痴女聖女おつきのメイドさん日記
我が国は長年、魔王軍の侵攻に脅かされてきました。
昨年には長年抵抗してきた大帝国が陥落し、これにより世界の半分以上が魔王領となってしまいました。
そこで過去の伝承を解読し、と言うわけではなく、第二王女マーリンさまが受けた天恵に従って勇者聖女召喚の儀式を行うことになりました。
呼び出されたのが男性なら勇者となり、運動能力に大きな恩恵が与えられます。
女性なら聖女となり、魔法関連の能力に大きな恩恵が与えられます。
そうして準備を整え、ついに召喚の儀式を行いました。
大広間に描かれた魔方陣が激しく光り、しばらくしたら光が落ち着き始めました。
すると、徐々に魔方陣の中に人影が見えてきたのです。
どうやら女性、というか少女なので、聖女様が召喚されたようです。
「おお! 成功だ!」
「女性ということは、聖女様だ!」
「よかった、これでこの世界は救われる!」
周りの人たちが騒いでいますが、その中でマーリンさまが聖女様に近づいていき、
「聖女様。私はこの国の第二王女、マーリンと申します。どうか、どうかこの世界を救うためにお力をお貸しくださいませ」
と、ご挨拶されました。
その後は聖女様とマーリンさまのやりとりが行われ、食事を待つ間別室にてお待ちいただくことになりました。
分かっております、最上級のお菓子と紅茶の用意ですね?
すぐに準備いたします。
こうして私は手ずから聖女様にお菓子とお茶をお出しするという栄誉に預かりました。
聖女様、口調の割にはゆったりと優雅な動きで召し上がりました。
口調から中身は年配の方なのかな? とも思いましたが、ほっぺを膨らましてお菓子を食べている様は見た目相応の少女みたいです。
おっと、食事の準備ができたようです。
マーリンさまが引き続きご案内くださるようですね。
あれ?
マーリンさまから目線にて合図が来ました。
『聖女様 後ろ 守れ 隙間 作るな』
意味が分かりませんが、何かあったのでしょう。
隣にいたもう一人のメイドに合図をし、マーリンさまの指示に従って会場まで移動することにしましょう。
ちなみに聖女様の、どう見てもいかがわしい改造を施したメイド服は、聖女様の世界では一般的みたいです。
なるほど。
私はこの世界の住人であることに、これほど感謝したことはありませんでした。
魔王軍?
女性としてのプライドの方が大事です。
そうして聖女様を会場まで案内し、そばでお給仕の手伝いをすることになりました。
そして聖女様は一口お召し上がり、
「まずい」
・・・?
ええ、ちょっと脳が意識を遮断してしまったようですね。
私は大丈夫です。
復帰しましたよ???
なのに、この部屋が少し傾いているのはどうしてでしょうか?
不思議なことがあるものです。
そうして聖女様は「コンガリ」「ガツン」という言葉を繰り返されました。
どうやらインパクトという物が足りなかったようです。
しかし、聖女様。
まずいまずい言いながら次々と全て召し上がるのはどういう事でしょうか?
あ。
今、ちょっと聖女様の様子に変化が!
さすがにこの肉の丸焦げは駄目ですよね!?
違いました。
「うむ、これだ! これぞ至高・・・!」
・・・
おっと、意識が少し飛んでしまったようですね。
大丈夫、私はもう復帰しましたよ。
しかし、何故この部屋はこんなにも傾いているのでしょうか?
不思議でなりません。
その後は寝室へとご案内し、翌朝には朝食後に王様との謁見となりました。
私はいちメイドですので、謁見中は部屋の外で待機です。
何やら中から阿鼻叫喚が聞こえる気がするのですが、きっと空耳ですね。
いけませんね、最近体調をきちんと整えられていません。
聖女様がご出立されたら少し休暇をいただいたほうがよいのかも。
と思っていたら、聖女様に随行して魔王討伐に向かうことになりました。
理由は何ですか?
ずっとそばでお世話してたから?
他にもいましたよね?
ああ、もう一人がそのメイドでしたね。
なるほど。
最初にお茶をお出しした時のメンバーです。
討伐ですよ?
マーリンさまや私はともかく、もう一人はとても長旅には耐えられません。
え?
そこは聖女様が何とかしてくださると?
