UNKNOWN-1
僕の世界はケイコをミンチにしたあの日以来、退屈な平穏を取り戻してしまっていた。
「ミツルちゃぁん、ごはんはぁ?」
うるさい。黙っていろババァ。お前なぞお呼びではない。
自宅の二階、僕の部屋。朝も七時を回ると母親が朝飯だなんだと騒がしくなる。うるさい黙れと怒鳴っても何一つ学ばない。何年たっても成長しない下等生物だ。
父親はいつも朝早く出ていく。これも昔から変わらない。
のそりとベッドから体を浮かせる。フラフラと、自分でも心配になるような、階段から転げそうな足取りで階下へと向かう。
「朝、いらないの?今日も食べないの?」
そうだと言っているだろうしつこいな。こんな生き物が彼女たち同様女に分類されることを心から疑わざるを得ない。
食卓には冷えたベーコンエッグとトースト。息子である僕が言うのも悪いけど、こいつが作ったご飯なんて食べられたものじゃない。
やけにだだっ広いリビング。ソファに座って朝の報道番組を流し見ていると学校に行く気なんて失くしてしまいそうになる。
「ほらぁ、もう学校の時間」
気が付けばソファで眠っていて、母親に起こされた。サイアクの目覚め。
僕を揺する手を払いのけて、着替える。カバンを引っ掴んで足早に家を出た。
そうでもしなかったら、ぼくはきっと母親を、その場で殺してしまっていただろう。
女が恋しい。特に若い、若い女が。学校に近づけば近づくほどに、その欲求は加速度的に増していく。目の前を横切る、新鮮で血の気にあふれた肉体。それを見ると否が応でも下腹部に血が集まるのを意識してしまう。
でも、彼はきっと駄目だと、僕を厳しく諌めるのだろう。
『彼』はなぜかいつもアキラの側にいて、僕の行動を制限する。名前を教えてもらってないから僕は心中では『彼』と呼んでいる。いつも奔放で自由なアキラとは違い、真面目でつまらない男だ。
彼曰く、僕は人をああやって殺してもいいけれど、何事にも限度というものがあるのだと言う。僕はあいつの言うことなんて聞きたくもなかったけれど、アキラが彼の言う通りにしなさいというので、仕方無く従っている。
僕は一か月に一度、好みの女を好きにすることが許されている。彼が僕に提示した、いわば妥協案だ。だがもう、どうにも我慢の限界が来ている。特に二つ前の獲物、ケイコは不完全燃焼だった。中々楽しみにしていたのに、途中から興が冷めてしまったのだ。
あれから、調子が狂っている。
――もう、いいや。今日は自分にご褒美。
『彼』の言うことなど知ったことではない。一週間ちょっとフライングしたからと言って責められてはたまったものじゃない。
となれば、今日は誰にしようか。眼を付けているのは学年の中に何人でもいる。
つまり今日初めて、学校に通う女子生徒を狙うことになる。
「あっ」
今目の前を通った女学生。雰囲気が少しアキラに似ていた。だがそう思ったのも一瞬で、こちらを振り返るのを見れば、それがとんでもない見当違いだったと気づく。
アキラも年こそ彼女たちと同年代に当たる。なのに若い肉体から放たれる色気には凄まじいものがあった。涼しげな目元、桜色の唇。特に豊満な体付をしているわけではないのだが仕草や雰囲気も、どこか洗練されて大人びていた。そこら辺の学生とはわけが違う。
そう、彼女に初めて出会った日も。
彼女は、最初からアキラとして完成されていた。