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寒暖差アレルギー  作者: ももんが。
3/8

隣人と次期生徒会長

じとじとと体にへばりつくような暑さもようやくどこかへと過ぎ去り 、そろそろ木々の葉も若々しい色から鮮やかな色に染まり始まる。空気もどこかひんやりとしており、連日世間を賑わせた「猛暑」の存在など忘れてしまいそうになる。


環はこの季節の変わり目というものが好きだ。何かが変わっていく瞬間を目の当たりにする、いわばその瞬間の目撃者あるいは証言者。

季節を感じて綺麗な言葉で表現する程この男子高校生は器用ではないが、些細な発見を誰かと共有したいとは思う。だがそれさえも口にすることが照れ臭い。相澤 環とは不器用という単語がとてもよく当てはまる男子高校生だ。



「―行ってきます」

不器用ではあるが挨拶はしっかりする。挨拶は礼儀だ。礼に始まり礼に終わる、それを重んじる武道に励む身としておろそかにする訳には行かない。

環は部活で使用する竹刀しないの入った袋を肩にかけ家を出る。


今朝は日課の深呼吸に失敗した為に気付くのが遅れたが、空は青く澄んでいた。季節が変われど空はいつでも変わらずにそこに在るのだが、その表情は真夏のそれと比べると穏やかに見えた。


「たーまきー!」


穏やかな空の下を歩く環の後ろから嬉しそうに自分の名を呼ぶ声がする。振り返らずともその声の主が誰なのかは環にはもう分かっていた。

分かっていたからこそ環は走る。


「ちょっ、えーっ!?」


声の主は環の突然の走りに驚いたが、それで怯む相手ではないと環は熟知していた。


「はる、走りまーす」


そんな宣言が後ろの方から聞こえてきた。環は少し速度を落として走る。はた迷惑な隣人、五十嵐(はる)はローファーをパカパカと鳴らしながら環を追いかける。


「たまきー」


走りにくいローファーに合わせてゆっくり走る環。そもそも暖は走ることはもとより、運動全般が苦手だ。それを分かった上で環が逃げるのは他人からすればただの意地悪なのだが、環にとっては今朝の日課の妨害への仕返しである。

仕返しとはいっても暖を置いていく気はなく、暖の様子を見ながらゆっくりゆっくり走っていく。ただ暖の手が環に届きそうになる度に瞬間的にダッシュをすることは忘れない。その度に「もーっ!」と不服そうな声がするのだが。


そんなことをしている内に高校の門が見える。意地悪な追いかけっこをしている2人の家からは徒歩10分もかからない。それをゆっくりとはいえ走ってきたのだから今日はいつもより少し早めに到着しそうだ。


(さてそろそろ止まるかな)


環は呼吸を整えようと速度をゆるめたその時


「たまきつーかまーえた!」


ガシッと環の首に白く華奢な腕が巻き付き、スカートから覗くすらっとした足が環の腰に巻き付く。いわゆるおんぶだ。それも走った勢い付きの。


「っばかっ」


ぐらりとよろめく体を地面に付かぬように2本の足が踏ん張ってくれた。普段の鍛練の賜物だと思うがこんなところで役に立つとは思わなかった。


「お前なぁ、危ねぇだろ」

「だってたまきが急に走るんだもん」

「それはお前が今朝…まあいい。今すぐ下りろ」

「やだ」

「いいから下りろ」

「やーだ」

「…」


環はこの隣人に今すぐに背中から下りて欲しかった。なぜなら朝っぱらから校門の目の前で男子生徒と女子生徒が密着した姿は、例え男女共学の学校であっても目立って仕方がなかったからだ。

その姿を見た生徒の中には羨望の眼差しを向ける者もいれば、何故か失神寸前の女子生徒までいたがすぐそばにいた友達に介抱されていた。


「早く下りろ」

「やだってばー!」

「…」


駄々をこねる子どものように両足をバタバタと動かし事態は平行線のまま。もういっそこの駄々っ子を振り落としてしまおうかなどと考えていた時、


「またやってんのかお前ら」


背後から聞こえる呆れたような声に、環の背中の駄々っ子がヒラヒラと手を振って反応する。


「あ!あやと、おはよー」


平行線から抜け出すには第三者の介入が必要不可欠である。特にこの梅宮 絢斗は周りの状況や大勢の意見や考えも踏まえた上で客観的に物事を判断する。その能力で生徒だけでなく教師からも信頼を集めている次期生徒会長だ。今の環にとっても絢斗の登場はまさに救いだった。


「五十嵐、お前…」

「あやとが来たから下りよっと」


絢斗が声をかけるやいなや、ピョンとそれまでしがみついていた背中から飛び降りると「じゃまた後でねー」と駆け足で玄関へと向かって行った。

拍子抜けしてしまうほど実にあっけない終わり方だった。あの駄々との戦いは一体何だったのだろうか。

思わずハァと溜め息をつく環。そんな親友を見た次期生徒会長は客観的に見た上で質問を投げ掛ける。


「お前あれで本当に付き合ってないのか?」

「…何度聞かれても答えは変わらねえよ」

「端から見たら付き合ってるようにしか見えないのにか」


見えようが見えまいが事実は変わらない。ようやく玄関へとたどり着いた環はまた小さく溜め息をついた。


「一度振られてるのに付き合ってるも何もねえだろ」


スニーカーから上履きへ履き替えると今朝の恩人だったはずの次期生徒会長を置いてさっさっと教室へと向かう環。まるでそれ以上は深く入り込むなと言うかのように。


(まだまだ進歩はなしか)


絢斗も上履きに履き替えて教室へと向かう。


(五十嵐とあんなに密着しといて冷静を保ててるつもりなのは偉いか)


先程の親友の姿を思い出す。つい数分前の絢斗の記憶の中の彼の表情は困惑してはいるがその口元は緩みを隠しきれていなかった。


(あれだけ胸がくっついてたんだから、男子なら正常な反応だよな)


それにしても、と絢斗は思う。


(天然なのか計算なのか、あの子は一筋縄ではいかないな)






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