すみません、嫌な予感しかしません。
聖女様、まずは乗り物確保と言ってどうして森に向かうのですか?
次にその大木を削ってどうされるのですか?
そして私たちを大木に括り付けてどうされるのですか?
なるほど、こうして私たちを一度に担いで運ぶのですね。
しかしゆっくり移動しないと上下運動が大変なことに・・・
無用な心配でした。
大木ごと投げられました。
ちょっとまてぇぇぇぇええええええええ!!!!!
次に気がついたのは日が落ちかかった時でした。
周りは砂利や土しかない、窪地の底でした。
考えることを放棄して、肉の丸焦げを準備することにしましょう。
手順は簡単。
肉を火の魔法で黒焦げにするだけ。
調理技術などぽいです。
プライドもぽいです。
そんなものはコレには不要ですからね。
さて、食事の後は寝床の準備です。
荷物からテントを出して、組み立て・・・
聖女様?
何をされているのですか?
ふむふむ。
地面に手を当てて・・・おお、土魔法で地面が盛り上がってきました。
おそらく、土魔法で簡易な建物を建てるつもりなのでしょう。
ありがたいです。
テントを立てる手間が減りました。
その分、内装は頑張らせていただきますよ!
・・・聖女様。
いいですか?
ここでは今晩泊まるだけなのです。
ですからね?
王城より大きな建物は必要ありません。
え?
広い部屋が良い?
そうですね。
押しくらまんじゅうになるような狭い部屋よりは、広い部屋の方が良い。
それは分かります。
ですが、限度という物があります。
一部屋一部屋、うちの王城の大広間より広いのはやり過ぎです。
部屋から出るだけでも一苦労です!
分かっていただけましたか?
それは良かったです。
では、コレは取り壊して、新しい建物を・・・
聖女様?
建物おかわりではありません。
ええ。
一人一軒ではありません。
一部屋で十分なので、もう少し狭い部屋に・・・
そうそう。
その調子ですよ!
さて、残りのお二方。
そろそろ現実に戻ってきてくださいませ。
そのままでは風邪を引いてしまいますよ?
さ、マーリン様はこちらに。
あなたはそちらの部屋に。
では、皆さまお休みなさいませ。
見張りは私が勤めさせていただきますので・・・え?
誰か来たら分かるから不要?
聖女様がそうおっしゃっても、私にも立場というものがございますので。
ええ、そうです。
おわかりいただけたら幸いです。
では、ごゆっくりお休みくださいませ。
ふう。
ようやく落ち着けました。
昼にあれだけ(強制的に)寝ていると夜は少し眠れませんので。
さて。
まずは魔除けの魔道具がきちんと作動しているか確認ですね。
・・・大丈夫のようです。
では、少し高い所に移動して双眼鏡で目視確認といきましょう。
そして、旅立ってから3日目。
魔王城に到着しました。
すごいですね。
おそらくはこの辺りに魔王城の正門があったのでしょうが、城壁ごと影も形もありません。
どこに消えたのかは考えない方が良いでしょう。
ああ、周辺の生き残りと思われる兵士が城の中へ逃げていきました。
分かります、その気持ち。
とんでもない速度で何かが飛んできたと思ったら、いつの間にか大門の近くに少女がいて、しかし辺り一帯一瞬で吹き飛んだ。
現実逃避をするか、現実を直視して逃げ出すか、どちらかですよね・・・ええ。
そうして慌てる魔王軍を脇目に私は肉の丸焦げを作製中。
せめて食後の紅茶だけでも技術を発揮したい所ですね。
さて、お食事を終えられた聖女様はまっすぐに魔王城へ向かいました。
少しがたついてしまった門を押し倒し、それを見た兵士達をわざわざ回り込んで一人ずつ倒し。
しかし時々流れ弾を作っては慌てて私たちのそばに来て防御したり。
ああ、魔族も私たち同様、大きな恐怖の前ではあの様に無様に逃げ惑うしかないのですね。
貴重な体験だらけでした。
そうして最上階にたどり着けば、そこには魔王が堂々と立ちはだかっておりました。
おや?
聖女様が何故か棒立ちに・・・ああっ!
