突入開始/藤堂浩人
「まぁでも、俺はやりますよ。貴方たちが本当のところどうなのかは知りませんが。少なくとも俺は、明崇に返しきれないくらいの恩がある」
こいつら……。
浩人は内心厄介に思いつつ、でもどこか少しうれしかった。
人にここまでさせる明崇と言う少年は、一体どんな人物なのだろう。
彼らの言う計画。しかし子供を、この建物内に入れるなど、そんなバカげた事を許可するわけにはいかない。
そして、今回の件ではまた何か起こるのではないかという不安が拭えないのだ。
浩人は、刑事の職を辞する事を決意した。
「君たちが行くというなら……私達も同行する」
「浩人さん……」
「しかし……先に話を聞いてからだ。現実的なプランでなければ実行には移せない。その場合、君たちには事件の集束まで、ここでおとなしくしといてもらう」
「良いっすよ。きっとこっちのプランの方が、特殊部隊を突入させるより」
――ホント現実的だと思うんで。
高校生が……言ってくれるじゃないか。
そして今。浩人と璃砂が連れだって歩いているということは、まぁそれが浩人の想像以上に現実的かつ、有効なプランだと、認めざるを得なかったからだ。先ほどの三位明崇についてもそうだが――
これで本当に、ただの高校生なのか?
そう、登田剛を見て思ってしまう。
彼が提案したプランは至極単純だ。
まず、建物内の構造を完全に把握し、中の二人のどちらかに連絡を取る。そして待ち合わせ、タイミングを見計らって建物内に侵入し、彼らを救い出す。
しかしこの計画はこれだけだと、決定的なモノが不足している。
まず、見取り図。
犯人と彼らが入り込んでいる巨大な建物、その詳細な見取り図と出入り口の数、位置を把握すること。これが無ければ突入し建物内の二人と待ち合わせるなど、正に絵に描いた餅だ。
そして突入のプロである特殊班や急襲部隊でなければそこまで詳細な地図は入手できない。また素人が見取り図から突入作戦を立案することも難しいだろう。
次に、この計画の中で最も不確定要素となるのは、もちろんこの建物内にいる二人だ。彼らと連絡が取れたとしても、彼らの正確な位置を掴むのは難しい。その上中には犯人がいる。コンクリートマイクも無いため現在建物内がどのような状態か分からないが、鳥越充がこちらの行動をかく乱してくる可能性は大いにありうる。そしてそれと同じくらい、救出対象である二人も、その攪乱要素になりうるのだ。
そして何よりもこの作戦の欠点は、中に一人でも人を入れることで。
――犠牲者を増やしてしまう可能性を孕むことだ。
しかしこれら不安要素を、登田剛の作戦は上手く回避していた。
まず詳細な立体地図の入手。彼が取り出したタブレット型の電子機器を見て、浩人は心底驚いた。
「これ……君一体どうやって」
「良い反応してくれますね藤堂さん」
それは詳細な建物内の立体地図だった。三次元の空間に屹立する青い線でスケルトンに描かれたタワー。そこには出入り口がオレンジに着色してある。彼が指で二回画面を叩くとそれがズームされ、その詳細も見ることができる。
こんなもの、どうやって手に入れたんだ?
「まぁ知り合いの伝手と独力で少々、っすね。後はここに明崇と真夜のスマートフォンのGPSを受信できたら動きもリアルタイムでわかります。鳥越の動きを把握するのは……少し骨が折れるな」
それも彼は、言外に無理とは言わなかった。
こいつ一体何者……。
浩人は警戒しつつ、計画が現実味を帯びた事を内心、喜んでもいた。
何もできずに眺めているのは、性に合わない。
「じゃあ、行ってくる」
「お気を付けて」
璃砂と亜子は居残りだ。それ以外の浩人、剛、知らない女。この三人で、西側の通用口から内部に侵入する。何故か女は、細長い包みとキャリアケースを抱えていた。
「行こう」
三人は、薄暗い闇の中へ順に飛び込んだ。