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前編 愛していると言うのは私だけ

「おはようございます、アレッサンドロ様」

「おはよう、エレナ」


 今日もアレッサンドロ様が馬車で家まで迎えに来てくださった。

 アレッサンドロ様はマルキ商会の娘である私エレナの婚約者、フランコ伯爵家のご長男だ。ふたつ年上の彼と通う学園を私が卒業したら結婚することになっている。

 馬車に乗り、向かい合って座って私は彼に告げた。


「愛していますわ、アレッサンドロ様」

「ありがとう、エレナ。私も君が大好きだよ」

「愛しているとは言ってくださらないのですか?」

「それは……私が学園を卒業して一人前になって、君も学園を卒業して結婚してからでいいだろう? 愛しているだなんて特別な言葉を安売りしたくないんだ」

「あら、私は安売りしているとおっしゃるのでしょうか?」

「ごめん、そういうわけじゃないんだ。君に言ってもらえるのは嬉しいよ」


 アレッサンドロ様は困った顔で苦笑する。

 どうして愛していると言ってくださらないのか、私は知っている。

 彼には、私以外に愛する人がいるのだ。私と──マルキ商会とフランコ伯爵家に結ばれた婚約は政略的なものだ。マルキ商会は金を出し、フランコ伯爵家はマルキ商会の娘を娶って貴族の一員とし、貴族社会で便宜を図る。それだけの関係だ。


 それでも私はアレッサンドロ様を愛していた。

 ふわふわの銀髪に薄い紫の瞳、美しく儚げなこの人を一生守っていきたいと思っていた。

 私に向けられる柔らかな微笑みに、愛はないとしても情はあるのではないかと期待していた。持参金やマルキ商会からの援助が目当てだとしても私を必要としてくださっていることに違いはないのだと信じたかった。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「そういえば今日はエレナの誕生日ね」


 昼食の席、学園の裏庭でリティージョ様が言った。

 ふたつ年上でアレッサンドロ様と同い年の彼女はフランコ伯爵家を寄り親とするコンテ男爵家のご令嬢で私の友達だ。そして、アレッサンドロ様の愛する人。

 私とアレッサンドロ様、リティージョ様はいつも三人で裏庭のベンチに並んで座って昼食を摂っていた。


「プレゼントを用意したのよ。受け取ってくれる?」

「まあ、嬉しいですわ。ありがとうございます、リティージョ様」


 アレッサンドロ様の向こうに座ったリティージョ様が差し出す包みを私は受け取った。

 包みを開くとブローチが入っていた。私の瞳と同じ緑色の宝石だ。

 彼を挟んで左右に私とリティージョ様という、この座り方自体がおかしいのだと気づいていないらしいアレッサンドロ様が微笑んで言う。


「もちろん私も用意しているよ」


 どうして朝の馬車の中で渡してくださらなかったのか、私は知っている。

 リティージョ様に見えないところで、私との交流を深めたくなかったのだ。

 アレッサンドロ様の差し出す包みの中身はわからない。でも緑色の宝石が使われたものだということはわかっている。私の瞳に合わせたのだと言われるだろうが、私の灰色の髪に近い銀を使った装飾品はもらったことがない。いつも緑色の宝石と黄金の組み合わせ──彼らは私にアレッサンドロ様の銀と紫を纏わせたくないのだ。


「ありがとうございます、アレッサンドロ様。ですが受け取れませんわ」


 包みを拒んだ私に、彼は聞きわけのない子どもに向けるような笑みを浮かべる。


「大丈夫。今度の君の誕生会には、またべつのプレゼントを用意しているよ」

「私もよ、エレナ。今日のプレゼントは予告のようなものよ。遠慮せずに受け取って差し上げて」

「そうではないのです。私は品物ではなくて……言葉が欲しいのです。アレッサンドロ様、今日は私の誕生日、特別な日ですわ。今日くらいは愛していると言ってくださっても良いと思いますの」


 ふたりが凍りついた。

 アレッサンドロ様のお父様であるフランコ伯爵様は優秀な軍人でいらっしゃるのだけれど、商才に欠ける。領地経営に長けていた奥方が亡くなってから、フランコ伯爵家の借金は増える一方だ。

 婚約者の実家として我が家が援助するお金も消費されるばかり。伯爵様が始めた新事業はことごとく失敗している。


 リティージョ様のコンテ男爵家も借金塗れだ。

 現男爵である彼女の祖父が浪費家な上に、彼女の両親も見栄っ張りで分不相応なものを欲しがる傾向がある。

 さっき贈ってくれたブローチは我が家の援助で買ったものだろう。男爵家への援助は砂漠に水を撒くようなもので、私と男爵家の寄り親の伯爵家長男が婚約していなければ、とっくの昔にやめていた。


「ねえ、アレッサンドロ様。お願いしますわ」

「……」


 私が見つめても、彼は言葉を発しようとしない。

 眉間に皺を寄せて、チラチラとリティージョ様に視線を送るだけだ。

 長い沈黙の後、彼は言った。

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