五の華・形見
はい? 『今度は無糖でお願いします』?
ははは、あなた様は疑り深くていらっしゃる……はい、お茶のおかわりをどうぞ。
さて、それではそろそろ、わたしの昔語りといきましょう。
わたしは今でこそこんな白髪むさい老爺ですが、何も昔から年をとっていたのではありません。七十年も昔には、花も恥らう紅顔の美少年でした。
おやおや、お笑いになりますか……え? 『今でもどことなく面影がある』?
ははは! いやいや、ご冗談を! 皺もしみも揉み紙のように浮き出して、もう見る影もございませんよ。
いやいや、そんなことはどうでもよろしい。
大変お待たせいたしました。ここからようやっと本題です。
わたしは昔、一匹の妖精を飼っていましてね。
何、夏休みの虫採りよろしく、自分の手で捕まえたのではありません。この妖精、昔から我が家におりまして……。名を華と言いました。
何、わたしが名づけたのではありません。
そうですね、当時のわたしが名づけるのなら「鈴」とか「麗」とかつけたでしょうか……。
はは、どうでもよろしい、そんなことは!
華です、華の話ですよね。
華という名は、わたしの亡き母がつけたのです。
いやいや、この年の老爺の母ならとっくに亡き者だろうと言わっしゃるな。
わたしの母は、わたしのごく幼いころから「亡き母」でした。
母は生まれつき体が弱く……わたしが五歳になるかならないかの時分に、風邪をこじらせてこっとりと月下美人のしおれるように亡くなりました。
華はその母が幼いころに、友だちになった妖精でしてね。母の何を気に入ったのか、見つけてすぐになついたそうです。
妖精の国に帰ろうともせず、母のうしろをふるふると羽根を震わせてついてきて……羽根を切らず、首に鎖などつけてもいないのに、ふわふわとただ嬉しげに母のうしろをついて回っておったとか。
まあだいぶんに人見知りが激しかったものですから、家でも来客があったりすると奥へ引っこんでしまいましたが。
はは……まあそれはよろしい、おかしな御仁にさらわれる気づかいもありませんから……。
そうそう、その華なのですが、実は亡き母に生き写しでして。
華は髪が綺麗に長く、母は切り髪という違いはございましたが、それはもう可愛らしく美しく……まあ華の方が艶かしい体つきをしておりましたがね。
……ははは! これはとんだ失礼を! 老爺の艶話など、聞きたいものではございませんよね。
とにもかくにも、華は母にそっくりでした。もしかすると、見た目の似様からして、華は母のことを仲間だと思うたのやもしれません。
華は亡き母の忘れ形見……そうしてわたしの恋人でした。
おやおや、お笑いなさるか。いえいえ、決してお笑いなさるな……人間は人間としか結ばれてはいけないという法などありませぬ。
不文律と言わっしゃる? 「言わずの法」とおっしゃいますか。
あなた、それはちと頭がお堅い。一度恋に落ちてしまえば、人も動物も植物も関係ありますまい。ましてや人型の妖精においておや……。
おや? 『それでは子を生せぬだろう』と? これはまた、一元的なお考えで。
あなたは誰ぞ好きになるとき、(自分の子を生んでほしい)とお思いですか? 違いましょう? ただ、愛しい、好ましい、どうにかしてお近づきになりたいと、童子のように思うてあこがれているでしょう。
清らかなその気持ちがするするとずうっと続く、ただそれだけの理屈ですよ。
ともかくも、わたしは華を恋人だと思うていました。
華もおそらく、わたしのことをそう思うてくれていました。
ところがね、わたしたちの恋路を邪魔するやからが現れたのです。
姓を「抱月」と言いまして……。
『人の恋路を邪魔するやつは 馬に蹴られて死ねば良い』……古くはそう言いましたが、なんせわたしの幼いころにも、馬なぞはそうそう道ばたに居やしません。
奴は馬に蹴られることも死ぬこともなく、ずだずだとわたしたちの恋路に分け入ってきましてね……。
お茶菓子のおかわりはいかがです?
そうですか。では今度は、この厄介者の話をするとしましょうか。