魔王の魔法により、私たちは檻の中に封印されてしまいました。
これは、術者が死なない限り解除されないという、非常に堅固にて悪質な魔法・・・
万が一・・・いえ、億が一にでも聖女様が魔王を倒し損ねた場合、私たちはこの中で飢え死にしてしまうことでしょう。
しかし、今この状況では逆に安心かもしれません。
正直なところ、聖女様の流れ弾が非常に怖いのです。
今までは聖女様がわざわざ回り込んで防護くださりましたが、さすがに魔王相手だと万一があります。
つまり、魔王の魔法により、聖女様はこちらを気にしなくても良くなったのです。
そして私たちも、命の危険におびえながら逃げ惑わなくても良くなったのです。
よし!
いけ!
そこだ、聖女様!
全力で応援いたしますよ!
こうして魔王は退治されました。
帰り道も大木の乗り物でした。
ああ、マーリンさまも彼女も、完全に目が死んでいますね?
私もマーリンさま用の護衛訓練を受けていなければ同じ目をしていたと思います。
あ、マーリンさま!
それは聖女様ではなく、ただの枯れ木ですよ!
え?
聖女様、このまますぐに元の世界へ?
これから盛大に歓待をさせていただけたら・・・そうですか、大事な用事があるのですね。
分かりました。
では、少しお時間をくださいませ。
元の世界へ戻すには、マーリンさまの力が必要なのです。
ええ、そんなに時間は掛かりません。
大丈夫です。
ではマーリンさま、少しこちらに来ていただけますか?
大丈夫です、肉の丸焦げパーティーは行われません。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
こうして正気に戻られたマーリンさまは、涙を流され嗚咽をこらえることもなく、聖女様との別れを惜しまれました。
私もふがいなく涙が止まりませんでした。
ええ、もちろん別れが寂しくて、です。
決してあの道中を思い出したわけではありません。
後始末のことを考えたわけでもありません。
マーリンさま達も同じだと信じております。
聖女様を無事元の世界へ送還したあと、マーリンさまは今回の旅を物語としてまとめることになりました。
私もそのお手伝いをすることになっております。
ただし、その前に少し別の仕事を命じられました。
そうです。
聖女様が道中に建てっぱなしにした建物やその周辺の調査、などの事後処理です。
おかしいですね。
後始末係はマーリンさまのはずでしたが・・・
なるほど、マーリンさまにはその記憶が無いと。
それなら仕方ありません。
拝命させていただきます。
あ、その前に少しこのお手紙を読んでいただいてもよろしいでしょうか?
ええ、こちらになります。
・・・?
何か不審な内容が?
いえいえ、きちんと所定の手続きに則った退職届で間違いございません。
もちろん、ただいまをもって、です。
後任は?
確かに通常はきちんと後任への引き継ぎが必要なため、一定期間が必要ですね。
おっしゃるとおりです。
しかし、この条項をお読みください。
そうです。
『心身に深刻な不調がある場合はこの限りでは無い』
それであっております。
騎士団長も真っ青になって逃げ出した旅に同行していたのですから、この条項に十分当てはまりますよね?
いえいえ。
大丈夫、今までの蓄えで十分に養生できますのでお気遣い無用です。
専属の医師も、私ごときにはもったいないので結構でございます。
とんでもないことでございます。
では、今までお世話になりました。
え、恨んでいる?
私が、ですか?
とんでもないことでございます。
不甲斐ない騎士や魔道士や神官など、恨むにも値しませんよね?
ええ。
機嫌を直して?
いえいえ、十分機嫌は良いですよ?
むしろ人生で一番機嫌が良いとも言えます。
これであの後始末をしなくてすむのですから。
え?
代わりに後始末をしてくださるのですか?
しかし、一度申し上げたことをこちらの都合で撤回するというのは・・・
手当も倍にする?
私も鬼ではありません。
大変な状況の人に手を差し伸べるのは当然でございます。
はい、こんな手紙はポイポイです。
さて、十分からかって元気も戻りましたのでお仕事片付けましょうか。
分かっております。
隠密衆筆頭としての立場は忘れておりませんよ。
ではまず、あなたたちはこの地点の調査を・・・
あなたたちは私の書き連ねたメモをまとめ直し、必要に応じて現地にて情報収集を・・・
あと、あのメイドにはしばらく休養および専属の医師をつけなさい。
丁重に扱うように。
あとは、・・・・・・・・・
お読みいただき、ありがとうございます。