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少年少女は燃えるように赤い鳥と無邪気にじゃれ遊ぶ。赤い羽根が舞い落ちて、白い花畑に赤い染みを作った。
少女が両掌に乗せた輝くものを赤い鳥に差し出すと赤い鳥は鋭く尖ったその嘴で少女の掌にあるものを啄み飲み込むのだった。
エアルの手記より。
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早朝に二羽の赤い鳥を森に放つ。窮屈な鉄製の籠を草むらに無造作に置いて、鍵を外した扉を開け、不思議そうにヒョコヒョコと外へ出てくる二羽の姿をぼんやりと眺めた。ほどなく、鳥たちは理解したのか、大きく翼を広げて大空へと飛び立っていくのだった。私はこの二羽の赤い鳥が翼を広げて舞い飛ぶ姿を見たことがなかった。
「そうか、あんな風に飛ぶんだ」
足元に残された赤い羽根を一枚拾って、私は籠を再び抱えて来た道を戻っていく。
赤い鳥。学名をコキベニアヴィスといい、直訳すればそのまま「赤色の鳥」という意味だ。私の父がそう名付けた。
体長は大人が広げた掌二つ分くらいで、体重は新生児より少し重いくらい。寿命は四五十年だと言われている。
この鳥は人の前世を見るらしい。
私が住む町は、宗教国家グッタの最東の町アーザム。北、東、南を山に囲まれた田舎町で、使徒アーザム様がここで命を落としたことから、使徒の名前がそのまま地名になったという伝説が自慢らしいが、それ以外には何も特徴は無くて、グッタのおまけだとしばしば馬鹿にされている。
私は鉄籠を抱えながらアーザムで唯一の教寺へ立ち寄り、法師様に父を弔ってほしいと申し入れる。
「こちらに喪主様のお名前をご記入ください。」と受付所で若い学僧に言われるまま、素直に自分の名前を記入した。
イルザ・コルデス。
「確かに受け付けましたので、明日までご準備の方をお願いします。この度はご愁傷様でした」
「よろしくお願いいたします」
学僧は淡々と感情も出さずに決められた台詞を話して、私をやんわり追い返した。
私が教寺を出ると、悲しい顔の人たちが入れ代わり立ち代わりに出入りする。おそらく法師様の説法を聞きに来るのではないだろう。法師様は多忙で神の話を説いている時間はないくらい、毎日が葬儀で一杯なのだと噂に聞く。
ずっしり重い鉄籠を半ば引きずりながら町の往来を突っ切っていく。こんな朝から空の鳥籠を持って歩いている人間なんて滑稽でしかない。行き交う町人たちは私を好奇の目で見ているようだった。
「あれ、鳥博士の娘よ」
「こんな朝から鳥籠なんて持ち歩いて何をしているのかしら」
「本当に、町から出て行ってほしいわ」
嗚呼、こんな重い鉄の鳥籠はどこかへ捨ててくればよかった。後悔した頃には、町からずいぶん離れた我が家に辿り着いた。舗装された道すら途切れて、獣道の先の辺鄙な森の中のひっそりした一軒家がある。一軒家と言っても、簡素な作りの質素な家だ。
「誰?」
薄暗い木々に囲まれた家の前に一人の女性が立っている。この辺りでは見慣れない女性で、年の頃は二十代半ばくらいだろうか。私がゆっくり近づくと、女性は私に気づいたようで、怯えた兎のように体を丸めて走り去っていった。
私は首を傾げながら、玄関扉の鍵を開けた。
「ただいま」
無意識に声を出した時に改めて気がついた。習慣と言うのは虚しいものだな思い、少し笑ってしまった。帰宅を報せる言葉を、聞いてくれる人はもういない。父は一日中研究室に引きこもっていたので、「おかえり」と私を迎えたことは無かったが、それでも今のこの静かすぎる感覚は今までとは明らかに違った。
昨日の夜、父が他界した。
私は籠を力なく手放して、その場に座り込んだ。鉄籠の落下音がいつまでもこの耳を振動させた。