七の華・妖精飴
お待たせしました。
どうでしょう、天竺牡丹の蝋燭の香りは……?
お気に召しましたか? それは良かった。
さて、昔話の続きをば。
抱月の屋敷は、自分で「屋敷」というだけあって、それはすごいものでした。
映画でしか見たことのないような……それこそ当時のわたしの家が百個入っても余るような、とにかく広いお屋敷でした。
けれどもわたしの驚いたのは、屋敷そのものではありません。いやしい話なのですが、そこで供された紅茶でした。
まあ、まあ、その美味しいこと!
味と香りに深みがあって、一口含んだその後に入れてもらった牛乳の濃さとふくよかさ!
「気に入ってくれたようだな。良かったよ」
抱月もいつになく親切にそんな言葉を吐いて、頼みもしないのにティーカップに粉砂糖をすらすらと入れてくれました。
またその砂糖の甘味ときたら!
しつこくなく、はかなく、それでいて舌にしっかりと甘く……。
わたしは目を輝かせてカップに口をつけ通し。
そんなわたしを見て、抱月はにやり微笑みました。そうして、銀の盆を手にして横にひかえている執事に、
「例のものを」
と慣れた調子で頼んだのです。
出てきたものは、マイセンの皿に載せられた綺麗な珠の群れでした。
色も赤やら黄やら紫やら、とりどりみどりの鮮やかさ。
(何だろう……宝石かしら?)
そう思ってのぞきこんだわたしは、しげしげとその珠を見て思わず悲鳴を上げました。
それもそのはず、皿の上に載せられた珠の一つひとつに、妖精の生首がとぷりと埋めこんであったのですから。
ご存知ですか――妖精飴を?
俗に「首飴」とも言うそうですな。名の通り、とりどりの琥珀のように、妖精の首を埋めこんだ飴玉で。
こんなのをわざわざ造るより、それこそ虫入りの琥珀のほうがどれほどに良いか分かりません。危険、危険。
ともかくも、抱月はわたしの目の前にその首飴を山と積み、
「食べないか」
とにやにや微笑ってみせたのです――。
ああ、今でも怖や恐ろしや。またその時のきょとりとした執事の言うことったらありませんや。
「お坊ちゃま、食べられる妖精の首ですよ?」
ああ、何を言っているのだこの親爺。
何も毒があるとかないとか、そんなことを恐れて怯えているのでない。
この美しい飴のいでたちに、こんなものをこしらえる人間のいることに怯えているのだと――当時の幼いわたしには、どうにも口には出来ませんでね。
そんなわたしに、抱月はなおもにたりにたりと笑いながら言ったのです。
「柚良、何をそんなに怯えているんだ。妖精を食うのが怖いのか?
……妖精なら、たった今お前も口にしたじゃあないか」
わたしは一瞬きょとりとしました。
たった今? ――妖精を?
ああ、そうしてわたしは、今よりもずっと利発だったわたしは、すぐさま気がついたのです。
あの砂糖! 頼みもせぬのに抱月が入れてくれた紅茶の砂糖は、かねて音に聞く「粉妖精」だったのだと!
ああ、何たることでしょう。
そうして深く考えこめば、恐らく首飴をこしらえて余った体の部分が、すり潰されて粉にされ、粉妖精へと化したのでしょう。
「もう帰る」――。
そう言うのが精一杯、わたしは酔った幽霊のようにふらふらと屋敷を後にしたのです。
そうしてね、はは、尾籠な話なのですが、耐えきれず道ばたでもどしましてね。甘い香りが咽喉に絡んでこみあげてきて、いやどうもあの時は参りました。
ああ、天竺牡丹の香りが……あの時の咽喉の甘さを思い出しますな。
いやはは、とんだ失礼をば!




