八の華・紅玉水晶
いや、話を続けましょう。
抱月の屋敷に参った翌日、抱月は学校を休みました。
奴が気まぐれに学校を休むのはよくあることだったので、わたしは格別気にはしてはいませんでした。
あんなことのあったあくる日、あいつの顔を見んですむことを神に感謝したくらいで。
抱月に絡まれ通しで、いつもは話せない旧からのお友だちともぞんぶんに遊び、満足して家に帰ってみてみると、華が来ない……わたしの出迎えに来ないのです。
珍しくその時間、父親が家にいるのも不思議でした。
ちゃぶ台の前で固まっている父親に華の所在をたずねてみると、潤んだ両目でうなだれるように深く頭を下げられました。
「柚良、すまん……華は抱月屋敷に行った」
涙目で父の言うことには、何でも父の務める工場が、抱月の親父が社長に立つ会社の下請けであったとか……。
一通りの訳も話し、ずいぶん頑張って拒んだそうです。
けれどもしまいに「お前の息子がどうなるか分からんぞ」なんぞとひどい脅され方もしたらしく……。
(亡き愛妻の忘れ形見、大事な妖精の生命も、息子の生命には変えられない)。
そう思いきり、父は華を泣く泣く手放したらしいのです。
父の目から一すじ涙が伝うたとたん、その瞬間を見澄ましたようにして、玄関のベルが鳴りました。
玄関先に立っていたのは、誰あろう渦中の抱月でした。
「柚良、おれん家に来いよ。愛しい華に会わしてやろう」
ついついて行ったわたしの前で、抱月は薄赤い珠を、金細工の宝石箱から取り出しました。
水に透かした紅玉のような薄赤い紅……その中に浮いて目を閉じていたのは、誰あろう華の生首だったのです。
驚きのあまり声も出ず、泣くことも出来ないわたしを見下げて、抱月はこうぬかしました。
「お前のとこの妖精があんまり綺麗だったから、おれが宝石にしてやった。
これは首飴じゃない、妖精宝石というもんだ。
水のような水晶に色をつけ、加工して凍らせたもんだ。いったん結晶したからには、これはもう永遠に壊れやしない。良いだろう」――。
ああ、その話を耳にしたときのわたしの気持たるや!
わたしは芯から抱月を憎み、ぐうっと睨みつけました。
抱月の背後にひかえる鏡に映る己の顔は、さながら悪鬼のようでした。
それこそひたいにぐうっと力が入って、柔膚を突き破り大角が飛び出てこようかという……。
黙って奴を睨み続けるわたしの形相に、やっこさん気味悪くなったのでございましょう。
「良いや、もういらん。これはお前にやる。
余った体もお前に返す。好きにしろ」
そう言って、奴は宝石箱ごと宝石をわたしに「くれた」のです。
執事の持ってきた首なしの体と宝石箱と一緒に、わたしは屋敷のおもてへ放られました。
はい、この棚にあるのがその宝石箱です。
中身? ありますよ。ごらんになりますか?
はい、これでございます。これが愛しい華の生首でございます。
綺麗でしょう? わたしは今の今まで片時も手放さず、これを持っていたのです。もう八十のこの老爺、墓まで持っていくつもりですよ。
ああ、華の体でございますか?
食べましたよ。土に埋めて水に還すのも悔しいのでね……。
美味かったです。
華が植物性だったのか、動物性だったのかは今でもしかと分かりかねます。
華の体は甘いあまい蜜のような味がしましたが、咽るような鉄の臭いもしましたから。
今にして思うと、その鉄の臭いは、きつく噛みしめて傷つけた己の舌やくちびるの味だったかも分かりません。
いや、美味かった。本当に美味いと思いましたよ。
やっぱり途中で吐きましたがね。吐いたものにも口をつけて啜りました。なんとも言えない妙味でしたよ。いまだにその味を夢に見ます。はは……。