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D.N.A配列:ドラゴン  作者: 吾妻 峻
第四章 天雷鎚・サンダハンマー
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三叉の槍ーTrident/三位明崇

「これを注射したらたぶん、物の二分で俺の意識が飛ぶ。だから、そうなった俺には一切近づかないでくれ」

「飛ぶって……私の事わかんなくなるの」

「どうだろ……けど」

明崇は一瞬言いよどみ、それでも続けた。

「ああ、多分。伽耶奈とか、剛とか、亜子とか。みんなの事」

――きっと忘れちまうんだろうな。

……やっぱりそう考えると、怖い。


赤ラベル。発現薬2.7。


トライデント、三俣の槍と呼ばれる明崇が考案した鬼人化薬の集大成だ。中には特定のDNAの発現を高めるタンパク質、そして合成固定した安定化mRNA、そして標的遺伝子がコードするスプライシング済みのタンパク質がそれぞれ適量入っている。DNA、RNA、タンパク質。分子細胞生物学のセントラルドグマのサイクル。その三つすべてを補強することで標的遺伝子の活性レベルを、最大まで高める代物だ。

――鳥越に勝つには、これしかない。

「私が、やる」

明崇の腕はもう鱗だらけで小さい注射器はろくに握れない。真夜が注射器を器用に静脈に射してくれた。

「い、いくよ」

「うん」

後はシリンジのトリガーを押し込むだけ。その時、だった。


「見いィーっけェ」


「真夜ッ」

ガァン、と。婦人服売り場の壁が大破した。

――鳥、越ッ。

上手くまいたつもりでいたが、どうやら予想よりも早く、追いつかれてしまったらしい。

明崇は真夜を抱いて、咄嗟に横滑りに転がった。

「真夜、頼むッ」

明崇の腕の中、彼女が躊躇いながらも、そのトリガーを押し込んだ。その腕から、途端に鱗の肥厚が始まる。

「生きて、帰ってきて」

明崇は叫び、答えた。

「当たり前だッ」

少しは、男らしい返事ができただろうか。


「ははぁ。君ィ、何かしたねぇ?」

鳥越はまた、猿のように、崩落しかけた天井に張り付いている。明崇の腕を見て、鋭くその変化を感じ取ったようだった。


「だったらなんだよ人殺しッ」

明崇は全神経を尖らせた。

――ここは絶対、通さない。

ここを通したら、ジ・エンド。真夜は何としても、死守する。だが闘志の炎に薪をくべるほど、自分の奥底から生じる激情に、呑み込まれていく……。

「人殺しは……君もだろ?」

意識がふと遠のいた中、鳥越が、先ほどと同じ、尋常でないスピードで迫る。だが、

――見える。

なぜか先ほどよりも、鳥越の動きがスローに見える。時間をとらえる感覚が、早くなったようにも感じる。

鳥越の大振りの薙ぎを、スウェーで避ける。そしてその腕を掴み、渾身の、捻りを加えた右が、自分が思う以上のスピードで――

「う……ごぇッ」

コークスクリュー。明らかな隙が見えないと打てない一撃。それくらい、鳥越のこのスピードさえも、今の明崇には“隙”だった。

でも、気を抜くと、自分が何者かすら忘れそうになる。

「アアッ」

再び向かってきた鳥越に、尻尾で鋭い一撃を放つ。後藤にも見舞った、アレだ。

その一撃は鳥越を貫く事こそできなかったが、反対方向に押し戻すことには成功した。


あれ。


俺なんで、コイツと、戦って――。

そ、そう。真夜だ。真夜を守るために、俺は……。

「クソッ」

細かい砂粒が手から零れ落ちるように、今の自分の存在意義が、目的意識が、流されていく。それをかき集めながら、明崇は鳥越に食らいついた。

「ンッ」

組み伏せられれば、鳥越の頬にバックハンドブロー。面白いほどに、あおむけになって床を滑る。かと思えば、俊敏に飛んで上から。

「おッ……せぇ」

それをいったん下がって着地させると、鳥越はつんのめった。そのままガードの空いた腹に、鋭く尖った渾身の蹴りを入れる。

「フ……ンぐ」

よっぽど綺麗に入ったのだろう。吹き飛ばされた鳥越は、遠くで、中々起き上がろうとしない。


「今、なら……」

そこでまた、視界がぐらぐらと揺れ始める。バリバリと、自分の体に鬱陶しく、電流が弾ける。服の焦げる匂いに酔いそうだ。

「駄目だッ。もう少し……」

本能に抗おうにも、その本能の力を欲しているのは自分自身だ。その自己矛盾も、今の明崇を引き裂こうとする。

――伽耶奈、剛、亜子、そして真夜。

彼らを思い出すことで何とか、今の自分を繋ぎ止める。

「はぁ、ああ」

尾を伸ばし、勢いをつけて鳥越が寝転がるそこへ跳躍。しかし。


「ばぁッ」

その瞬間鳥越は起き上がり、腕のそれを振ってきた。

――なめんな。

尾で、蹴ろうとした足を覆う。そのまま受け止めもう一度。

喰らえこの――

「クソッタレがッ」

万力こめて、尻尾を横に払う様に鳥越を弾け飛ばす。すると、飛ばされた鳥越の、着地点が、見えなくなった。

アイツ、縦穴に、落ちた……?

この建物の構造は端っこに縦穴が空いたようになっている……はず。


もう“三位明崇”としての意識は、全て刈り取られていた。


誰も、何も、思い出せない。ただわかっているのは、前に進んで、進んで――

「ん……?」

やっとぽっかりとした、縦穴が見えた。正面の手すりは破壊されており、何かが衝突し、下に落ちたことを意味しているのだろう。

取り敢えず、下に「上だよバァーッカ」

――んなッ

振り返ると背後の壁際に敵の姿があった。それが思い切り、飛びついてくる。

「このッ……」

絡まれたまま宙に投げ出される。

「ンゥッ」

そのまま落ちるかと思われたが、尻尾を使って、何とか壁に張り付いた。敵も器用に、少し下の段に張り付いている。

下にはぽっかりと穴。並みの人ならば、落ちたら怪我どころではすまなさそうだ。

「ぅん……ウアァ、だ、誰、か……」

これは、何なんだ。俺は何をしていて、こんな奴と……。

思い、出せない。俺は今、何処にいるんだ。

「きひひッ」

下に奇怪な化け物がいる。それが場所を変え、跳ねながら、こちらへと距離を詰めてくる。

「来るな、くんなよッ」

その時、バリィっと何かが破裂するような音がした。下の階、そのあちらこちらから、見上げてくる人影がある。

全員、何かを構えている。それを俺に、上に向けている。

――何で、そんなもの。俺が、俺が何をしたって言うんだ。

でもそれも、分からない。俺は誰なんだ。俺は、おれは、オレは。

「ン?どォォーしたよォ三位君」

だ、黙ってろ、こ、この……

「うるッせぇンだよこの野郎ォォッ」

意味も分からず、理解できず、叫んだ。そして先ほどから燃えていると錯覚するほど熱く火照る、肩のあたり、肩甲骨が……音を立てて、破裂した。その痛みに背中を押され、暗い海に溺れるような感覚がある。


全身を電流が奔る様な感覚、そして背を貫かれたような痛み。


全てがないまぜになって――明崇は完全に、その意識を失った。


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