天砕/沖和正
和正は地の揺れるような音と共に、建物七階、ガラスの外壁がけたたましく割れる音を聞いた。それとともに中から弾き飛ばされた何かが、逃げるように、さらに上の階へと外壁を駆け上がるのも同時に確認した。そしてそれを追って外壁を走る、光り輝く白閃――
「状況は」
『汽嶋巡査が負傷しました』
「生死に関わるか」
『残念ながら……生きてます』
『っざけんな、すぐ治んだよッ。勝手に殺すな』
「なら、いい」
――お前らに、興味はない。
「“対象”の状況は」
「多分もう意識、無いです。私達の事も分かんないみたいで……鬼人危険指定特Ⅰ種はあります。正直、特Ⅱ種の無力化対象より厄介です」
そこでまた、バリィッと周囲に音が響いた。それにまた、驚いたような声が上がる。どうやら長い尻尾のようなものが、逃げるそれを、再び建物内に押し込んだらしい。
「三位明崇の、発現レベルは」
『尾はもう大分……後、もう始翼が』
――分かった。
「統括班の指示を受けて全員外付けから17階に上がれ。対象はそこに逃げ込んだ」
「……了解です」
そこまで言って、インカムを切った。
始翼。そこまで発現が進んだということは。
「使ったか。赤ラベル」
まぁそのほうが有りがたい。貴重な臨床データになる。
和正は、今回の事件の犯人、鳥越充が人間離れした身体能力を持つ、いわゆる鬼人であることも、既に承知している。別に今に始まった事ではない。ずいぶんと昔から、鬼人化した人間が絡んだ犯罪は起こっていた。なにせその矢面に立ち、表向き対応するのが、和正の役割なのだから。
十五年前、東京都鎌田、住宅街での針鼠と呼ばれる鬼人による連続殺人事件。
三年前の真鬼と呼ばれる骸鬼形態鬼人及びブルーギルと名乗る鬼人による警察大学校襲撃事件。
上げればキリがない。全て和正の班が対処した事案だ。
先に突入したあの三人は、その和正の直属の部下に当たる。そして鬼人に対抗するわけだから、彼らも同様の存在でなければならない。
つまり、鬼人である。
しかし三位明崇は鬼人ではあるが、和正の部下ではない。
あいつは、特別だ。
三位明崇は発現過多が起こった鬼人の中でも、レアな遺伝子をコードしている。過去の分類上その遺伝子を発現する個体は“龍鬼”と呼ばれる。
まず特徴として他の鬼人と異なり、発現初期は全身に鱗状の金剛骨・『龍鱗』の形成が見られる。そして尾骶骨から強靭な『龍尾』、発現が進むと最後は肩甲骨から腕状の翼の形成核、『始翼』が生じる。その姿は他の鬼人と大きく異なり、現実離れした存在だ。
過去に存在した龍鬼は彼を含めて歴史上たったの四例。
鎌鬼もそうだが、あれはまた格が違う。伝播しない超の付くレア個体だ。
その境遇のために明崇自身が、悩み、苦しみ、足掻いて。ここまでを生きてきたのを和正は知っている。
――さぁ、もっと苦しめ。
その先に明崇。お前は何を見出す。
彼の行く先を見守る、それはもう一つの和正の、役割でもあった。
これはもはや、父親の勤め、と言い換えてもいいかもしれない。
「期待しているぞ」
和正が笑う。その横顔が、醜く歪んでいた。