制服のポケットに突っ込んで、昼食の残りを食べた。

 砂のような味がした。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 誕生日から一ヶ月が過ぎた。

 私は家族に頼んで、これまで毎年アレッサンドロ様やリティージョ様を招いて開催していた誕生会を中止してもらった。

 誕生会の代わりというわけではないのだけれど、私は家族に隣国への留学と今の学園を退学することを許してもらった。もう学園には通っていない。今日も自宅で留学の準備をしていた。


「お嬢様」

「なぁに?」

「フランコ伯爵家のアレッサンドロ様がいらっしゃいましたが、どうなさいますか?」

「……応接室へお通しして」


 我が家は平民だが、貧しい貴族家よりも余裕がある。

 私専属のメイドと護衛を連れて応接室に向かった。

 一ヶ月ぶりに会うアレッサンドロ様は相変わらず美しく儚げだった。私の姿を見ると、座っていた長椅子から立ち上がる。


「エレナ!」

「今日はどうなさったのですか、アレッサンドロ様。私達の婚約は解消されているのですけれど」


 アレッサンドロ様に熱を上げていた私よりも、周囲のほうが冷静だった。

 彼とリティージョ様の関係は、家族が私に教えてくれたのだ。それでも良いのかと、自分で選ばせてくれた。

 あの日、婚約解消を決意した私を家族は許してくれた。いくら高位貴族でも、娘の私を大切にしない家に嫁ぐ必要はないと言ってくれたのだ。


「それは……聞いた」

「ご安心ください。フランコ伯爵家への援助はこれまで通り続けさせていただきますわ」

「それも聞いた」


 私とアレッサンドロ様の婚約がなくなった代わりに、フランコ伯爵家にはマルキ商会から資産運用の指南役が入ることになった。

 これまでは貴族の誇りというやつで受け入れてもらえなかったのだ。


「お話を続けるのならお座りになって、お茶を飲みながらになさいませんか?」

「……そうだね」


 長椅子に座り直したアレッサンドロ様は、出していたお茶で唇を湿らせて言った。


「コンテ男爵家への援助は取り止めたんだね」

「はい。これまでの債権はガッロ侯爵家が肩代わりしてくださいました」


 ガッロ侯爵家は羽振りが良い。

 当主はコンテ男爵家と同じように私達の祖父世代で、現男爵様の亡くなった妹が初恋だったという。跡取りだったころの現侯爵様には婚約者がいて、初恋は実らなかった。

 祖父の妹にそっくりなリティージョ様は、借金の形としてガッロ侯爵様の愛人となる──このままなら。それはアレッサンドロ様もご存じのはずだ。


「アレッサンドロ様。そんな仇を見るような目で睨みつけないでくださいませ。私、ガッロ侯爵様におふたりのことを話しましたの」

「私とリティージョのことを?」


 彼の顔が青褪めた。

 ガッロ侯爵に恋敵として憎まれることを恐れたのかもしれない。

 この婚約解消の原因がアレッサンドロ様の浮気だということは、ちゃんと証拠をつけてフランコ伯爵家に報告している。特に反論はなく、フランコ伯爵様には謝罪ももらっていた。


「ご安心くださいな。ご自分も許されぬ恋に苦しんだガッロ侯爵様は、おふたりに理解を示していらっしゃいます。アレッサンドロ様が直接ガッロ侯爵様とお話をなさってリティージョ様に相応しい男だと認められたら愛人の話はなし、侯爵様がおふたりの結婚を祝福くださると約束してくださいましたわ」


 その約束を引き出すためにガッロ侯爵様と交渉したのは私だ。侯爵様の孫息子である同級生のエンリーコ様が取り持ってくれた。

 甘い、と自分でも思う。家族にも苦笑された。

 でもあの日、アレッサンドロ様は私に愛していると言わなかった。どうしても貫きたい真実の愛だというのなら、もういっそ応援してしまおうと思ったのだ。そのほうが私の気持ちもすっきりしそうな気もするし。


「……エレナ。その場合、コンテ男爵家の借金はどうなるんだい?」

「アレッサンドロ様とフランコ伯爵家に嫁いだリティージョ様で、ガッロ侯爵家にお返しくださいませ」


 さすがにそこまで面倒は見れない。

 アレッサンドロ様は俯いて思索に沈んでいる。

 黙って考え事をする彼の顔が好きだった。幼いころ病弱だった私のお見舞いに来てくださって、枕もとで優しく見つめてくださる瞳が好きだった。でもアレッサンドロ様とリティージョ様は、私との婚約が結ばれる前からの仲だ。ふたりからしてみれば、私のほうがお邪魔虫だったのだろう。


「……」

「アレッサンドロ様、ガッロ侯爵家まで馬車をお出ししましょうか?」

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