reminiscence1/三位明崇
気が付けば、またあの夢の中にいた。
真っ赤な血の夜、今は廃墟と化している実家での夢だ。僕はそれから目を背けるようにして夢の中、考えをめぐらせていく。
思い出していく。この家の、真っ赤な惨劇に至るまでを。
明崇は三位家の一人っ子として生まれた。実家はそれなりに、裕福な方だったと思う。それはそれは、恵まれていた。両親の愛情を、一身に受けていた、というやつかもしれない。少なくとも周りからは、そう見えていたであろうと思う。
しかしその過保護のせいか、幼い僕は異常なまでに外の世界に消極的だった。生温い、心地よい感覚から離れたくなかったのだ。
でもそれ以上に、心の中で何かが冷めきっているのを感じていた。
両親が自分に向けていたのは愛情ではなく、理想であったということだ。
そもそも明崇はできた息子ではなかった。掛け算をすぐには覚えられないし、かけっこも一位にはなれず、正に“万年三位”なんて不名誉なあだ名を付けられたことがある。
両親が見に来た運動会。走り終わった僕にかけるねぎらいの言葉以前に冷めた視線が合ったことを、僕は見抜いていた。
僕はその押し付けられた理想から逃げた。外に出る活発な子供ではなかったので、家でもっぱら児童文学を読みあさった。非現実的な夢想に身を投じるのは、とても心地よい行為に感じた。また図書館へ行って図鑑を読むのも好きだった。自分とは違う生き物を見ていると、人間である自分の方が、何だかつまらなくてちっぽけに思えた。
でも両親は、そんな明崇を許しはしなかった。その理想から、逃れることは許されない。
中学受験のための塾に加え、それに並行して週に五回、明崇は近所の剣道の道場に通っていた。これがまた、このころの明崇には、きつかった。
当時その道場はその近辺で偉く評判で、それに触発された明崇の母親がそこに通う様にと言い出したのだ。
思えばそれが、全ての始まりだったと思う。
道場の師範、沖和正と言う男は、一切の甘えを許さない男だった。
子供相手でも殴る、蹴るは当たり前。当時から小中学生には教えない『突き』という技も教えているくらいだから、中々本格的な剣道を、明崇は学んでいたことになる。
そして明崇は要領のいい方ではなかったから、彼にはよくしごかれた。
係稽古。
指導者に向かって連続して技を打たせる稽古だ。皆、メンを連続して打ち込む。明崇も同様に、そのメンを打ち込み続けた。が。
他の指導者は違ったが、師範である和正は少しでも隙があれば、門下生相手にも容赦なく技を繰りだした。
一度その係稽古で、彼のツキをまともに受けてしまったことがあった。
ツキとは面の『突き垂れ』と呼ばれる、被った面から突き出した、丁度喉に位置する布を有効打突部位として、思い切り竹刀の剣先で刺突する技だ。最も難しく、初心者では非常に戸惑ってしまいそうな技。しかし道場の師範ともなるとわけが違う。和正の竹刀は寸分のずれもなく、十分な勢いを持って、明崇の喉元を突き刺した。
「ひグッ」
気管が圧迫され、呼吸が止まる。そして勢いが強すぎたのか、そのままなんと明崇は、後方に二メートルほど吹き飛ばされてしまった。
一瞬とんだ意識が戻ると、道場のみんなの、笑い声がさざめいているのが聞こえた。俺を、笑っている。
遠くで見学に来ていた母親が、恥ずかしそうに自分から目を背けるのが見えた。
――最悪だ。
「ねぇ、立って」
そんな明崇に、手を差し伸べてきた者があった。
「ね、立ってってば、私まで恥ずかしいじゃない」
「……ごめん」
「謝らないで。君は堂々としてなよ」
――笑われるような事、何もしてないじゃない。
桑折真夜との、出会いだった。